打ち手辞典

『手柄は現場、責任は人事』の不条理を断ち切る“共同事業体”

「採用の成功は『事業部の手柄』、失敗は『人事の責任』。まるでゴーストライターのようです。この理不尽な構造、何とかなりませんか?」

素晴らしい人材が入社し、大活躍すれば、現場の管理職は「俺が見抜いたんだ」と胸を張る。一方で、早期離職が起きれば、経営会議で「一体、人事是誰を採用したんだ」と吊し上げられる。その、あまりにも不公平で、やりきれない構造。

この問題の本質は、採用活動が、人事と現場の「共同事業」であるという、至極当然の認識が、組織全体で欠落していることにあります。採用は、人事という「下請け業者」が、現場という「顧客」に人材を「納品」する、そんな歪な構造になってしまっているのです。

その理不尽な「下請け構造」を断ち切り、採用を「人事と現場の対等なパートナーシップに基づく、共同事業(ジョイントベンチャー)」へと転換することで、成果もリスクも分かち合う、健全な関係性を構築するための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたは”便利なゴーストライター”になってしまうのか?を診断しよう

手柄を横取りされ、責任だけを押し付けられる。そんな理不尽な構造が生まれる背景には、いくつかの根深い問題が潜んでいます。

  • □ 責任分界点・曖昧型:
    採用プロセスにおける、人事の責任範囲と、現場の責任範囲が、誰にも明確に定義されていない。
  • □ 「採用=調達」という下請け構造:
    現場が、採用を「自チームの未来を創るための最重要ミッション」ではなく、「足りない部品を調達してもらう作業」程度にしか考えていない。
  • □ ゴール設定・未共有型:
    採用担当者のゴールが「入社させること」で、現場のゴールが「事業で成果を出すこと」と、分断されている。両者が同じゴールを見ていない。
  • □ プロセスのブラックボックス型:
    現場は、採用担当者が候補者を見つけてくるまでの、膨大なソーシングやスクリーニングの努力を知らない。そのため、人事の貢献を軽視しがち。
  • □ 採用担当者の”待ち”の姿勢型:
    現場から求人依頼が来るのを待ち、面接のフィードバックを待ち…と、常に関係性が受け身になっており、自ら主導権を握れていない。

これらは全て、採用が「なあなあ」の属人的な連携で行われ、プロフェッショナルな「プロジェクト」として管理されていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「下請け」から「共同事業体(ジョイントベンチャー)」へ

今後、全ての採用案件を、人事部と事業部が共同で出資し、共同でリスクを負い、共同でリターンを享受する「共同事業(ジョイントベンチャー)」として捉え直します。

【共同事業における両者の役割】

  • 人事(採用担当者): 採用市場のプロとして、最適な採用戦略、プロセス設計、候補者体験の向上に責任を持つ「プロジェクトマネージャー」。
  • 事業部(現場の管理職): 事業戦略のプロとして、必要な人材要件の定義、的確な見極め、そして入社後の活躍・定着に責任を持つ「事業責任者(オーナー)」。

この対等なパートナーシップというスタンスが、全ての打ち手の土台となります。


ステップ2:“不条理な構造”を”強固なパートナーシップ”に変える具体的な打ち手

思想のアップデートを実践するため、具体的な行動と仕組みを導入します。「責任のなすりつけ合い」を「成果の分かち合い」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「SLA(サービスレベル合意書)」の締結

難易度 コスト 期間 募集開始ごと
目的
人事と現場の役割・責任を“契約”として明確化
具体策
・募集開始時にシンプルなSLAを締結
・【人事】〇週間以内に要件合致の候補者△名を紹介
・【現場】書類選考24時間以内/面接FB当日中に返信
・双方の上長も確認
主要KPI
・SLA遵守率(人事・現場)
・Time to Fill
・候補者体験(CX)

2. 「採用プロジェクト」の共同キックオフと定例会

難易度 コスト 期間 募集期間中
目的
採用を“依頼”から共通ゴールのプロジェクトへ転換
具体策
・募集前に関係者でキックオフ会議(背景/ゴール/SLA共有)
・選考期間は週1・15分の定例で進捗と課題を共有
主要KPI
・進捗の可視化
・現場管理職の満足度・協力度
・認識ズレの防止

