『抽象的フィードバック』の壁を突破する“事実ベース”評価術
「面接官からのフィードバックが『コミュニケーション能力に課題あり』だけ。具体的に何を見てそう判断したのかが全く分からない…」
まるで暗号のような、抽象的すぎるフィードバック。それを次の面接官に申し送ることもできず、結果として選考プロセス全体が“堂々巡り”に陥ってしまう。
この問題の本質は、面接官が自らの「感覚」や「印象」を、客観的な「行動事実」に翻訳する術を知らない、あるいはその必要性を感じていないことにあります。
その「感想」と「事実」の壁*打ち破り、面接官の頭の中にある“なんとなく”を、誰もが納得できる“具体的な根拠”へと変換させることで、選考プロセス全体の解像度と質を劇的に向上させるための、具体的な打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの面接官は”感想”しか言えないのか?を診断しよう
面接官から具体的なフィードバックが出てこない背景には、いくつかの構造的な要因があります。
- □ 言語化の怠慢・放棄型:
忙しさや、「なんとなく」を言葉にする面倒臭さから、抽象的な評価項目にチェックを入れるだけで思考を止めてしまっている。 - □ 評価基準・未定義型:
そもそも「コミュニケーション能力」とは具体的にどんな行動を指すのか、社内での共通定義がなく、面接官個人の解釈に委ねられている。 - □ 事実と解釈・混同型:
「相手の目を見て話さない(事実)」から、「自信がなさそうだ(解釈)」という思考の飛躍を、本人が無自覚に行っている。 - □ フィードバック責任・不在型:
自分の役割は学生に「〇△✕」をつけることだと考えており、その根拠を次の面接官に分かりやすく伝える責任があるとは感じていない。 - □ 深掘り質問・不足型:
面接中の質問自体が浅いため、学生から具体的なエピソードや行動を引き出せておらず、結果としてフィードバックも抽象的にならざるを得ない。
これらの課題は、フィードバックを「個人の感想」から「組織の資産」へと変える仕組みを導入することで解決できます。
ステップ1:思想をアップデートする。「感想」と「事実」を分離する思考革命
今後、全てのフィードバックに対して、「SBOフレームワーク」でヒアリングし、記録する文化を根付かせます。これは、面接官の”なんとなく”を、具体的な行動事実に分解するための魔法のツールです。
- S (Situation):どのような状況で、その言動は見られましたか?
- (例:「ガクチカについて深掘りした際に…」)
- B (Behavior): 候補者は、具体的にどのような行動・発言をしましたか?
- (例:「『頑張りました』という言葉を5回繰り返したが、具体的な工夫や数字についての言及はなかった」)
- O (Outcome / Opinion): その行動事実を元に、あなたは(どう解釈し)、(どう評価しますか)?
- (例:「事実を客観的に説明する能力に課題がある可能性があるため、『論理的思考力:2』と評価します」)
採用担当者の役割は、面接官の「感想」に対して、このSBOを穏やかに問いかけ、具体的な「事実」を引き出す「インタビュアー」になることです。
ステップ2:具体的で検証可能なフィードバックを引き出す打ち手
思想のアップデートを促すため、具体的な仕組みと仕掛けを導入します。「感想」を言いにくくし、「事実」を語らざるを得ない環境を設計します。
1. 「SBO」フレームワークに基づくフィードバックヒアリング
「ありがとうございます。ちなみに、どの質問の際に、具体的にどんなご発言がありましたか?」と、
S(状況)・B(行動)・O(結果)に沿って穏やかに深掘りする癖をつける。
・採用会議での意思決定の質の向上
・面接官の評価スキルの向上
2. 評価シートの「フリーコメント欄」の構造化
「①魅力を感じた具体的な言動・エピソード」
「②懸念を感じた具体的な言動・エピソード」
「③次の面接官に確認してほしい事項」
