打ち手辞典

『ランチ代が高すぎる』という“経理の壁”を突破する費用対効果

「『採用経費、使いすぎだ。学生とのランチ代が高すぎる』と経理部から指摘される。学生の心を開き、本音を聞き出すための必要経費なのに…」

面接という鎧を脱ぎ、リラックスした環境でこそ見える、学生の素顔。その貴重な機会を創出するための「ランチ」という投資が、経理部からは、ただの“飲食費”というコストとして、冷たく切り捨てられる。その活動の価値を理解されないもどかしさと、プロとしての矜持を傷つけられる感覚。

この問題の本質は、経理部が意地悪なのではなく、採用担当者が「感覚」で語る活動の価値を、経理部が理解できる「数字」で、私たちが翻訳できていないという、深刻な言語の壁にあります。

その壁に、「費用対効果(ROI)」という橋を架けることで、採用担当者を「経費を使う人」から「戦略的な投資家」へと進化させ、ただの“飲食費”を、「採用ミスマッチを防ぐ、極めてハイリターンな投資」として、堂々と語るための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの“投資”は“飲食費”としか見なされないのか?を診断しよう

採用担当者にとっては重要な活動が、経理部から「無駄遣い」と見なされてしまう。その背景には、いくつかの説明責任の不足があります。

  • □ 目的のブラックボックス型:
    なぜ、わざわざランチに行くのか。その目的(例:素の人柄の見極め、志望度のクロージング)が、採用担当者の頭の中にしかなく、客観的な言葉で定義・共有されていない。
  • □ 効果測定・放棄型:
    ランチに行った学生と、行かなかった学生とで、その後の内定承諾率や、入社後の活躍度に、どのような差があるのか、データで示せていない。
  • □ 「経理の言語」・未習得型:
    「学生との信頼関係構築」といった定性的な価値を、経理が理解できる「採用コストの削減」「離職リスクの低減」といった、定量的な価値に翻訳できていない。
  • □ 費用対効果・比較対象不在型:
    ランチ代という「目に見えるコスト」に対し、採用のミスマッチで早期離職者が出た場合の「数百万単位の損失」という、比較対象を提示できていない。
  • □ プロセス非公式・属人化型:
    ランチに行くかどうかが、採用担当者のその場の判断や、個人的な裁量に委ねられており、「公式な選考プロセス」として、ルール化・定義されていない。

これらは全て、ランチという採用活動を「プロの仕事」として、論理的に説明できていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「食事」から「選考プロセスの一部」へ。活動を再定義する

まず、私たち自身が、ランチを「学生との食事会」と考えるのをやめます。

あれは、「レストランという、リラックスした環境で行う、極めて重要な面接(=ランチ面談)」なのです。

【ランチ面談の再定義】

  • 目的: 緊張感のある会議室では見抜けない、候補者の素のコミュニケーション能力、価値観、ストレス耐性などを評価する。
  • 評価項目: 「店員さんへの態度」「食事中の会話の質」「逆質問の角度」など、具体的な評価項目を設ける。
  • 位置づけ: 最終面接の前など、選考プロセスにおける「公式なステップ」として明確に位置づける。

この「活動の再定義」が、経理部との対話の出発点となります。


ステップ2:“ただの飲食費”を“戦略的投資”へと昇華させる具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「無駄遣い」という指摘を、「素晴らしい投資だ」という称賛に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「ランチ面談」の目的と評価項目を言語化する

難易度 コスト 期間 次回の採用フローから
目的
属人的な活動を「評価項目が明確な選考プロセス」として正当化する
具体策
・ランチ面談を正式な選考ステップと定義し、目的と評価項目を明文化。
・経費精算時に評価シート提出を必須とし、正当性を証明する。
主要KPI
・ランチ面談の公式プロセス化
・評価の質の向上
・経理部の納得感の醸成

2. 「費用対効果」を、具体的なデータで示す

難易度 コスト 期間 3~6ヶ月
目的
”感覚”ではなく”数字”で、ランチ面談の投資価値を証明する
具体策
・過去データで、ランチ面談実施者の承諾率向上を数値で提示。
・紹介会社経由では「ランチ代で高額手数料の損失を防げている」と説明する。
主要KPI
・承諾率の向上
・早期離職率の低下
・説得力あるデータ提示

