打ち手辞典

『伝書鳩』から脱却する“関係構築メディエーター”

「配属先の先輩から『今年の新人は指示待ちだ』と愚痴を聞き、新人からは『先輩が何も教えてくれない』と相談を受ける。ただの伝書鳩になっていて、何も解決できない…」

先輩の“良かれ”という放置と、新人の“遠慮”という沈黙。その間に挟まれ、両者の不満をただ右から左へ受け流すだけの自分。問題の根本に踏み込めず、日に日に両者の溝が深まっていくのを、ただ見ているしかない。

この問題の本質は、先輩社員か新人か、どちらか一方が「悪い」のではなく、両者の「当たり前」が致命的にズレているという、コミュニケーション不全と世代間ギャップの複合問題です。

採用担当者がその不毛な「伝書鳩」という役割から脱却し、両者の間に“橋”を架け、対話を創造する「関係構築のメディエーター(仲介者)」へと進化するための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:まず、なぜあなたは”伝書鳩”になってしまうのか?を診断しよう

先輩と新人のすれ違いが放置され、採用担当者が伝書鳩役に甘んじてしまう背景には、いくつかの構造的な課題があります。

  • □ 期待値の事前すり合わせ・不在型:
    OJTが始まる前に、先輩(OJT担当)と新人の間で、「何を」「いつまでに」「どのように教え、学ぶのか」という、具体的な期待値のすり合わせが行われていない。
  • □ 世代間ギャップ・放置型:
    先輩側は「仕事は見て盗むものだ(察してほしい)」と思い、新人側は「指示や説明がないと動けない(教えてほしい)」と思っている。この根本的なギャップが放置されている。
  • □ 心理的安全性・欠如型:
    新人が「こんな初歩的な質問をしたら、やる気がないと思われるかも」と質問をためらい、先輩も「細かく指示しすぎると、マイクロマネジメントだと思われるかも」と指導をためらっている。
  • □ 放置プレイ・OJT丸投げ型:
    現場の先輩が、育成に関する何のトレーニングも受けないまま、通常業務に加えて「OJT担当」という重責を、根性論で丸投げされている。
  • □ 採用担当者の介入・躊躇型:
    「配属後の人間関係は、現場の問題だ」と一線を引き、採用担当者が積極的に介入することを躊躇してしまっている。

これらは全て、新人の立ち上がりを「個人の資質」と「現場の裁量」という、不確実なものに委ねてしまっていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「伝言ゲーム」から「三者面談」へ

「先輩がこう言っていました」「新人がこう言っていました」と、間接的にメッセージを伝えるのを、今日からやめましょう。伝言ゲームは、必ずどこかで誤解と不信を生みます。

【新しい採用担当者の役割】

あなたの仕事は、メッセージを運ぶことではありません。両者が、安心して本音を話し合える「場」を設計し、その対話を円滑に進める(ファシリテートする)ことです。最初は億劫に思えるかもしれませんが、これが最も確実で、根本的な解決策です。


ステップ2:“すれ違い”を”相互理解”に変える具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「孤独な伝書鳩」を「頼れる仲介者」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「三者面談」のセッティングとファシリテーション

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 問題発生時
目的
両者の言い分を直接ぶつけ、その場で期待値のズレを修正する
具体策
・採用担当者が仲介役となり、新人と先輩で三者面談を設定
・冒頭で「犯人探しではなく、最高のパートナーになる作戦会議」と目的を定義
・双方の発言を善意に翻訳して伝える
主要KPI
・三者面談後のポジティブフィードバック
・面談実施回数と満足度
・新入社員エンゲージメントスコア

2. 「期待値すり合わせシート」の導入

難易度 コスト 期間 配属直後
目的
暗黙の期待を見える化し、具体的なアクションプランに落とし込む
具体策
・新人と先輩で共通シートを記入(希望・期待・相談方法など)
・内容を双方がサインし、合意事項として残す
主要KPI
・シート導入率と記入の具体性
・新人の立ち上がりスピード
・OJTトラブル発生率の低下

3. OJT担当者向け育成スキル研修

難易度 コスト 中(研修費等) 期間 半期に1回
目的
OJT担当者に育成スキルと自信を提供する
具体策
・人事主催でOJT研修(1〜2時間)を定期開催
・テーマ例:「Z世代の価値観」「褒め方・叱り方」「1on1の進め方」
主要KPI
・育成スキルの向上(360度評価)
・研修満足度
・新人からの信頼感

