打ち手辞典

『役員のNG質問』という“時限爆弾”を解除する“仕組み”化アプローチ

「最終面接に同席した役員が、学生に『恋人はいるの?』と…。悪気がないのは分かるが、ヒヤッとする。コンプライアンス研修を受けてほしい、と喉まで出かかるが、とても言えない…」

会社の未来を左右する最終選考の場で、突如として投下される、役員からの”時限爆弾”のような不適切質問。コンプライアンス違反のリスク、学生の志望度低下、SNSでの炎上可能性。それらが一瞬で頭をよぎり、血の気が引く感覚。その恐怖と、立場の弱い採用担当者として何も言えないもどかしさ。

この問題の本質は、役員個人の資質の問題というよりも、採用という専門業務に対する、組織的なリスク管理体制の欠如です。役員は、良かれと思って(親心や人情として)聞いた質問が、現代において、いかに大きな経営リスクに直結するかを、知らないだけなのです。

採用担当者が一人で矢面に立ち、役員個人に勇気ある「進言」をするという無謀な戦いを挑むのではなく、「仕組み」と「プロセス」で、組織全体の採用リスクをヘッジするための、賢明で、戦略的な立ち回り方をご提案します。


ステップ0:まず、なぜあなたの役員は“地雷”を踏んでしまうのか?を診断しよう

役員が、悪気なく不適切な質問をしてしまう背景には、いくつかの世代的・構造的な要因があります。

  • □ 世代間ギャップ・良かれと思い込み型:
    自身の就活時代(お見合いのような感覚)のまま、「プライベートな面も含めて、相手を深く知ることが、思いやりだ」と、本気で信じている。
  • □ コンプライアンス知識・未アップデート型:
    厚生労働省が示す「公正な採用選考の基本」や、男女雇用機会均等法に関する知識が、30年前のまま更新されていない。
  • □ 権力勾配・無自覚型:
    役員である自分からの質問は、学生にとって「答えるしかない」という、強いプレッシャーになるという事実に、全く気づいていない。
  • □ 「お見合い」感覚・勘違い型:
    最終面接を、候補者を会社という”家”に迎え入れるための、最終的な人柄確認の場と捉え、家族構成やプライベートな価値観に踏み込むことが自然だと考えている。
  • □ 人事の”聖域”侵犯型:
    「採用は、最後は俺の目で見る」「人事の小難しいルールはいいから」と、自らの役職や経験を過信し、採用という専門領域のルールを軽視している。

これらの背景は、役員が「悪人」なのではなく、「無知」であり、「無自覚」であることを示唆しています。


ステップ1:思想をアップデートする。「個人への進言」から「組織としてのルールメイキング」へ

「〇〇役員、その質問はNGです」と、個人に指摘する勇気は必要ありません。

必要なのは、「私たちの会社では、全ての面接官が、このルールに従って面接を行います」という、組織としての毅然とした姿勢を、仕組みとして構築することです。

【採用担当者の新しい役割】

採用リスクマネジメントの専門家 兼 全社的な面接品質向上プロセスの設計者

あなたの仕事は、役員個人を変えることではありません。役員も含む、全ての面接官が、安全で、公平で、効果的な面接を行えるような「ガードレール」と「ナビゲーション」を設置することです。


ステップ2:“時限爆弾”を安全に解除するための、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「ヒヤッとする瞬間」を「ゼロ」にする4つの打ち手をご紹介します。

1. 「面接官ガイドライン(Do’s & Don’ts)」の策定と展開

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 3~6ヶ月
目的
役員個人への指摘ではなく、公式ルールとしてNG質問を定義する
具体策
・人事と法務が連名でA4一枚のガイドラインを作成。
・「人権尊重」「採用リスク回避」の大義で経営会議承認。
・役員含む全社員に配布。
主要KPI
・不適切質問の発生件数
・候補者アンケート(公平性)
・SNS等でのネガティブ投稿撲滅

2. 「面接前ブリーフィング」の儀式化

難易度 コスト 期間 面接ごと
目的
面接直前に目的とルールをリマインドし意識を再設定する
具体策
・役員同席面接の5分前に必ずブリーフィング。
・候補者情報、見極めポイントを共有。
・NG質問を毎回穏やかにリマインド。
主要KPI
・面接の質の安定化
・役員の意識醸成
・採用担当者の心理的安全性

