『採用の異種格闘技戦』を勝ち抜くEVP戦略
「ライバルは同業他社だけじゃない。給料が高くて働き方も自由なITベンチャーや、安定している公務員、そして『就職しない』という選択肢とも戦っているような気分だ。」
これは、現代の採用担当者が直面する、極めて本質的で、そして孤独な闘いです。かつては同じ業界というリングで戦っていたはずが、今や全くルールの違う相手が四方八方から現れる「採用の異種格闘技戦」の様相を呈しています。それは学生の価値観が多様化し、「新卒で会社に入るのが当たり前」という時代が、完全に終わったことの証明でもあります。
その土俵から降り、「EVP(Employee Value Proposition = 従業員価値提案)」を再定義し、先鋭化させることで、自社でしか提供できない独自の価値を明確に言語化し、それを求める学生に的確に届け、熱狂的なファンにするための打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの会社は”選ばれない”のか?を診断しよう
多様な選択肢を持つ学生から、自社が「選ばれない」背景には、いくつかの構造的な課題が隠されています。
- □ 価値観のアップデート不足型:
「終身雇用」や「会社への帰属意識」といった、かつての”当たり前”を前提としたメッセージを発信しており、現代の学生のキャリア観とズレている。 - □ 魅力の言語化・不足型:
「社風が良い」「やりがいがある」といった曖昧な言葉に頼り、自社が持つ独自の魅力を、他の選択肢と比較できるレベルまで具体的に説明できていない。 - □ キャリアパス不透明型:
「この会社で3年間働くと、どんなスキルが身につき、市場価値がどう高まるのか」という、学生の”投資対効果”の視点に応えられていない。 - □ 画一的アプローチ型:
安定志向の学生にも、成長意欲の高い学生にも、同じ説明会、同じメッセージでアプローチしており、誰の心にも深く刺さっていない。 - □ 比較劣位・認識型:
給与や働き方の自由度で劣っていると自覚しつつも、それを補うだけの「ここでしか得られない価値」を提示できず、自信なさげな態度になってしまっている。
これらは全て、自社の魅力を「相対評価」の土俵でしか語れていないことが原因です。「〇〇より給料は低い、しかし…」ではなく、「〇〇では絶対に得られない、この価値がある」と語るための軸が必要です。
ステップ1:思想をアップデートする。「万人ウケ」から「特定層への熱狂」へ
まず、戦う相手を「企業」ではなく「価値観」として再定義します。
- ITベンチャーが提供する価値: 高速成長、金銭的リターン、最先端技術
- 公務員が提供する価値: 安定、社会貢献(公的)、ワークライフバランス
- 「就職しない」が提供する価値: 自由、自己実現、裁量権
この中で、自社がどの価値観と戦い、どの価値観を自社の強みとして取り込み、そしてどんな独自の価値を提供できるのかを明確にします。これが「EVPの再定義」です。
(例)伝統的なメーカーの場合
「ITベンチャーのような高速成長はないかもしれない。しかし、『安定した経営基盤の上で、数十年単位のスケールで社会インフラを支える』という、公務員にも似た社会貢献と、ベンチャーでは味わえない壮大なプロジェクトに挑戦できる。それは、『自由』や『自己実現』を、より大きな社会的インパクトの中で実現するという、新しい働き方だ。」
このように、複数の価値観を組み合わせ、自社独自のポジションを築くことが、異種格闘技戦を戦う唯一の道です。
ステップ2:独自の価値を届け、ファンを創るための具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「その他大勢」から「唯一無二」の存在になるための4つの打ち手をご紹介します。
1. EVP(従業員価値提案)の再定義と明文化
・抽出したキーワードを元に、「私たちの約束」としてEVPを3〜5つの項目に言語化し、採用サイトや資料の冒頭で宣言する。
・定義したEVPへの社員の共感度
・採用コンセプトの明確化
2. 「アルムナイ・レポート」の作成と公開