4. 「新人からのフィードバック」を歓迎する文化

難易度 コスト 期間 常時
目的
新人の不満を建設的な改善提案に転換させる
具体策
・三者面談や1on1で「新人のフィードバックは育成改善のギフト」と明言
・新人が安心して意見を伝えられるお墨付きを与える
主要KPI
・新人からの建設的フィードバック数
・育成プロセス改善サイクル
・心理的安全性の向上

成功のための深掘り解説

打ち手1:「三者面談」のセッティングと、ファシリテーション

これが、伝書鳩から脱却するための、最も重要で、勇気のいる一歩です。採用担当者の役割は、裁判官ではありません。通訳者であり、カウンセラーです。「指示待ちで動かない」という先輩の不満を、「あなたの成長を信じて、あえて任せようとしていたみたいですよ」と、善意の行動として翻訳して新人に伝える。「何も教えてくれない」という新人の不安を、「どう質問すればいいか分からず、遠慮してしまっていたみたいです」と、敬意の表れとして翻訳して先輩に伝える。この“翻訳”作業が、両者の心の氷を溶かします。

打ち手2:「期待値すり合わせシート」の導入

「言わなくても分かるだろう」という、日本的コミュニケーションの最大の罠を、この一枚の紙が防ぎます。お互いの期待値を“書く”という行為は、暗黙の了解を、明確な“約束”に変えます。特に「困った時の相談方法」を具体的に決めておくだけで、新人は「今、話しかけても大丈夫だろうか」という不安から解放され、先輩も「なぜ、早く相談しないんだ」というストレスから解放されます。

打ち手3:「OJT担当者」向けの育成スキル研修の実施

「良いプレイヤーが、必ずしも良いコーチではない」というのは、スポーツの世界の常識です。ビジネスも同じ。現場のエース社員が、必ずしも教え上手とは限りません。会社として、彼らに「育て方」という武器を提供するのは、当然の責任です。この研修は、OJT担当者の負担を軽減するだけでなく、「会社は、自分の育成者としてのキャリアも支援してくれる」という、エンゲージメント向上にも繋がります。

打ち手4:「新人からのフィードバック」を歓迎する文化の醸成

これは、新人を「受け身の学習者」から「能動的な組織改善のパートナー」へと、その立場を大きく変える、文化的なアプローチです。「教えてもらえない」と不満を言うのではなく、「こういう風に教えてもらえると、もっと早く成長できます」と、改善提案をしてもらう。この小さな成功体験が、新人の当事者意識を育み、指示待ちからの脱却を促します。

明日からできることリスト

  • 期待値すり合わせシートのドラフトを作る
    • • “何を教えるか/何を学ぶか/相談方法/いつまでに/どのくらいの頻度でやるか”など項目を5つ程度先輩と新人両方に記入してもらうたたき台を作成する。
  • 三者面談を試しに1回設定する
    • • 新人・先輩・採用担当で「配属後1週間〜2週間後」の三者面談をスケジューリングし、「期待ズレ」を初期のうちに可視化する。
  • OJT担当者研修の案を立てる
    • • 1~2時間でできるワークショップ案を用意する(例えば、「世代間ギャップ理解」「質問やフィードバックの取り方」「期待値伝達」など)。
  • 新人からのフィードバック文化の土台を作る
    • • フィードバックを募れる場(たとえば、月末の簡易アンケートか1on1)を設け、「改善案を言ってもいい雰囲気」を明言する。
  • 心理的安全性を高めるための導入メッセージ作成
    • • OJT開始時および三者面談時に、先輩・新人双方に「ここは失敗を恐れず質問できる場です」という趣旨のメッセージを準備して伝える。

「完璧なメッセンジャー」ではなく、「最高の化学反応を促す、触媒(カタリスト)」

採用担当者は、先輩と新人の間で、右往左往する哀れな伝書鳩ではありません。

あなたは、異なる価値観を持つ二つの物質(先輩と新人)が出会う、その瞬間に立ち会い、最高の化学反応が起きるよう、温度や圧力を調整する、極めて重要な「触媒(カタリスト)」なのです。

あなたの仕事は、不満の伝言を運ぶことではありません。

すれ違う二つの本音を翻訳し、橋を架け、対話を創造すること。

その困難で、しかし尊い役割を果たした先にこそ、一人の新人が、一人の先輩が、そして組織全体が、共に成長していくという、採用担当者として最高の喜びが待っているのです。