の3区分に分けて記述させる。
・評価の一貫性向上
・申し送りの質の向上
3. 「評価デブリーフィング(振り返り会)」の実施
SBOで互いの根拠となる「事実」を突き合わせ、目線を合わせる。
・意思決定のスピード/精度向上
・面接官チームの連携強化
4. 「NGワードリスト」の共有と「OKワード(行動記述)」への言い換え
OK例:「相手の意見を一度受け止めた上で、自分の意見を論理的に伝えていた」等、
具体的な行動記述へ言い換え例を社内共有する。
・評価の共通言語の醸成
・面接官トレーニングの質向上
💡 成功のための深掘り解説
打ち手1:「SBO」フレームワークに基づくフィードバックヒアリング
これは、採用担当者が明日から実践できる、最もパワフルなアクションです。面接官のフィードバックを、ただの「受信者」として聞くのをやめましょう。「その結論に至った、具体的なシーンを教えてください」と、ジャーナリストのように穏やかに、しかし粘り強く問い続けるのです。これは面接官を詰問しているのではなく、彼らが無意識に感じ取った重要なシグナルを、組織の資産として言語化するのを「手伝う」という、極めて建設的な行為です。
打ち手2:評価シートの「フリーコメント欄」の構造化
人は、与えられた「枠」に従って思考する生き物です。大きな白紙(フリーコメント欄)を与えられると、つい抽象的な感想を書いてしまいます。しかし、「具体的なエピソードを書いてください」という明確な枠が示されていれば、面接中からその枠を埋めるための「事実」を探そうと、自然と意識が変わります。優れたフォーマットは、それ自体が“沈黙のトレーナー”として機能するのです。
打ち手3:「評価デブリーフィング(振り返り会)」の実施
文字だけのフィードバックでは、その評価に込められた熱量や確信度まで伝わりません。短い時間でも、関係者で顔を合わせて言葉を交わすことで、「私はAという事実に強く惹かれた」「私はBという事実に強い懸念を抱いた」といった、評価の背景にあるニュアンスを共有できます。これにより、評価のズレを修正し、チームとしてより精度の高い意思決定を下すことが可能になります。
打ち手4:「NGワードリスト」の共有と「OKワード」への言い換え
「コミュ力」という言葉は、非常に便利ですが、その実態は千差万別です。「相手の話を正確に理解する力」なのか、「自分の意見を分かりやすく伝える力」なのか、「場を盛り上げる力」なのか。これらの解像度の低い“バズワード”を一度禁止し、具体的な行動を描写する言葉に置き換えるトレーニングを行うことで、面接官の観察眼そのものが鍛えられ、組織全体の評価リテラシーが向上します。
明日からできることリスト
- 評価シートの記述欄を「行動事実」と「評価コメント」に分けてみる(「事実エピソード」と「改善提案」などの区分を追加)
- 面接官に「感想」ではなく「事実」を書いてもらうよう、SBOフォーマットを紹介するメールを送る
- 面接官同士で「抽象的なNGワードリスト」を作成し、共有を開始する
- 次回の選考で、評価会議に「評価デブリーフィング(10分)」を取り入れてみる提案を作成する
- 評価コメントの内容をチェックし、「コミュニケーション能力」のような曖昧な言葉が使われていないか確認し、具体的言い換えを練習する
「当たる勘」ではなく、「誰もが再現できる事実ベースの評価プロセス」
採用担当者の役割は、忙しい面接官から送られてくるフィードバックを、ただ右から左へ流すオペレーターではありません。
面接官一人ひとりの頭の中にある貴重な「暗黙知(感覚や印象)」を、組織の誰もが理解し、活用できる「形式知(客観的な事実)」へと変換・蓄積していく、ナレッジマネージャーです。
「コミュ力に課題あり」というフィードバックは、物語の「結論」です。
あなたの仕事は、その結論に至るまでの「物語のプロセス」を、面接官に優しく、しかし鋭く問いかけること。
その地道な問いかけの先にこそ、感覚や印象といった曖昧なものに頼らない、一貫性と納得感のある、強い採用が実現するのです。