『社長の根性論』をアップデートする価値観翻訳
「社長が自身の就活時代(30年前)の感覚で『最近の若者は根性がない』『もっと泥臭くやれ』と檄を飛ばしてくる。その”根性論”が、今の学生に一番響かないのに…。」
まるで、最新鋭のナビを搭載した船の船長(採用担当者)が、30年前の古い海図を広げる船のオーナー(社長)から、「あの頃は、星の位置だけを頼りに、気合でこの海を渡ったんだ!お前たちもそうしろ!」と叱咤激励されているかのよう。その指示が、今の荒波を乗り切る上で、いかに無謀で、危険であるか。
この問題の本質は、社長が間違っているのではなく、社長が大切にする「根性」や「泥臭さ」という“価値観”と、現代の学生が求める“価値観”とを繋ぐ「翻訳」が、誰もできていないという、コミュニケーションの断絶にあります。
その時代という名の断絶に橋を架け、採用担当者が社長の“熱い想い”を、現代の学生に響く“魅力的な物語”へと翻訳・再編集する「プロの翻訳家」へと進化するための、具体的な打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜ社長の“檄”は、もはや”雑音”でしかないのか?を診断しよう
社長の熱い言葉が、学生にも、そして採用担当者にも響かない背景には、いくつかの構造的な要因があります。
- □ 時代の変化・無視型:
経済成長期に「頑張れば報われた」成功体験を持つ社長が、現代の成熟社会における「スマートな働き方」や「効率性」の重要性を理解できていない。 - □ 価値観のズレ・無自覚型:
社長が美徳と考える「会社への滅私奉公」や「忠誠心」が、現代の若者にとっては「自己犠牲」や「個人のキャリアの軽視」と受け取られることに、全く気づいていない。 - □ 成功体験の一般化・過信型:
自身の「根性」による成功体験を、あらゆる時代、あらゆる人間に通用する普遍的な法則だと信じて疑わない。 - □ 「根性=善」の固定観念型:
困難や苦労そのものに価値があると考え、それが不要な非効率や理不尽さであったとしても、「若い頃の苦労は買ってでもせよ」と、思考停止してしまっている。 - □ 採用マーケティング視点・欠如型:
採用を、自社の価値観を一方的に伝える「布教活動」だと捉えており、ターゲット(学生)のインサイトに合わせてメッセージを最適化するという、マーケティングの基本視点が欠けている。
これらは全て、社長が「送り手」の論理だけで語り、「受け手(学生)」の文脈を想像できていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「対立」から「翻訳」へ。社長の”想い”を再解釈する
「社長、その考えは古いです!」と、真正面から対立するのは、最悪の選択です。それは、社長の成功体験と人格そのものを否定することになりかねません。私たちがすべきは、敬意ある「翻訳」です。
【社長の“根性論”翻訳ディクショナリー】
- 根性 →
やり抜く力
、当事者意識
、失敗を恐れない挑戦心
- 泥臭さ →
顧客第一主義
、現場主義
、表面的な格好良さより、本質的な価値提供を重んじる姿勢
- 俺の若い頃は… →
当社のDNAとなっている、創業期のフロンティアスピリット
、今日の安定を築き上げた、先人たちの挑戦の物語
この「翻訳」こそが、社長の想いを、時代遅れの精神論から、企業の普遍的な強みを語る、魅力的なブランドストーリーへと昇華させる鍵です。
ステップ2:“根性論”を“共感ストーリー”へと変換する具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「響かない檄」を「心に刺さる物語」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「根性論」を具体的な「コンピテンシー」に分解・定義する
・例:「困難な課題でも粘り強く解決策を探す力」「誰もやりたがらない仕事に自ら手を挙げる姿勢」などを明文化
・面接評価基準の質の向上
・社長の納得感と採用への信頼向上
2. 「泥臭さ」を魅力的な「ヒーローストーリー」として語り直す
・失敗や壁を成長物語の一部として描き、学生に共感させる
・価値観に共感する学生の応募増
