【特集:2025年 労働移動の深層】Vol.1 「焦燥」からの脱出

0. 序章:2025年、私たちは何から逃げ、何を守ったのか
2025年という年は、後世の日本の労働史において「静かなる転換点」として記憶されるだろう。
かつて、労働市場における「転職」といえば、その目的は極めてシンプルだった。「年収アップ」や「キャリアの階段を登ること」、すなわち「攻め」の選択こそが唯一絶対の正義とされていた。しかし、ここ数年でその神話は音を立てて崩れ去った。長引くインフレによる実質賃金の目減り、そして何より、生成AIの爆発的な進化がもたらした「スキルの陳腐化」への根源的な恐怖が、労働者たちの深層心理を書き換えてしまったからだ。
今年、私たちが目撃したのは、求人倍率の高止まりが示す“売り手市場”という言葉の響きとは裏腹な、個人の切実な「防衛戦」だった。
彼らは、輝かしい未来を掴むために辞めたのではない。これ以上、自分の魂と生活の水準(ボトムライン)を割り込まないために、組織との接続を断ち切ったのだ。特に、若手から中堅層にかけて顕著だったのが、「成長できない環境(ゆるブラック)」への強烈な忌避感だ。ただ楽なだけでは、自分の市場価値がAIに侵食され、やがて不要となる――その危機感が、彼らを突き動かした。
「辞める理由」よりも「辞めた後の自分」をどう守るか。その問いに最も深く向き合い、あえてキャリアのレールから降りる決断をした一人のエンジニアの物語から、本特集を始めたい。
彼は「退屈(ボアアウト)」で心を殺されかけ、逃げ込んだ先の「過労(バーンアウト)」で体を壊しかけた。そして、2025年の市場において、あえて「7ヶ月の空白(ブランク)」というリスクを選び取った。これは、IT業界という巨大なシステムの中で、一度はエラーを起こして停止した人間が、自らの意志で再起動(リブート)するまでの、生々しい記録である。
1. プロフィール:匿名の輪郭と、静かなる破綻
- 氏名(仮名): Kさん
- 年齢: 32歳(1993年生まれ)
- 職種: システムエンジニア(SIer → ブランク7ヶ月 → 事業会社 社内SE/DX推進)
- 居住地: 首都圏近郊(埼玉方面)
退職時の状態:
- 精神的摩耗(適応障害一歩手前の診断)
- スキルへの強烈な焦燥感(ボアアウト)
- 過度なプレッシャーによる身体反応(異常発汗、腹痛、不眠)
Kさんは、どこにでもいる真面目なエンジニアだ。理系大学を卒業後、新卒で中堅の独立系SIerに入社。「手に職をつければ食いっぱぐれない」という親の言葉と、ITへの淡い憧れを抱いての就職だった。以来、客先常駐(SES)という形で、日本のITインフラを下支えしてきた。「石の上にも三年」という言葉を誰よりも信じ、理不尽な現場でも歯を食いしばってきた彼が、なぜ2025年にその「石」から降りる決断をしたのか。そこには、現代特有の病理が潜んでいた。
2. “決定的な瞬間”はあったか?(ボアアウトという名の拷問)
―― まず、退職を決意した「決定的な瞬間」について伺わせてください。何か劇的なトラブルや、上司との衝突があったのでしょうか?
