『OB/OG訪問アプリ』時代の情報戦を制する
「OB/OG訪問アプリで、社員が何を話しているか分からない。人事の知らないリアルな情報が出回っている。もはや情報統制なんて不可能だ…」
自分たちが丹精込めて作り上げた“公式”の企業イメージが、見えないところで、社員一人ひとりの“非公式”な発言によって上書きされていく。まるで、自社の採用活動が、自分たちのあずかり知らぬところで行われる「ゲリラ戦」のよう。
この問題の本質は、企業が情報を独占し、発信者をコントロールできた時代の終焉です。全ての社員が、良くも悪くも「歩く広報塔」であり、学生はもはや、企業の“公式見解”を額面通りには受け取りません。
その「情報統制」という幻想を潔く捨て去り、非公式な情報流通を「リスク」ではなく「最高の採用チャネル」と再定義し、それを積極的に支援・活用することで、企業の採用力を根底から変革するための、新しい打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたは“公式スピーカー”になってしまうのか?を診断しよう
現場社員のリアルな声と、人事の公式見解との間に、なぜギャップが生まれてしまうのでしょうか。その背景には、組織の構造的な課題が隠されています。
- □ 情報統制・絶対主義型:
「候補者への情報は、人事が一元管理し、コントロールすべきだ」という、前時代的な考えから抜け出せていない。 - □ 現場との情報格差・放置型:
採用担当者自身が、現場のリアルな労働環境や、社員の本音を正確に把握できておらず、結果として理想論や建前を語るしかなくなっている。 - □ 社員への不信・恐怖型:
「社員が、学生に余計なこと(ネガティブな情報)を話すのではないか」と、社員を信頼できず、学生との接点を制限しようと考えてしまう。 - □ 「非公式」の価値・未認識型:
社員個人のリアルな言葉が持つ、公式見解の100倍もの「説得力」と「共感力」を、脅威としか捉えられていない。 - □ 受動的・後追い対応型:
OB/OG訪問が活発に行われているという事実を認識しつつも、特に何の対策も打たず、後から「あんな話をされたらしい」と知る、という受け身の姿勢に終始している。
これらは全て、時代の変化に組織の思想が追いついていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「統制」という幻想を捨て、「透明性」を武器にする
もはや、隠し通せることは何一つありません。ならば、最初から全てをオープンにするという覚悟を決める。これが、新しい時代の採用戦略の出発点です。
【新しい採用広報の原則】
「最高のエンプロイヤーブランドとは、真実そのものである」
正直に語られる「うちの部署は今、まさに成長痛で、残業も多い。でも、その分得られるスキルは半端じゃない」という若手社員の言葉は、「ワークライフバランスも充実!」という美しい採用サイトの100倍、学生の心を動かします。採用担当者の仕事は、社員が安心して真実を語れる「場」と「心理的安全性」を設計することです。
ステップ2:非公式チャネルを最強の味方につける具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「ゲリラ戦」を「正規軍の連携作戦」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「公認OB/OG訪問制度」の設立とガイドラインの策定
・アンバサダー向けに「話すべきこと/話すべきでないこと」をまとめた簡易ガイドラインを配布。
・経由した学生の本選考エントリー率
・社員の採用貢献意欲
2. 「現場のリアル」を吸い上げる定期ヒアリング
・「最近のワクワク/大変だったこと」などを収集し、採用サイトや面接説明に反映。
・人事担当者の現場理解度
・採用ミスマッチ低減
3. 「言ってはいけないこと」ではなく「言うべきこと」の共有
・例:「新機能リリースの裏話」「新導入の福利厚生の便利ポイント」。
・社員の自社理解度向上
・一貫したエンプロイヤーブランディング
4. OB/OG訪問を「魅力醸成の場」と明確に位置付ける
・社員フィードバックは「学生の興味/不安点」のマーケティング情報として収集。
・候補者インサイトデータの蓄積
・選考辞退率の低下
成功のための深掘り解説
打ち手1:「公認OB/OG訪問制度」の設立とガイドラインの策定
これは、野良のゲリラ部隊を、通信機器を持った正規軍の特殊部隊へと変える試みです。「公認」というお墨付きと、最低限のガイドラインがあることで、社員は「どこまで話していいのだろう」という不安なく、安心して学生と向き合えます。会社としても、誰がどんな学生と会っているかを把握でき、無用なトラブルを未然に防ぐことができます。これは、社員を守り、会社を守り、そして学生の体験の質を担保する、三方良しの仕組みです。
打ち手2:「現場のリアル」を吸い上げる定期ヒアリング
採用担当者が「スピーカー」になってしまう最大の原因は、話すべき「リアルな脚本」を持っていないからです。現場の社員こそが、最高の脚本家です。彼らの日常にある小さな成功体験、乗り越えた困難、チーム内のユニークな文化。これらの一次情報を定期的に収集し、自らの言葉として語れるようになること。それこそが、採用担当者が「公式見解を話す人」から「社内で最も現場に詳しい、信頼できるストーリーテラー」へと進化する道です。
打ち手3:「言ってはいけないこと」ではなく「言うべきこと」の共有
人は、「するな」と言われると、窮屈に感じ、思考が停止します。逆に、「こんな面白い話があるよ」とポジティブな情報を提供されると、それを誰かに話したくなります。社員を性悪説で管理するのではなく、善意の広報大使として信頼し、彼らがより魅力的な大使になれるよう、武器(情報)を提供するというスタンス。これが、社員のエンゲージメントを高め、自発的で質の高い情報発信を促します。
打ち手4:OB/OG訪問を「魅力醸成の場」と明確に位置付ける
「このOB/OG訪問は、実は裏で評価されているのでは?」という学生の疑念は、本音の対話を阻害する最大の壁です。この壁を完全に取り払うことで、初めて学生は「本当に聞きたいこと」(例:「ぶっちゃけ、人間関係どうですか?」)を口にできます。そして、企業はその質問データを通じて、「今の学生が、自社の何に魅力を感じ、何に不安を抱いているのか」という、極めて貴重なマーケティングデータを手に入れることができるのです。
明日からできることリスト
- ・社員と学生の非公式な会話例を1つ集めてメモする
- ・公認OB/OGアンバサダー候補を3名リストアップする
- ・「最近の仕事でワクワクしたこと」と「大変だったこと」を聞くヒアリング案を1on1で使ってみる
- ・採用広報メールやサイトに「本音」と「実態」を示す一文を追加する
- ・新しい情報を伝えるTalking Points(例:「最近導入した制度の裏話」など)を1つ作成し、社員に共有する
「情報の統制」ではなく、「信頼の流通」
採用担当者は、情報の流れを堰き止める「ダム」ではありません。
社内に流れる無数のリアルな物語(情報)が、健全に、そして魅力的に学生へと届くよう、水路を設計し、流れを整える「水先案内人」です。
情報統制が不可能になった現代は、採用担当者にとって危機ではありません。むしろ、これまで届けることのできなかった現場の「生きた魅力」を、全社員の力を借りて、何倍もの熱量で届けられるようになった、最高の機会なのです。
その流れを信頼し、促進し、そしてそこから学ぶこと。
その姿勢こそが、もはやスピーカーではない、新しい時代の戦略人事としての、あなたの価値を最大化させるはずです。