打ち手辞典

『権利は主張、義務は果たさず』な内定者への“期待値”再設定

「『内定者バイトはできますか?時給は?』と権利の主張はしっかりするのに、課題の提出は遅れる。このアンバランスさに、この先が本当に不安になる…」

結婚を決めた相手の、これまで見えなかった一面を垣間見てしまったかのような、あの不安と失望感。会社から何を得られるかには敏感なのに、会社に対して果たすべき責務にはルーズ。その姿勢に、採用担当者として「自分の見立ては、間違っていたのだろうか」と、深い悩みに沈んでしまう。

この問題の本質は、その内定者が悪人なのではなく、「社会人としてのプロフェッショナリズム」と「学生としての消費者マインド」の切り替えが、まだできていないという、極めて未熟な状態にある、という点です。

その不安を一人で抱え込み、ただ傍観するのではなく、採用担当者が「最初のマネージャー」として、毅然と、しかし愛情をもって介入することで、内定者の意識変革を促し、そのポテンシャルを再評価するための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:まず、なぜその内定者は”アンバランス”なのか?を診断しよう

権利の主張と、責務の遂行の間に、なぜ大きなギャップが生まれてしまうのでしょうか。その背景には、いくつかの要因が考えられます。

  • □ 消費者マインド・未払拭型:
    内定後も、まだ自分を「お客様」だと捉えており、会社を「サービスを提供してくれる場所」と認識している。チームの一員としての当事者意識が欠けている。
  • □ 優先順位・自己中心型:
    自分にとってメリットの大きいこと(時給が発生するアルバイト)は優先し、直接的な見返りのないこと(無給の課題)は後回しにするという、極めて合理的な(しかし、組織人としては未熟な)判断をしている。
  • □ 「課題」の重要性・未理解型:
    会社側が、なぜその課題を課しているのか、その目的や重要性を十分に伝えきれていないため、内定者が「ただの面倒な宿題」としか捉えていない。
  • □ 悪意なきルーズさ・学生気分型:
    社会人としての「締切の重み」をまだ理解しておらず、学生時代のレポート提出と同じような感覚で、悪気なく遅れてしまっている。
  • □ 採用プロセスの”甘さ”看破型:
    これまでの選考過程で、会社側の連絡が遅れたり、対応がルーズだったりしたため、「この会社は、締切などにあまり厳しくない」と、無意識のうちに学習してしまっている。

これらの原因を見極めることが、適切な介入アプローチを選択するための第一歩です。


ステップ1:思想をアップデートする。「不安な傍観者」から「毅然とした教育者」へ

「この先、大丈夫だろうか」と、一人で悩み、不安を募らせるのをやめましょう。その不安は、直接本人にぶつけ、行動変容の機会を与えることでしか解消されません。

【新しい採用担当者のスタンス】

「私が、彼/彼女の、最初のマネージャーである」

あなたの役割は、プロフェッショナルの世界における「当たり前」を、これが最初の機会として、明確に教えることです。それは、厳しい叱責ではありません。期待値の明確な提示と、それを守ることの重要性を、冷静に、しかし真剣に伝えることです。この関わり合いこそが、内定者にとっても、社会人としての第一歩を踏み出すための、貴重な学習機会となります。


ステップ2:“不安”を”見極め”の機会に変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「見て見ぬふり」を「建設的な介入」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「事実」をベースにした冷静な1on1の実施

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
感情的にならず、客観的な事実を元に対話し、相手の考えを理解する
具体策
・電話やオンラインで1on1を設定
・「課題提出が1週間遅れているようです。サポートできることはありますか?」と事実提示と配慮から会話を開始
主要KPI
・内定者の行動変容
・懸念の解消度・見極め精度
・1on1の実施率と記録

2. 「権利」と「責務」の交換条件を提示する

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
プロフェッショナルな関係におけるギブアンドテイクを教える
具体策
・アルバイトは高い意欲を示した内定者への特別機会と伝える
・「課題提出が第一歩。完了後にアルバイトの話を進める」と条件を明確化
主要KPI
・課題提出率・期限遵守率
・内定者の納得感
・公平な姿勢の伝達