Kさん: いえ、ドラマのような「事件」があったわけではないんです。強いて言えば、毎日の「微量な絶望」がコップの縁から溢れ出し、これ以上一滴も入らなくなった、という感覚に近いです。
キャリアの初期、私はある大手金融機関のシステム運用保守チームに配属されました。巨大なビルの一室、窓のないサーバールームの近くで任されたのは、毎日決まった時間にジョブ管理ツール(JP1)の画面を見て、処理が正常終了しているかを確認し、紙のチェックリストに「レ」点を打つだけの作業でした。
来る日も来る日も、緑色のランプを確認して、チェック、チェック、チェック。
異常があればマニュアル通りに電話をするだけ。思考停止してもできる仕事でした。
―― それはいわゆる「楽な現場」のようにも聞こえますが、何がそこまでKさんを追い詰めたのでしょうか。
Kさん: 2025年問題や生成AIの台頭が、連日ニュースで騒がれていたことが大きいです。「世の中のエンジニアはGitHub Copilotを使いこなし、AIとペアプログラミングをして爆速でコードを書いている。それなのに自分は、ただの『チェック係』として年を取り、指先しか動かしていない」。
この乖離(ギャップ)が恐ろしかった。このままでは技術者として腐ってしまう、市場価値がゼロになるという「ボアアウト(退屈による消耗)」の恐怖です。
仕事が忙しすぎて倒れるのがバーンアウトなら、仕事がつまらなすぎて、自分の存在意義が摩耗していくのがボアアウトです。当時の私にとって、暇な時間は休息ではなく、「自分の未来が死んでいく音」を聞かされる拷問のような時間でした。
3. 逃げ込んだ先の地獄(バーンアウトへの転落)
―― 「仕事が楽すぎる苦痛」から逃れるために、開発現場への異動を希望されたそうですね。
Kさん: はい。上司に必死に訴えて、ようやくJavaを用いたWebシステムの開発現場へ異動できました。念願のコーディングです。「これでやっとエンジニアになれる」と胸が躍りました。しかし、そこで待っていたのは、今度は真逆の地獄でした。
そこはデスマーチが常態化した現場でした。仕様は二転三転し、納期だけは絶対。経験の浅い私には明らかに荷が重いタスクが振られましたが、私は「やっと掴んだチャンスを手放したくない」「ここから逃げたら、またあのチェック作業に戻される」という強迫観念で、必死にしがみつきました。
―― その頃から、身体に異変が現れ始めた。
Kさん: あの頃の身体のサインは異常でした。
マウスを握る右手の平から、信じられないほどの手汗が出るんです。常にマウスがびしょ濡れで、ハンカチで拭いても拭いても止まらない。キーボードもベタベタになるので、同僚に見られるのが恥ずかしくてたまらなかった。
そして毎朝、最寄駅のトイレに駆け込んで、激しい腹痛と戦ってからでないと出社できない。
決定打となったのは、私を指導してくれていた1つ上の先輩が、ある日突然来なくなったことです。Slackのアカウントが「休止中」になり、数日後に退職の連絡が回ってきました。うつ病でした。
その先輩の空席を見た時、ぷつんと何かが切れました。「ああ、このレールの先にあるのは『成長』じゃなくて『破綻』なんだ」と、自分の未来を見てしまった気がしたんです。
4. 2025年ならではの争点①:お金は“欲しい”より“足りるか”
―― そして、次の仕事も決まっていない状態で退職されました。2025年は物価上昇も激しく、電気代も食費も高騰した年です。経済的な不安(マネー・アンクシャス)はどう乗り越えましたか?
Kさん: 正直、通帳の残高を見るのが怖かったです。スーパーに行けば野菜も卵も値上がりしているし、ポストを開ければ高くなった電気代の請求書が入っている。
退職直後は「失業給付があるからなんとかなる」と思っていましたが、自己都合退職だと給付制限期間がありますよね。その間も、容赦なくやってくる社会保険料や住民税の通知を見た時は、手が震えました。「自由の代償はこれほど高いのか」と。
―― それでも「すぐに働く」ことを選ばなかった。多くの人は、不安からすぐに次の転職先を決めてしまいます。
Kさん: はい。「年収」よりも「生存」を優先したからです。
もし焦って転職活動をしていたら、また「すぐに内定が出そうな」似たようなSIerを選んで、同じように消耗していたと思います。それでは意味がない。
私はExcelを開いて、徹底的にシミュレーション(試算)をしました。
今の貯蓄額、失業給付の総額、そして月々の最低生活費。「最低限の生活水準を維持して、貯金が尽きるまでの期間(ランウェイ)」を計算し、「7ヶ月までは休める。それ以上は死ぬ」とデッドラインを引きました。
2025年の転職において、僕ら労働者が求めたのは「年収100万アップ」のような攻めの果実(PLの改善)ではなく、「心を壊さずに、かつ生活が破綻しないギリギリのライン」という、資産防衛(BSの維持)に近い感覚だったように思います。iDeCoやNISAを取り崩さずにどこまで生き延びられるか、それが勝負でした。
5. 2025年ならではの争点②:出社回帰は、働き方の問題ではなく“尊厳”の問題
―― 前職では「原則出社」への回帰があったと伺いました。それは退職の要因になりましたか?
