『直前辞退』のheartbreakを乗り越える“エンゲージメント”戦略
「『御社が第一志望です!』と、涙まで流してくれた学生から、内定式の1週間前に辞退の連絡が来た。あの涙は一体何だったのかと…。さすがに、人間不信になりかけました。」
最後の最後で、信じていた糸がぷつりと切れる音。時間と、何より心を込めて向き合った学生との関係が、一本の電話や一通のメールで、あっけなく終わってしまう。その瞬間の、言葉にできない喪失感と、裏切られたかのような痛み。採用担当者として、これほどまでに心が折れる経験はありません。
この問題の本質は、学生が嘘つきなのではなく、「内定承諾」から「入社」までの数ヶ月という長い「空白期間」に、学生の心が離れていってしまうという、極めて現代的な課題にあります。
その悲痛な”失恋”を乗り越え、採用活動のゴールを「内定承諾」から「入社日」へと再設定し、候補者の心を繋ぎとめるための継続的なエンゲージメントを設計するための、具体的な打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの”両想い”は幻想に終わるのか?を診断しよう
あれほど熱烈だった学生が、なぜ最後の最後で心変わりしてしまうのか。その背景には、「内定承諾後」のコミュニケーション設計に潜む、いくつかの欠陥があります。
- □ 内定ゴール・油断型:
内定承諾をもらった瞬間に「ゴール」だと安心してしまい、その後の学生への定期的な連絡やケアを怠ってしまっている。 - □ 内定ブルー・放置型:
内定後、「本当にこの会社で良かったのだろうか」という学生特有の不安(マリッジブルーならぬ、内定ブルー)の存在を軽視し、放置してしまっている。 - □ 競合の“揺り戻し”無防備型:
学生が自社に承諾した後も、競合他社が「うちに来ないか」と、魅力的な条件でアプローチし続けているという現実を想定できていない。 - □ 「個人」から「組織」への接続・失敗型:
学生は、採用担当者である「あなた」個人には強い信頼を寄せているが、まだ配属先のチームや、会社全体への”帰属意識”を持つには至っていない。 - □ 入社前・体験価値ゼロ型:
内定承諾から内定式までの間に、懇親会や勉強会といった、他の内定者や社員と繋がるイベントが全くなく、学生が孤独を感じている。
これらは全て、内定承諾を「契約」と捉え、学生の心を「繋がり続ける感情」として捉えられていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「承諾」はゴールではなく、「婚約期間」の始まり
学生からの内定承諾は、「結婚式」ではありません。それは、入社という結婚式までの、心が揺れ動く「婚約期間」の始まりです。この期間の過ごし方こそが、二人の未来を決定づけます。
【婚約期間(内定者フォロー)の3つの目的】
- 不安の解消: 「本当にこの選択で正しかったのか」という不安を、定期的なコミュニケーションで取り除く。
- 期待の醸成: 入社後の仕事や、共に働く仲間へのポジティブなイメージを膨らませ、入社が「待ち遠しい」状態を作る。
- 帰属意識の育成: 「人事の〇〇さん」との繋がりだけでなく、「〇〇部の仲間」として、組織への心理的な繋がりを築く。
この期間のコミュニケーション設計こそが、採用担当者の最後の、そして最も重要な腕の見せ所です。
ステップ2:入社日まで心を繋ぎとめる、具体的なエンゲージメント術
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「悲劇」を「ハッピーエンド」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「内定者フォローアップ・シナリオ」の設計と実行
・月1回:ニュースレター配信
・2ヶ月に1回:内定者交流イベント開催
・エンゲージメントスコア
・イベント参加率
2. 「メンター制度」の早期導入(“ナナメの関係”構築)
・月1回、1on1のオンライン面談
・採用担当は関与しない
