『親ブロック・安定志向』の壁を突破する“伴走型”キャリア対話術
「『親が安心できる会社で働きたい』と、福利厚生の話ばかり。君自身の『やりたいこと』はどこにあるんだ?と、喉まで出かかる…」
学生が語るのが、自分の夢ではなく、親の期待。仕事のやりがいではなく、住宅手当の金額。その姿に、採用担当者として一抹の寂しさと、世代間の価値観のギャップを感じてしまう。
この問題の本質は、学生に「やりたいこと」がないわけではありません。先行きの見えない社会・経済情勢の中で、「やりたいこと」という不確かな夢が、「安定」という、より現実的で切実なニーズの分厚い霧に覆い隠されてしまっていることにあります。
その霧を無理やり晴らそうと「やりたいことは?」と問い詰めるのではなく、まず学生が求める「安心」という土台に寄り添い、そこから「挑戦」へと繋がる道を、共に照らし出すための、新しい時代の”伴走型”キャリア対話術をご提案します。
ステップ0:まず、なぜ学生は”親の言葉”で話すのか?を診断しよう
学生が「親の安心」や「福利厚生」を第一に語る背景には、彼らが生きてきた時代の空気が色濃く反映されています。
- □ 経済・社会不安型:
日本の「失われた30年」の中で育ち、親世代の苦労を見てきたため、冒険的な自己実現よりも、堅実で安定した生活基盤を築くことを、極めて合理的に優先している。 - □ 親との良好な関係型:
親との関係が非常に良好で、その期待に応えることを、自らの喜びや孝行だと素直に感じている。「親ブロック」ではなく「親思い」な学生。 - □ 情報過多・選択困難型:
無数の企業情報やキャリアの選択肢を前に、何を選べば良いか分からなくなり、「親が知っているような安定した会社」という分かりやすい判断基準に頼っている。 - □ 「やりたいこと」未発見型:
まだ明確に「これがやりたい」という情熱を見つけられていないため、まずは生活の土台となる、具体的な労働条件(福利厚生など)に目が行く。 - □ 企業の魅力伝達・失敗型:
企業側が「やりがい」や「仕事の面白さ」を、福利厚生のリストと同じくらい、具体的で、実感の湧く形で伝えられていない。
これらの背景を理解することが、学生を「指示待ちのつまらない若者」と断罪するのではなく、「時代を映す誠実な若者」として理解するための第一歩です。
ステップ1:思想をアップデートする。「問い詰める」から「寄り添い、紐解く」へ
人の欲求には段階があります(マズローの欲求5段階説)。「福利厚生」や「安定」は、生活の安全を確保したいという「安全欲く求」です。一方で、「やりたいこと」は、より高次の「自己実現欲求」です。
多くの学生は、まず「安全欲求」という土台を固めることに必死なのです。
【面接官のスタンス転換】
- Before: なぜ、やりたいことではなく、福利厚生の話ばかりするのか?(詰問)
- After: なるほど、福利厚生を重視されているのですね。それは、将来の生活を安定させたいという、非常に大切な視点だと思います。(受容)その安定した基盤の上で、どんなことに挑戦してみたいですか?(接続)
まず相手の価値観を「受容」し、その上で自社の魅力と「接続」する。この二段階の対話が、学生の心を開く鍵です。
ステップ2:“安心”を”挑戦”へと繋げる、具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「福利厚生の話」を「未来の夢の話」へと導く4つの打ち手をご紹介します。
1. 「安心材料」を先回りして提示し、議論の土台を築く
「土台は万全。その上で、私たちはこんな挑戦をしています」と話を繋げる。
・企業理解度と安心感の向上
・関連ページの閲覧数
2. 「福利厚生」を「挑戦を支えるインフラ」と再定義する
研修制度は「挑戦のセーフティネット」として言語化する。
・承諾理由での「挑戦できる環境」言及率
・採用ブランディング向上
3. 「親世代」の言語で、自社の魅力を翻訳したツールを用意する