Kさん: かなり大きな要因でした。
コロナ禍ではフルリモートで問題なく回っていた業務が、2025年に入って急に「週5出社」に戻されました。会社側の説明は「コミュニケーションの活性化」や「イノベーションの創出」といった美辞麗句でしたが、現場のエンジニアたちの感覚としては「管理職が部下を目視したいだけ」にしか見えませんでした。
片道1時間半、満員電車に揺られてオフィスに行き、席に着いてやることといえば、イヤホンをしてTeams会議に出ることです。隣の席の人ともチャットで会話している。この矛盾に、精神が削られました。
―― 転職活動中、企業選びの条件として「リモートワーク」はどの程度の優先度でしたか?
Kさん: 「最優先」かつ「足切り条件」です。
スカウトメールをもらっても、最初に確認するのは「勤務地」と「リモート可否」の欄でした。どんなに年収が高くても、「原則出社」と書かれているだけで候補から外しました。
これは単に「楽がしたい」「家で寝ていたい」わけではないんです。「個人の生活スタイルや自律性を尊重してくれる会社か、それとも性悪説に基づいて管理したがる会社か」を見極めるための、リトマス試験紙なんです。2025年において、合理的な理由なきリモートワークの剥奪は、労働者にとって「尊厳の侵害」に近い感覚だったと思います。
6. 2025年ならではの争点③:AIは“武器”であり“伴走者”だった
―― 7ヶ月という長い空白期間、社会との接点が切れる孤独感はなかったですか? そこで生成AIをどう活用されたのでしょう。
Kさん: 孤独でしたよ。平日の昼間、世の中が働いている時間に家にいる背徳感は凄まじかったです。カーテンを開けるのも憚られるような気持ちでした。
その孤独を埋めてくれたのが、意外にもAIでした。私はChatGPTの音声会話モードを使って、毎日「壁打ち」をしていました。
―― 具体的にどのような対話を?
Kさん: 最初は「職務経歴書の添削」や「面接対策」という実務的な使い方でした。でも、次第に使い方が変わっていきました。「なぜ僕はあの時、辛かったんだろう?」「本当は何がしたかったんだろう?」という深い自己分析(深掘り)の相手になってもらいました。
友人に相談すると、どうしても「贅沢な悩みだよ」とか「次は頑張ろう」と励まされてしまいますし、こちらも心配をかけたくないから本音を言えない。でも、AIは違います。事実ベースで私の感情を因数分解してくれます。
ある夜、AIがこう言ったんです。
「あなたが辛かったのは、能力が不足していたからではありません。環境が求めていることと、あなたの特性(強み)との間にミスマッチが起きていただけです。あなたは『仕組みを作る』ことに喜びを感じるタイプですが、前職では『仕組みに従う』ことだけを求められていました」
この言葉を画面で見た時、ボロボロと涙が出ました。深夜2時、暗い部屋でスマホに向かって32歳の男が泣いているなんて滑稽ですが、あの時の私には、否定せずに傾聴し、客観的な鏡となってくれる「伴走者」が必要だったんです。AIは私の精神的なセーフティネットでした。
7. 企業を“値踏み”する質問へ(逆質問/パワーバランスの変化)
―― そして再就職活動へ。7ヶ月のブランクを経ての面接ですが、「逆質問」の質が変わったそうですね。
Kさん: はい。以前の私なら「御社の強みは何ですか?」「入社までに勉強しておくことはありますか?」と、いかに意欲があるかを見せるような、媚びる質問をしていました。
でも今回は、「選ばれる」のではなく、対等な立場で「選ぶ」つもりで臨みました。もう二度と、あのようなミスマッチを起こしたくなかったからです。
具体的にはこう聞きました。
「御社の開発チームで、直近で起きたシステム障害や失敗事例について教えてください。そして、その時、組織はどのように振り返り(ポストモーテム)を行い、個人を責めずに仕組みで解決しましたか?」と。
―― かなり踏み込んだ、勇気のいる質問ですね。企業の反応はどうでしたか?