・接触回数・時間
・入社後の立ち上がりスムーズさ
3. 「内定者アルバイト」や「小規模プロジェクト」参加
・社内チャットに内定者専用チャンネルを開設
・業務/組織理解度
・即戦力化スピード
4. 「辞退の予兆」を検知する定期的な1on1
・「悩みや不安はある?」とオープンに質問
・声や表情の変化を観察
・迅速なフォローアップ
・信頼関係の維持
成功のための深掘り解説
打ち手1:「内定者フォローアップ・シナリオ」の設計と実行
これは、放置による自然消滅を防ぐ、生命維持装置です。人は、接触頻度が減ると、心理的な距離も離れていきます。重要なのは、このコミュニケーションを場当たり的に行うのではなく、入社までの数ヶ月間の「シナリオ」として、あらかじめ設計しておくこと。この一貫した働きかけが、「自分は、この会社から忘れられていない。歓迎されているんだ」という安心感を生み出します。
打ち手2:「メンター制度」の早期導入(“ナナメの関係”構築)
採用担当者(人事)や未来の上司は、どうしても「評価者」の側面が残ります。学生が本当に聞きたい「ぶっちゃけ、残業ってどれくらいですか?」「〇〇部長って、厳しいですか?」といった質問は、なかなかできません。利害関係のない、少しだけ先輩の「ナナメの関係」であるメンターは、その本音を優しく受け止め、正直に答えてくれる、最高の相談相手になります。この存在が、内定ブルーの特効薬となるのです。
打ち手3:「内定者アルバイト」や「小規模プロジェクト」への参加機会
これが、エンゲージメントを最強にする、究極の打ち手です。一度でもチームの一員として働き、仲間と笑い、悩み、達成感を分かち合えば、もはやその学生は「内定先の一つ」とは感じません。「自分の居場所は、ここだ」という、当事者意識と愛着が芽生えます。他の企業からどんなに魅力的なオファーが来ても、この実体験に基づいた「情」の力は、そう簡単には揺らぎません。
打ち手4:「辞退の予兆」を検知する定期的な1on1
これは、関係性の“健康診断”です。学生からの連絡を待つのではなく、こちらから定期的にコンディションを確認しにいく。そこで「最近、少し元気がないな」「他社の話をする時の歯切れが悪いな」といった小さな変化のサインを検知できれば、辞退という最悪の事態に至る前に、「何かあった?力になるよ」と、手を差し伸べることができます。このプロアクティブな姿勢が、土壇場での離脱を防ぎます。
明日からできることリスト
- ・内定承諾後最初の連絡文(メールや電話)に、「入社日が楽しみです!今後も小さな報告や相談、喜びを共有していきましょう」といった一文を追加する。
- ・「内定ブルー」防止を狙って、学生と1on1で話す時間(15分程度)を設定し、「今の気持ち・不安なことはありませんか?」と聞いてみる。
- ・若手社員1名を「内定者メンター」として選び、初回オンライン顔合わせミーティングの日程を内定承諾後1週間以内に設定。
- ・社内チャットかメールグループで「内定者参加枠」を1つ用意し、少しでも組織に触れられるよう案内を送ってみる。
- ・部門長や現場メンバーからの短いウェルカムメッセージや、チーム紹介メールを作り、内定者に送る仕組みを設計し、仮案を作ってみる。
「内定承諾書」という名の紙切れではなく、「入社日まで続く、心の繋がり」
採用担当者の仕事は、学生にハンコを押させることではありません。
面接で生まれた熱い想いの火が、入社の日まで消えることなく、むしろ、より大きく燃え上がるように、そっと寄り添い、薪をくべ、風から守る「火の番人」です。
あの日の学生の涙は、きっと本物だったはずです。
その純粋な想いを、“直前辞退”という悲しい結末に終わらせないために、私たち採用担当者ができることは、まだたくさんあります。
「内定承諾」で安堵のため息をつくのをやめ、そこを新たなスタートラインとして、未来の仲間との長い伴走を始めること。
その覚悟と行動こそが、あなたの心を人間不信から救い、採用担当者という仕事の、本当の誇りとやりがいを取り戻させてくれるはずです。