3. 採用担当者の「リアルタイム介入」スキル

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
不適切質問が出た瞬間に被害を最小化する
具体策
・学生が答える前に笑顔で毅然と介入。
・質問を仕事関連にすり替える。
・「この質問の意図は?」と問い返し、役員に気づかせる。
主要KPI
・コンプラ違反の未然防止
・候補者保護・ブランド毀損防止
・ファシリテーション力向上

4. 「社外の目」を活用した研修の提案

難易度 コスト 中~高(講師費用) 期間 6ヶ月~1年
目的
外部の権威に代弁してもらい、役員を動かす
具体策
・顧問弁護士や外部コンサルを招いた研修会を企画。
・「最近の採用リスク管理のトレンド」として導入。
・ガバナンス強化の一環として提案。
主要KPI
・経営層のリスク意識の変化
・研修の正当性・説得力の向上
・担当者の企画力・提案力の評価

成功のための深掘り解説

打ち手1:「面接官ガイドライン」の策定と、全社展開

これが、あなた個人を、矢面に立たずに守るための、最強の“鎧”です。今後あなたが面接で介入する際、それは「私の個人的な意見」ではなく、「会社の公式なルールに基づいた行動」となります。経営会議のお墨付きを得ることで、このガイドラインは、たとえ相手が役員であっても、誰もが従うべき絶対的なルールへと昇格します。

打ち手2:「面接前ブリーフィング」の儀式化

これは、飛行機のパイロットが離陸前に行う、指差し確認のようなものです。毎回行うことで、「安全確認は、プロとして当然の義務である」という空気を醸成します。「またその話か」と思われても構いません。この地道な繰り返しが、役員の頭の中に「プライベートな質問=リスク」という意識を刷り込んでいきます。

打ち手3:採用担当者の「リアルタイム介入(ファシリテーション)」スキル

これは、極めて高度で、勇気のいるスキルです。しかし、採用担当者は、候補者と会社の双方を守る、その場の最高責任者であるという自覚が必要です。重要なのは、役員の顔を潰さないこと。あくまで「場の進行役」として、学生を守りつつ、会話の流れを自然に修正する、その絶妙な舵取りが求められます。このスキルを磨くことが、あなたのプロフェッショナルとしての価値を、飛躍的に高めるでしょう。

打ち手4:「社外の目(第三者)」を活用した研修の提案

人は、身内(部下)からの指摘には感情的に反発しても、社外の専門家(権威)からの指摘は、素直に聞き入れる傾向があります。あなたが言いたいことを、全て外部のプロの口から語ってもらうのです。これにより、役員はプライドを傷つけられることなく、客観的な事実として、自らの言動のリスクを学ぶことができます。これは、事を荒立てずに、根本的な意識改革を促す、非常にクレバーな戦略です。

明日からできることリスト

  • 役員面接担当者との非公式ミーティングを設定して、「NG質問リスク」を共有する
  • ・面接官ガイドラインの草案をA4一枚で作成する
    • 基本的なDo’s & Don’ts、不適切質問例、面接官の期待ルールなど簡潔にまとめた文書案を作る。
  • 役員を含む面接の直前ブリーフィングを設ける試験運用をする
    • 次回の最終面接で、面接官(役員含む)に5分前ブリーフィングを行い、「見極めポイント」「NG質問確認」をリマインドする。
  • 採用担当者として「リアルタイム介入(ファシリテーション)」の例をひとつ準備する
    • 万が一不適切質問が出た際にどう対応するか、シナリオを想定して「この質問は少し不適切かもしれないので、〇〇の方向で質問を再構築します」と穏やかに変える言い回し案を用意しておく。
  • 外部または内部の専門家を招いて「採用面接のリスクと最新の法令・ベストプラクティス」について研修会を企画する案を作成する

「物分かりの良い役員」ではなく、「誰が面接官でも、揺るがない公平なプロセス」

採用担当者は、役員の機嫌を伺い、その不適切な言動に肝を冷やす、弱い立場ではありません。

あなたは、採用という、会社の未来を左右する極めて重要な公式行事が、公平・公正、かつ合法的に執り行われるよう、その全てを監督する、プロセスの責任者なのです。

役員の不適切質問という“時限爆弾”は、あなた個人の勇気だけで処理しようとすれば、暴発します。

そうではなく、組織として、防爆スーツ(ガイドライン)を開発し、処理マニュアル(研修)を整備し、安全な手順(ブリーフィング)で臨むこと。

その仕組み作りこそが、あなた自身を、そして会社の未来を、予期せぬリスクから守る、最も確実で、プロフェッショナルな仕事なのです。