Kさん: 反応は真っ二つに分かれました。嫌な顔をして「うちはそんな大きな失敗はないよ」と誤魔化す面接官もいました。そういう会社は辞退しました。
一方で、今の会社の上司は嬉しそうに答えてくれました。「実は3ヶ月前にデプロイミスでシステムダウンを起こしてね。その時は『なぜ起きたか』ではなく『どう検知するか』に焦点を当てて、CI/CDパイプラインをこう見直したんだ」と、具体的な改善策を語ってくれました。
この質問で見たかったのは、失敗への許容度と、心理的安全性があるかどうかです。ボアアウトもバーンアウトも、突き詰めれば「組織の不全(OSのバグ)」から来ます。だから、入社する前に、組織のOSが健全にアップデートされているかを確かめる必要がありました。
8. “転職の結果”は、成功/失敗の二択ではない
―― 現在は事業会社の社内SEとして、DX推進を担当されています。長いブランクを経ての再就職、結果をどう捉えていますか?
Kさん: 「大成功」という派手なものではありません。年収は前職とほぼ同じですし、仕事のプレッシャーがゼロになったわけでもない。
でも、「自分自身のハンドルを握って戻ってきた感覚」があります。
月曜日の朝、胃が痛くならない。マウスを握る手が汗ばんでいない。夜、泥のように眠るのではなく、心地よい疲れで眠れる。
ブランクの7ヶ月は、履歴書上は「汚点」かもしれませんが、私にとっては壊れたOSを再インストールするための必須の時間でした。あれがなければ、私は今頃、エンジニアを辞めていたかもしれません。
―― 「技術者として腐る」という恐怖は解消されましたか?
Kさん: はい。今の会社は「何を作るか」から議論に参加できます。言われた通りにチェックを入れるだけの仕事とは違う。自分の市場価値が少しずつ積み上がっていく感覚があり、それが何よりの精神安定剤になっています。
7ヶ月間、ブログに自分の技術的負債や学びを書き出し続けたことで、「自分は技術そのもの(How)よりも、技術を使ってビジネスを良くすること(Why)に興味がある」という軸が見えたのも大きかったですね。
9. 結論:2025年の転職を一言で言うと?
―― 最後に。あなたにとって、2025年のこの「転職」という経験を一言で表すと何になりますか?
Kさん: 「緊急停止ボタンを押す勇気」 ですかね。
社会のレールは高速で動いていて、そこから飛び降りるのは本当に怖いです。振り落とされたら二度と戻れない気がする。でも、異常音や異臭を感じたら、自分でボタンを押して、ラインを止めてもいいんです。
2025年は、私たちが「会社の部品」から「ひとりの人間」に戻るために、勇気を持ってボタンを押した年だったんじゃないかと思います。
―― ありがとうございました。
【Vol.1 総括:Analyst View】
この記事は匿名インタビューをもとに情報保護の観点から一部内容を再編集。
今回取り上げたKさんの事例は、2025年の労働市場における「静かなる地殻変動」を象徴している。
彼は「年収」という数値目標(KPI)を追うのをやめ、「精神的・経済的な持続可能性(サステナビリティ)」を最優先事項(トッププライオリティ)に据えた。
特筆すべき点は以下の3つである。
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「空白期間」の再定義
履歴書の空白はもはやネガティブ要素一辺倒ではない。自己理解とリカバリーに必要な「戦略的休息」として、企業側もそれを受け入れ始めている。むしろ、空白期間に何を考え、どう自己変革したかが評価の対象となりつつある。 -
AIによるメタ認知の民主化
AIは単なる業務効率化ツールを超え、個人のナラティブ(物語)を再構築するカウンセラーの役割を果たした。孤独な求職者にとって、AIは自己客観視を促す鏡であり、心理的安全性を担保する対話者となった。 -
生存戦略としての「資産防衛的転職」
インフレとスキル陳腐化という二重の脅威に対し、個人はPL(収入)の最大化よりも、BS(資産とスキル資産)の毀損を防ぐ動きを見せている。「ボアアウト」によるスキル資産の目減りと、「バーンアウト」による人的資本の棄損。この両方を回避する狭い道を、労働者たちは慎重に歩み始めている。
次回、Vol.2では「事例 2: 感謝の呪縛」を取り上げる。
就職氷河期世代の男性が、長年勤めた会社への「恩義」と、目覚めてしまった「専門性」の狭間でどう揺れ動いたのか。40代特有の葛藤と決断に迫る。