打ち手辞典

『大学との”パイプ”がない』を突破する新・産学連携

「大学のキャリアセンターに挨拶に行っても、『求人票を置いておきますね』で終わり。研究室の教授にアポを取ろうとしても、『取引先でもないのに…』と断られる。伝統的なパイプは、もう機能していない。」

会社の未来を担う人材と出会うため、母校やターゲット大学に足を運んでも、その冷たい反応に愕然とする。

しかし、その状況は、大学と企業の関係性が、この10年で根本的に変わってしまったことの証左です。かつての「就職先を紹介する/してもらう」という一方通行のパイプは、もはや機能しません。

なぜなら、大学側(キャリアセンター、教授)もまた、多忙であり、それぞれのミッションとKPIを背負っているからです。彼らにとって、単に「学生を紹介してください」とお願いに来る企業は、自らの業務を増やしに来る「コスト」でしかありません。

採用担当者を「お願い営業」から、大学の課題を解決する「パートナーシップ・マネージャー」へと進化させ、目先の採用成功だけでなく、持続可能な協力関係を築くための打ち手をご紹介します。


ステップ0:まず、なぜ大学の門は開かれないのか?を診断しよう

大学側からそっけない対応をされてしまう企業には、無意識のうちにやってしまっている共通のNGアクションがあります。

  • □ お願い営業型:
    自社の魅力を一方的に語り、「良い学生さんいませんか?」と、ひたすらお願いに終始している。大学側のメリットを全く提示できていない。
  • □ 採用シーズン限定型:
    採用活動が本格化する時期だけ大学に現れ、それ以外の季節は全く接点がない。ご都合主義だと思われている。
  • □ 相手の”KPI”無視型:
    キャリアセンターのKPI(就職率、学生の満足度)や、教授のKPI(研究成果、論文数、外部資金獲得)を理解せず、自分たちの採用の都合だけを話している。
  • □ 全方位・絨毯爆撃型:
    どの大学、どの研究室に対しても同じ資料、同じトークでアプローチしており、「うちじゃなくても良いんでしょ?」と見透かされている。
  • □ 担当者レベル完結型:
    採用担当者だけが大学との窓口となり、自社の研究者や技術者、現場で活躍するOB/OGといった、大学側が本当に会いたい「資産」を連れて行っていない。

これらは全て、大学を「学生の供給源」と見なす、古い価値観から生じています。この視点を「共に学生の未来を育むパートナー」へと転換することが、全ての始まりです。


ステップ1:思想をアップデートする。「採用(TAKE)」から「貢献(GIVE)」へ

大学との関係構築は、「GIVE, GIVE, GIVE, … then ASK」が鉄則です。学生を紹介してほしい(ASK)とお願いする前に、まず大学にとって価値ある貢献(GIVE)を徹底的に行い、「この会社は、私たちのことを本気で考えてくれている」という信頼残高を積み上げることが不可欠です。

  1. キャリアセンターへのGIVE
    • 学生の就活相談に乗る、エントリーシート添削や模擬面接の面接官をボランティアで引き受ける、業界動向に関する情報を提供する、など。
  2. 研究室・教授へのGIVE
    • 自社のトップエンジニアによる技術セミナーの実施、研究に必要な機材やソフトウェアの提供、共同研究の提案、博士課程の学生への経済的支援、など。

この「GIVE」の精神が、冷え切った関係を溶かす唯一の方法です。


ステップ2:信頼を勝ち取り、パートナーになるための具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「門外漢」から「最高の協力者」へと立場を逆転させる4つの打ち手をご紹介します。

1. キャリアセンターを「顧客」と捉える価値提供アプローチ

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 6ヶ月~1年
目的
受動的な求人票の掲示から、能動的なイベント共催や学生紹介に繋げる
具体策
・「何かご協力できることはありますか?」と問い、キャリアセンターが抱える課題(例:低学年からのキャリア意識醸成)をヒアリングする。
・課題解決に繋がる「保護者向け就活セミナー」や「業界研究イベント」などを共同で企画・開催する。
主要KPI
・キャリアセンター主催イベントへの登壇・協力回数
・キャリアセンターからの個別学生紹介数
・学内合同説明会での優遇措置(良いブース位置など)

2. 研究室への「技術貢献」を入口にするアプローチ

難易度 コスト 低~中(研究協力費等) 期間 1年~
目的
「採用」を隠れ蓑にせず、純粋な技術パートナーとして信頼を獲得する
具体策
・採用担当ではなく、自社の研究開発部門の技術者から、教授に「先生の〇〇のご研究に技術的な観点から大変興味があります」とコンタクトを取る。
・まずは共同研究や技術セミナーの実施を目指し、採用の話は二の次にする。
・信頼関係ができた後で、「先生の研究室で学んだ学生さんなら、うちで活躍できるはず」と自然な形で繋げる。
主要KPI
・ターゲット研究室との共同研究・技術交流の実績数
・教授からの推薦学生数
・研究室所属学生のインターンシップ参加率