3. 「スコアカード」を用いた共同評価

難易度 コスト 期間 募集開始ごと
目的
“なんとなく”を排し、合意基準で共同意思決定
具体策
・キックオフで能力要件を具体化した評価スコアカードを共同作成
・面接後、人事と現場が同一カードに評価記入
・合否はスコアカードを基に共同で議論・決定
主要KPI
・評価の客観性/納得感
・Quality of Hire
・採用会議の質向上

4. 「成功・失敗事例」の共同での経営報告

難易度 コスト 期間 採用成功/失敗時
目的
成果共有と失敗分析を“蓮舫責任”で行う文化を醸成
具体策
・成功時:採用担当×現場Mgr連名で活躍報告を経営に提出
・早期離職時:両者連名で原因分析と再発防止策を提案
主要KPI
・採用成果の正当評価
・「犯人探し」文化の撲滅
・学習と改善サイクルの確立

成功のための深掘り解説

打ち手1:「SLA(サービスレベル合意書)」の締結

これは、なあなあな関係を、プロフェッショナルなビジネスパートナーシップへと変える、魔法の文書です。「頑張ります」という曖昧な約束ではなく、「〇日以内にやります」という具体的なコミットメントを、書面で相互に交わす。これにより、現場の「早く」という要求には、「では、SLAで定めた通り、24時間以内のフィードバックをお願いします」と、対等な立場で、冷静に返すことができるようになります。

打ち手2:「採用プロジェクト」の共同キックオフと定例会

これは、採用活動を「人事への丸投げ」から「事業部主導の重要プロジェクト」へと、その“格”を引き上げるための儀式です。キックオフで関係者全員の目線を合わせ、定例会で進捗を共有することで、現場は「人事がやってくれている」という他人事から、「我々のプロジェクトが、今こうなっている」という当事者へと、意識が変わらざるを得ません。

打ち手3:「スコアカード」を用いた共同での候補者評価

「現場が良いと言ったから採ったのに」という、後からの言い逃れを完全に封じ込めるための仕組みです。事前に合意した客観的な物差し(スコアカード)に基づき、「一緒に決めた」という事実を作る。これにより、もし入社後にミスマッチが起きても、それは「人事だけの責任」ではなく、「私たちの共同判断の、どこに改善点があったか?」という、建設的な議論へと繋がります。

打ち手4:「成功・失敗事例」の共同での経営報告

これが、不条理な構造を破壊する、最も強力なアクションです。手柄を独り占めさせず、責任を一人で負わされない。成功も失敗も、常に「We(私たち)」を主語として報告する。この姿勢を貫くことで、経営層や周囲の認識は、徐々に「採用は、人事と現場が一体となって行うものだ」へと変わっていきます。手柄は分かち合い、責任も分かち合う。これこそが、健全なパートナーシップの姿です。

明日からできることリスト

  • ・求人募集を立ち上げる際、現場マネージャーと人事双方で「SLA(サービスレベル合意書)」を草案にしてみる。例:「要件定義の共有」「面接フィードバックの期限」「候補者提出数の目標」など。
  • ・次の採用プロジェクトでキックオフ会議を設ける。関係者(現場責任者、人事、採用担当)と一緒に背景・ゴール・プロセスを共有する時間を確保。
  • ・採用選考で使う評価スコアカードの雛形を作成し、現場と人事で合意できる評価項目を5〜6個選んで試してみる。
  • ・成功および失敗した採用案件を一つ取り上げて、現場と人事で共同で分析するミーティングを設定。「何がうまくいったか」「どこで期待ズレが起きたか」を明確にする。
  • ・採用成功時/早期定着できなかったケース双方で、「手柄/責任共有」報告を現場と連名で行うアイデアを仮でもまとめ、次の経営報告の場などで提案できる準備をする。

「評価される下請け業者」ではなく、「事業を動かす、対等なパートナー」

採用担当者は、現場の機嫌を伺い、評価に怯える、弱い立場ではありません。

あなたは、採用という、事業の根幹を揺るがす最重要プロジェクトの、プロセスの専門家であり、その成功を導くプロジェクトマネージャーなのです。

「手柄は現場、責任は人事」という不条理は、あなたが甘んじて受け入れるべき現実ではありません。

それは、あなたが、その専門性とリーダーシップを発揮して、破壊し、再構築すべき、古い慣習なのです。

その勇気ある一歩を踏み出し、採用を「共同事業」へと転換できた時、あなたは、単なる担当者から、組織の未来を創る、誰からも頼られる、真の戦略パートナーへと生まれ変わるはずです。