BtoBの社会的役割、財務安定性、歴史等を親世代の言葉で丁寧に説明し、学生にも周知する。
・保護者からのポジティブ反応
・誠実さ・配慮の評価向上
4. 「もしも」の質問で、不安の霧の向こう側を照らす
その答えから自社の事業・配属の可能性に橋をかける対話を展開する。
・面接の対話深度向上
・自己分析の深化と満足度向上
成功のための深掘り解説
打ち手1:「安心材料」を先回りして提示し、議論の土台を築く
学生が福利厚生について質問するのは、それが不安だからです。その不安を、聞かれる前に、こちらから堂々と、データと共に開示してしまう。これにより、学生はまず安心し、「この会社は、自分たちの不安を理解してくれている」という信頼感を抱きます。安全欲求が満たされた学生は、初めて、その先の自己実現について考える余裕が生まれるのです。これは、対話のスタートラインを、一気に引き上げる効果があります。
打ち手2:「福利厚生」を「挑戦を支えるインフラ」と再定義する
福利厚生は、それ自体が目的ではありません。社員が最高のパフォーマンスを発揮するための「手段」です。この「手段と目的」の関係を、面接官が自分の言葉で語れるようになることが重要です。一つひとつの制度に込められた会社の「思想」や「願い」を語ることで、無機質な条件のリストが、温かい血の通った企業文化の物語へと変わります。
打ち手3:「親世代」の言語で、自社の魅力を翻訳したツールを用意する
これは、学生本人だけでなく、その背後にいる「親」という、見えないもう一人のステークホルダーに対する、究極の配慮です。学生が、自分の言葉で親を説得するのは、非常にエネルギーのいることです。その負担を会社が肩代わりし、強力な“援護射撃”をしてあげる。この姿勢は、学生に「この会社は、自分の人生に、家族ごと寄り添ってくれるんだ」という、計り知れないほどの安心感と感謝の念を抱かせます。
打ち手4:「もしも」の質問で、不安の霧の向こう側を照らす
学生の頭の中は、「安定しなきゃ」「親を安心させなきゃ」という「べき論」でいっぱいです。この「べき論」の鎖を、思考実験によって一時的に外してあげるのが、この質問です。制約から解放された時、初めて人は、自分の心の底にある「したいこと」にアクセスできます。そこで見えた小さな光の欠片を、採用担当者が丁寧に拾い上げ、自社の仕事と結びつけてあげる。このプロセスは、まさにキャリアカウンセリングそのものです。
明日からできることリスト
- ・面接・説明会で自己紹介時に「私たちは安心と成長、両方大切にしています」という旨を明言する一文を準備する
- ・採用サイト/説明資料の冒頭に「福利厚生・安定性のデータ」を集めて、見える形で提示できる部分を草案作成する(例:離職率・研修制度・福利厚生概要など)
- ・次回面接で、「もしも」の質問を1つ導入する(例:「もし生活基盤が心配ないとしたら、どんな仕事に挑戦してみたいですか?」など)
- ・保護者向け説明資料(または保護者が読むページ)をひとつ設けるアイデアを共有し、その構成案を描いてみる
- ・面接官同士で「親ブロック・安定志向」の学生には何が刺さるかを共有する短ミーティングを設け、それぞれが使える表現例・フレーズをストックする
「夢を語る若者」ではなく、「安心して挑戦できる土台」を求める誠実な若者との対話
採用担当者は、学生に夢を問いただす評論家ではありません。
先の見えない時代に、誠実に、そして堅実に、自らの人生の航路を定めようとしている若者の、最初の水先案内人です。
「親が…」「福利厚生が…」という言葉は、彼らが発する不安のサインです。
そのサインを無視せず、まずはしっかりと受け止め、安心という名の港に船を停泊させてあげること。
そして、共に海図を広げ、その港から、どんなワクワクする冒険の旅に出られるかを、一緒に語り合うこと。
その丁寧な伴走こそが、採用担当者という仕事の最も尊い役割であり、学生の心を掴んで離さない、最高の魅力付けとなるのです。