・入社後のギャップ低減
3. 社長自身を「伝説のOB」としてコンテンツ化する
・「創業者インタビュー」として記事や動画にし、サイトやSNSで発信
・企業DNAの学生への効果的伝達
・社長のモチベーション向上と採用理解促進
4. 「覚悟」を問うリアルな仕事体験(RJP)の設計
・困難を凝縮したインターンやワークショップを設計し、挑戦意欲を確認
・入社後定着率の向上
・学生の覚悟の醸成
💡 成功のための深掘り解説
打ち手1:「根性論」を具体的な「コンピテンシー」に分解・定義する
これは、社長の“想い”を、現代の採用科学のフレームワークに落とし込む作業です。社長の頭の中にある曖昧な「根性」という概念を、具体的な行動特性(コンピテンシー)に分解することで、初めてそれは、面接で評価可能な、客観的な「基準」になります。この共同作業を通じて、あなたは社長の良き理解者となり、社長もまた、あなたの専門性を認めるようになります。
打ち手2:「泥臭さ」を、魅力的な「ヒーローストーリー」として語り直す
どんな物語の主人公も、必ず困難に直面します。「泥臭さ」とは、その物語を面白くするための、最高のスパイスなのです。「私たちはスマートです」という物語は退屈ですが、「私たちは不器用で泥臭い。しかし、顧客のためなら、誰よりも汗をかく集団です」という物語は、人の心を打ちます。その人間味あふれる不完全さこそが、共感の源泉となります。
打ち手3:社長自身を「伝説のOB」としてコンテンツ化する
社長の「俺の若い頃は…」という言葉は、面接の場ではノイズになり得ますが、採用コンテンツとしては、極めて価値の高い“お宝”です。創業者の苦労話は、企業の理念や文化が、どんな想いから生まれたのかを伝える、最もパワフルなストーリーテリングです。社長を、ただ檄を飛ばす存在から、自らの言葉で学生を魅了する、最高の広報塔へと変身させるのです。
打ち手4:「覚悟」を問う、リアルな仕事体験(RJP)の設計
「根性はあるか?」と、言葉で問うのは愚策です。行動で示してもらうのが、最善の策です。仕事の厳しい側面を、あえて体験してもらう。その上で、学生自身に「自分には、この“泥臭さ”を乗り越える覚悟があるだろうか?」と、自問自答してもらうのです。このプロセスを経て、なお「やりたい」と答える学生こそが、社長が本当に求めている、口先だけではない、本物の「根性」を持った人材です。
明日からできることリスト
- ・社長の“根性”という言葉を使った最近の発言を1つピックアップして、それをチーム内で「現代の学生ならどう受け取るか?」という形で分析してみる。
- ・「根性=何を意味しているか」を定義するためのヒアリング案を作る(例:社長に、「あなたが“根性”と言ったとき、具体的にどの行動を期待していますか?」と質問する枠組みを準備する)。
- ・採用サイトや説明会資料で使われている“根性”“泥臭さ”といった表現を見返し、それを「やり抜く力」「当事者意識」「現場重視」など現代学生が理解しやすい言葉に言い換える案を作ってみる。
- ・社長の創業期のストーリーや若かりし頃の失敗談を社員インタビューで引き出し、「ヒーローストーリー」として整理し、採用広報で使える記事・動画のフォーマットを検討する。
- ・次回のインターンや説明会で、「覚悟」「泥臭さ」を体験できる要素を入れたワークショップ形式かスモールプロジェクトを試験的に組み込む案を提案する。
「社長の否定」ではなく、「社長の想いの、最高の翻訳者」
採用担当者は、社長の古い価値観を嘆き、対立する抵抗勢力ではありません。
あなたは、社長が持つ、会社設立以来の熱く、純粋な想いやDNAを、誰よりも深く理解し、それを現代の若者の心に響く形に翻訳・編集する、唯一無二のパートナーです。
社長の「根性論」は、あなたの仕事を邪魔する”障害”ではありません。
それは、他のどの会社にも真似できない、**貴社だけのユニークな魅力を掘り起こすための、最高の”原石”**なのです。
その原石を、あなたの手で磨き上げ、最高の輝きを放つ宝石へと変えること。
その創造的なプロセスの中にこそ、世代間の断絶を乗り越え、組織を一つにするという、採用担当者として最高の喜びとやりがいが待っているはずです。応援しております!