3. 「ランチ代」を、”採用失敗の保険料”として再定義する

難易度 コスト 期間 稟議・説明時
目的
ランチ代をリスク回避の投資として位置づけ直す
具体策
・早期離職による損失額と比較し「一人5,000円のランチ代は安価な保険料」と説明。
・リスク管理の観点から投資意義を強調。
主要KPI
・リスク管理意識の向上
・費用対効果への認識変化
・戦略的視点のアピール

4. 予算管理の「ルール化」と「上限設定」を自主的に提案する

難易度 コスト 期間 稟議・説明時
目的
経理に”管理される”のではなく、自ら管理する姿勢で信頼を獲得する
具体策
・「最終選考候補者のみ対象」「上限金額設定」「上長承認必須」などルールを提案。
・自律的な予算管理能力を示す。
主要KPI
・経理からの指摘件数減少
・経費利用に対する信頼向上
・健全な予算執行の確立

成功のための深掘り解説

打ち手1:「ランチ面談」の目的と評価項目を言語化する

これが、「遊び」と「仕事」を分ける、決定的な一線です。目的と評価項目が定義された瞬間、ランチは「食事会」から「業務」に変わります。経費精算時に、遊びか仕事か分からない曖昧な領収書ではなく、具体的な評価が記されたレポートが添付されていれば、経理担当者も、それを「飲食費」としてではなく、「選考費用」として、正当に処理せざるを得ません。

打ち手2:「費用対効果」を、具体的なデータで示す

経理部は、データという言語しか話しません。ならば、私たちもデータで語るのです。「ランチに行くと、学生が良い顔をする」という主観的な感想ではなく、「ランチに行くと、内定承諾率が30%上がる」という客観的な事実を提示する。このデータは、あなたの活動が、会社の利益に直接的に貢献していることを証明する、何よりの証拠となります。

打ち手3:「ランチ代」を、”採用失敗の保険料”として再定義する

これは、経理部が最も好む、「リスク管理」という文脈に、議論の土俵を移す、巧みなリフレーミング術です。採用担当者は、ただ人を見つけるだけでなく、「採用の失敗」という、会社にとって極めて大きな経営リスクを、最前線で防いでいるのです。そのリスク回避のための、極めて費用対効果の高い活動が「ランチ面談」であると説明できれば、経理部の見る目は全く変わるはずです。

打ち手4:予算管理の「ルール化」と「上限設定」を自主的に提案する

人は、管理されることを嫌い、自ら管理することを好みます。経理部から「使いすぎだ!」と指摘され、厳しいルールを課される前に、こちらから、より現実的で、自主的なルールを提案するのです。このプロアクティブな姿勢は、「この担当者は、コスト意識をしっかり持っているな」という、経理部からの絶大な信頼を勝ち取ることに繋がります。

明日からできることリスト

  • ランチ面談の目的と評価項目の明文化
    例:「店員への態度」「逆質問の深さ」などの項目を加えて、選考ステップとして公式化する。
  • ランチ面談実施者 vs 非実施者の承諾率データを集める
    過去の実績があれば比較表を作成し、効果を見える化。
  • ランチ代を“採用失敗保険料”として説明する資料案の作成
    早期離職による損失と比較して、ランチ代がどれだけ合理的かを示す資料を1枚作成。
  • 「ランチ代に関する予算ルール」案の提出
    例:「最終候補者のみ対象」「1人当たり上限金額あり」「上長承認必須」など、コントロール案を準備。
  • 経理に「ランチ面談の費用対効果」を説明するプレゼン草案を作る
    データ(承諾率/離職率など)と定義した評価項目を含めた説明資料を準備し、話し合いの場を設ける。

「経費の承認」ではなく、「戦略的投資家としての信頼」

採用担当者は、経費を使うだけの、一人のオペレーターではありません。

あなたは、どの活動に、どれだけの資源を投下すれば、最高の”人材”というリターンを得られるかを判断する、プロの投資家なのです。

経理部からの指摘は、あなたへの攻撃ではありません。

それは、「その投資の、合理的な根拠(エビデンス)を示してください」という、ビジネスパートナーからの、至極真っ当な要求なのです。

その要求に、感情ではなく、ロジックとデータで、堂々と応えること。

その姿勢こそが、あなたを単なる担当者から、会社の未来を左右する、誰からも信頼される、真のビジネスプロフェッショナルへと進化させるのです。