3. 「内定者課題」の目的を改めて言語化

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
「やらされ感」を払拭し、課題へのモチベーションを高める
具体策
・課題の意図は「スキル把握と最適な育成準備」と説明
・「早く提出すれば準備をより良くできる」と本人のメリットを強調
主要KPI
・課題アウトプットの質
・内定者エンゲージメント向上
・オンボーディング円滑化

4. 「コミットメント・ライン」を引く

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
再度の機会を与え、約束遵守で最終的に見極める
具体策
・1on1の最後に再提出期限を本人から約束させる
・その遵守可否を重要な評価指標として静かに観察
主要KPI
・再設定期限の遵守率
・内定取り消しも含めた毅然とした判断
・採用プロセスの健全性維持

成功のための深掘り解説

打ち手1:「事実」をベースにした、冷静な1on1の実施

この対話で最も重要なのは、感情的に「なぜやらないんだ!」と責めないことです。あくまで客観的な「事実」を提示し、「何か困っていることはないか?」と、相手を気遣う姿勢で入る。これにより、相手は防御的にならず、素直に自分の状況(「忘れていた」「後回しにしていた」など)を話しやすくなります。まずは、なぜそのアンバランスな行動が起きているのか、その背景を理解することが第一歩です。

打ち手2:「権利」と「責務」の交換条件を提示する

これは、社会の基本的なルールを、ビジネスの文脈で教える、極めて重要な教育的指導です。「アルバイトをしたい(権利)」のであれば、その前提として「課題を出す(責務)」を果たす必要がある。この当たり前の交換条件を、優しく、しかし明確に提示すること。このルールに納得し、すぐに行動を改めるのであれば、その学生は「知らなかった」だけであり、学習能力が高いと再評価できます。

打ち手3:「内定者課題」の目的と意図を、改めて言語化する

人は、その作業の意味や目的を理解して初めて、高いモチベーションを発揮します。もし、これまで課題の目的を十分に説明していなかったのであれば、それは企業側のコミュニケーション不足です。「あなたのためになる」という視点を丁寧に伝えることで、内定者は課題を「面倒な宿題」から「自分の未来への投資」と捉え直し、真剣に取り組むようになる可能性があります。

打ち手4:「コミットメント・ライン」を引く

最初の遅延は、悪意なきミスかもしれません。しかし、一度、明確に再設定した約束(コミットメント)を、再び破るようであれば、それはその人の社会人としての信頼性に、根本的な疑問符がつきます。この「最後の約束」を相手と交わし、その結果を冷静に見届けること。これは、採用担当者が、入社前にその人のポテンシャルを再評価するための、最後の、そして最も重要な「踏み絵」となるのです。

明日からできることリスト

  • ・内定者課題の案内メールに「この課題の目的は〇〇です」という意図(なぜこの課題をお願いしているか)を必ず明記する文言を加える。
  • ・内定者のうち「課題提出が遅れがち/怠りがち」な人を把握し、その人と“事実を元にした1on1”を設定、「どんな理由で遅れるか/何があれば提出できるか」を確認する。
  • ・内定者アルバイト希望者の申請フォームに「課題提出率」「提出期限遵守」のチェック欄やコミットメントライン(例えば「期限を守ったらアルバイトの機会を検討します」等)を設ける草案を作成する。
  • ・内定者説明会かフォローアップの電話・オンラインで、課題提出者の意見や感想を聞き、「どう感じているか」「何が障壁か」を共有する時間を設ける。
  • ・採用担当・現場責任者間で「どの程度の遅れまで許容するか」「遅延が続いたらどうするか」というルール(コミットメントライン)を仮決めし、内定者にも伝えられるように準備する。

「問題のない内定者」ではなく、「問題に真摯に向き合える採用担当者」

採用担当者は、内定を出した後も、決して気を抜いてはなりません。入社までの期間は、相手を最終的に見極めるための、極めて重要な「観察期間」でもあります。

あなたのその不安や懸念は、見て見ぬふりをしてはいけない、重要なサインです。

そのサインに基づき、「最初のマネージャー」として、プロフェッショナルな期待値を伝え、行動変容の機会を与えること。

その真摯な介入に対し、誠実に応え、自らの行動を改めることができる人材こそが、本当の意味で「成長ポテンシャル」のある、会社が求めるべき人物です。

あなたのその勇気ある一歩が、会社を、そして一人の若者の未来を、より良い方向へと導くのです。