・アルムナイ・レポートの閲覧数
・面接でのキャリアパスに関する質問の質の変化
3. 職務内容の「プロジェクト化」と「スキルセット」の明記
・「このプロジェクトを通じて、あなたは〇〇(プログラミング言語、マーケティング手法など)のスキルを習得/向上できます」と、得られるスキルを明記する。
・応募者の職務理解度の向上
・採用ミスマッチの低減
4. 「副業・学習支援」など、個の成長を支える制度のPR
・実際に制度を活用して、社外でも活躍する社員をロールモデルとして紹介する。
・制度に関する学生からの問い合わせ数
・企業の先進性・柔軟性のイメージ向上
成功のための深掘り解説
打ち手1:EVP(従業員価値提案)の再定義と明文化
これが全ての土台です。EVPは、採用担当者だけでなく、社員全員が共感し、自社の言葉で語れるものでなくてはなりません。現場のリアルな声から抽出することで、「会社が言っていること」と「現場が感じていること」のギャップをなくします。明確に言語化されたEVPは、採用サイトのキャッチコピーから、面接官の質問、説明会のコンテンツまで、全ての採用活動に一貫した”軸”を通す、強力な武器となります。
打ち手2:「アルムナイ・レポート」の作成と公開
これは「終身雇用」という価値観が崩壊した現代において、最も誠実で、最も効果的なキャリアパスの提示方法です。「うちを辞めても、これだけ活躍できる力がつく」と公言することは、自社で得られる経験の価値に対する絶対的な自信の表れです。3〜5年での転職が当たり前になった今、学生は「その会社で骨を埋めること」よりも「その会社での経験が、次のキャリアにいかに繋がるか」を重視します。この不安に、これ以上なく明確に応える打ち手です。
打ち手3:職務内容の「プロジェクト化」と「スキルセット」の明記
ITベンチャーやフリーランスという選択肢を考えている学生は、自身の「スキルポートフォリオ」をどう構築していくかに非常に敏感です。彼らにとって、会社は「所属する場所」であると同時に「スキルを学ぶ場所」です。「総合職」のような曖昧な言葉ではなく、「あなたは〇〇というミッションを担うプロジェクトメンバーです」と提示することで、彼らが働くイメージは一気に具体的になり、「この環境なら成長できそうだ」という期待感に繋がります。
打ち手4:「副業・学習支援」など、個の成長を支える制度のPR
「安定」と「自由」は、かつてトレードオフの関係でした。しかし、現代の優秀な人材は、その両立を求めます。「安定した企業の基盤を活かしながら、個人の興味やスキルを追求できる」という環境は、公務員にも、スタートアップにも、フリーランスにもない、非常にユニークで強力な魅力となり得ます。会社が社員を”所有”するのではなく、社員の”自己実現”を支援するプラットフォームであるという姿勢を示すことが、多様な選択肢を持つ学生を惹きつけます。
明日からできることリスト
- ・今週中に若手社員を1~2人集めて「なぜうちで働き続けたいか?」を聞く
- ・アルムナイ1名に「今のキャリアで活かせていること」を簡単にインタビューしてみる
- ・次回求人票で「入社後ミッション」と「得られるスキル」を必ず記載する宣言をチームに共有
- ・副業や学習支援の制度がまだなければ、小さくでも導入可能な提案を作成して上司へ提出する
「誰からもそこそこ選ばれる会社」ではなく、「特定の人に熱狂的に愛される会社」
採用活動は、もはや自社の魅力を一方的にアピールする場ではありません。
多様な価値観を持つ学生一人ひとりに対し、「あなたの人生にとって、私たちの会社はどんな価値を提供できるか?」という問いに、深く、誠実に答えるキャリア・カウンセリングの場です。
万人ウケする平均点の会社を目指すのをやめましょう。
給料や安定性だけで戦うのをやめましょう。
自社が提供できる独自の価値(EVP)を信じ、それを最も必要としている学生に、熱を込めて届けること。
異種格闘技戦を勝ち抜く唯一の方法は、誰よりも自社の価値を理解し、その価値で誰を幸せにできるかを定義し、その相手に狙いを定めて、愛を叫ぶことです。