3. 「卒業生(アルムナイ)」を最強のブリッジにする

難易度 コスト 低(交通費・手当等) 期間 3~6ヶ月
目的
採用担当者では開かない扉を、OB/OGの個人的な繋がりで開ける
具体策
・社内のOB/OGをリスト化し、「大学アンバサダー」として任命。
・母校の研究室やゼミに、アンバサダーが「近況報告」として訪問する機会を設ける(会社として活動を支援)。
・個人的な繋がりだからこそ聞ける、研究室の内部情報や優秀な学生の情報を共有してもらう。
主要KPI
・OB/OG経由の紹介・応募数
・アンバサダーの活動回数
・ターゲット研究室との接点構築数

4. 「低学年向け」キャリア教育への貢献

難易度 コスト 低~中(コンテンツ開発費) 期間 1年~
目的
採用競合がいない早期から、未来の候補者に種を蒔く
具体策
・大学1、2年生向けのキャリア教育科目や共通科目に、自社の社員が「社会人講師」として登壇する機会を得る。
・「働くとは何か」「社会で活きる〇〇学」といったテーマで、自社の事業内容を絡めつつ普遍的な学びを提供する。
・就職活動を意識していない時期に、純粋な興味・関心を醸成する。
主要KPI
・低学年向けイベント・講義の実施回数
・参加学生の満足度アンケート
・数年後の本選考へのエントリー数における参加者の割合

成功のための深掘り解説

打ち手1:キャリアセンターを「顧客」と捉える価値提供アプローチ

キャリアセンターの担当者は、日々多くの学生の悩みに向き合い、就職率向上のプレッシャーと戦っています。彼らにとって、その業務をサポートしてくれる企業は「神様」です。「学生集めは弊社がやりますので、場所だけ貸してください」と、彼らの手間を極限まで減らしたイベントを提案するだけで、見る目は全く変わります。彼らの課題解決に貢献し続けることで、やがて「〇〇社さんになら、安心して学生を任せられる」という絶対的な信頼を得ることができます。

打ち手2:研究室への「技術貢献」を入口にするアプローチ

多忙な教授が会いたいのは「採用担当者」ではなく「対等に技術の話ができる研究者・技術者」です。採用という下心を一度完全に忘れ、純粋な知的好奇心からアプローチすること。自社の技術者が教授の研究をリスペクトし、対等な立場でディスカッションを挑む。その先に共同研究や技術供与といった話が生まれ、信頼関係が構築された結果として、「うちの優秀な学生、面倒見てくれないか」と教授の方から言われるのが理想形です。急がば回れ、を地で行く戦略です。

打ち手3:「卒業生(アルムナイ)」を最強のブリッジにする

採用担当者が10回訪問しても開かなかった扉が、卒業生である社員が一度「先生、ご無沙汰してます!」と訪問するだけで、いとも簡単に開くことがあります。これが、個人的な信頼関係の力です。会社は、社員という資産を最大限に活用すべきです。彼らが母校と繋がりやすくするための制度(出張費の支給、活動時間の業務認定など)を整え、組織としてOB/OG訪問を奨励・支援するだけで、これまで繋がれなかった貴重なリレーションが生まれます。

打ち手4:「低学年向け」キャリア教育への貢献

多くの企業が3年生以上をターゲットにする中、あえて競争相手のいない1、2年生にアプローチします。この段階では「採用」の色を一切出してはいけません。あくまで「少し先を歩く社会の先輩」として、彼らのキャリア観を豊かにするための情報提供に徹します。この時期に刷り込まれた「面白いことをやっている、なんだかいい会社」というポジティブな原体験は、数年後の就職活動期に絶大な効果を発揮します。これは、未来への最も確実な投資です。

明日からできることリスト

  • ・OB/OG社員3名に「大学との関係支援」のアンバサダーになってもらうよう声をかける
  • ・キャリアセンターに「どんなイベントや相談を支援できますか?」と聞くメールを1通送る
  • ・低学年向けの登壇機会を持てそうな講義やゼミをリストアップしてみる
  • ・採用広報資料に「技術セミナー実績」「社会貢献活動実績」を1つ追加する

「求人票」を置かせてもらう関係ではなく、「共同プロジェクト」を立ち上げるパートナー

もはや、大学と企業の関係は、求人票という紙切れ一枚で繋がるような薄いものではありません。

大学が持つ「知」と、企業が持つ「実践の場」。その二つを掛け合わせ、社会の未来を担う学生を「共に育てていく」という視座を持つこと。

採用担当者の役割は、大学を訪問する「営業」から、大学と会社の様々な部署を繋ぎ、新しい価値創造プロジェクトを生み出す「外交官」へと進化します。その先にこそ、従来の「パイプ」とは比較にならないほど、太く、強く、そして温かい、未来へと続く関係性が待っているはずです。