打ち手辞典

『手柄は現場、ミスは人事』の無限ループを断ち切る“成果貢献”可視化

「新人が成果を出せば『俺の指導がいいからだ』と現場は言い、問題を起こせば『人事の採用ミスだ』と言う。採用担当は、いつだって責任を負うだけの存在だ…。」

まるで、丹精込めて育てた苗を、最高の状態で畑(現場)に植え付けた農家(採用担当者)のよう。豊作になれば「シェフ(現場)の腕がいいから」と言われ、不作になれば「そもそも苗が悪かった」と責められる。

この問題の本質は、現場の管理職が傲慢なのではなく、「採用」というプロセスと、「育成・活躍」というプロセスが、組織の中で完全に分断され、両者を繋ぐ客観的な「データ」と「共通言語」が存在しないことにあります。

この辞典は、その不毛な「責任のなすりつけ合い」を終わらせ、採用担当者が「採用時の見立て」と「入社後の活躍」をデータで接続することで、採用の成果を正当に主張し、失敗からは組織全体の学びを引き出す「タレント・アナリスト」へと進化するための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたは“便利な責任転嫁先”にされるのか?を診断しよう

成功も失敗も、全てが「採用」というブラックボックスに原因帰属されてしまう。その背景には、いくつかの構造的な問題があります。

  • □ 採用と育成の“壁”:
    採用担当者の役割が「入社させるまで」と明確に分断されており、入社後の新人の様子を全く追えていない。
  • □ 評価基準の“分断”:
    面接時に見ていた評価項目(例:ポテンシャル、地頭)と、入社後に現場が評価する項目(例:業務の正確性、スピード)が、全く連携していない。
  • □ “活躍”の定義・不在型:
    そもそも、そのポジションにおける「活躍」とは、具体的にどのような状態を指すのか、採用担当者と現場の間で、共通の定義がなされていない。
  • □ データの断絶・ブラックボックス型:
    採用時の評価データと、入社後のパフォーマンスデータが、それぞれ別の場所に保管され、両者を突き合わせて分析する、という発想すらない。
  • □ 採用担当者の“受け身”姿勢:
    「採用ミスだ」と言われた際に、「そんなことはない」と感情的に反論するだけで、客観的なデータを用いて「採用時の見立てはこうだった。入社後に何が起きたのか、一緒に考えましょう」と、建設的な議論を仕掛けられていない。

これらは全て、採用を「点」の活動として捉え、入社後の活躍まで続く「線」のプロセスとして管理できていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「採用して終わり」から「活躍して初めて成功」へ

採用担当者のミッションを、こう再定義します。

「採用活動の真の成果は、入社1年後のパフォーマンス評価の結果によって証明される」

この思想に立つと、私たちの仕事は、入社後の活躍を見届けるまで終わりません。そして、入社後のパフォーマンスデータは、私たちの「採用の目利き」が正しかったかを証明するための、最も重要な成績表となります。

【採用担当者の新しい役割】

タレント・パフォーマンス・アナリスト(採用と活躍の因果関係を、データで解き明かす分析官)

この視点を持つことで、現場との関係は「責任のなすりつけ合い」から、「共に、ハイパフォーマーを生み出すための要因を分析する、研究パートナー」へと変わります。


ステップ2:“責任転嫁”を“共同分析”に変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「不毛な水掛け論」を「建設的な未来志向の対話」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「採用要件定義」と「入社後評価」のKPIを連携させる

難易度 コスト 期間 募集開始ごと
目的
採用の”入口”と”出口”の物差しを揃え、一貫した評価を実現する
具体策
・募集開始前の打ち合わせで、「このポジションの”採用成功”とは、入社1年後に、どのような状態になっていることですか?」と問い、活躍KPIを言語化・合意。
・合意したKPIを、面接の評価項目にも落とし込む。
主要KPI
・採用要件とパフォーマンス評価の一貫性
・採用の質(Quality of Hire)
・現場管理職の納得感の向上

2. 入社後「3ヶ月・6ヶ月・1年」の定期的な”共同”レビュー

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 入社後1年間
目的
採用を”点”ではなく”線”で捉え、人事も育成に伴走する
具体策
・人事がファシリテーターとなり、上長・新人との三者レビューを定期開催(3ヶ月/6ヶ月/1年)。
・事前合意KPIを基に、現状・課題・育成プランを共同で確認。
主要KPI
・新入社員のエンゲージメントと定着率
・問題の早期発見と迅速な軌道修正
・人事×現場のパートナーシップ強化

3. 「活躍人材の採用時データ」を分析し、成功パターンを共有する

難易度 コスト 期間 定期的
目的
採用の”手柄”を、客観データで正当に主張する
具体策
・ハイパフォーマーの面接評価/適性検査を分析し共通要因を特定。
・「活躍中のAさん・Bさんに共通して、採用時に『〇〇』を高評価していた」等、成功要因をレポート共有。
主要KPI
・採用プロセス有効性の証明
・次年度の採用基準精度向上
・採用部門の貢献度の可視化

4. 「早期離職・低評価者」の採用時データを、”共同”で分析する

難易度 コスト 期間 問題発生時
目的
”失敗”の責任を共有し、組織の学習へ転換する
具体策
・「ご指摘ありがとうございます。学びに変えるため、当時の面接評価と現場パフォーマンスを一緒に分析させてください」と提案。
・「見極めの課題(採用側)」と「受け入れ・育成の課題(現場側)」の両面から冷静に検証。
主要KPI
・振り返り会議の実施と改善アクション数
「犯人探し」文化の撲滅
・採用と育成、双方のプロセス改善

成功のための深掘り解説

打ち手1:「採用要件定義」と「入社後評価」のKPIを連携させる

これが、全てのすれ違いをなくすための、最も重要な設計図です。「こんなはずじゃなかった」は、そもそも最初の「こうなってほしい」というゴールのイメージが、採用担当者と現場でズレていることから生まれます。入社1年後の具体的な活躍イメージを、採用活動の“北極星”として最初に設定し、共有すること。それだけで、採用から育成までの全てのプロセスに、一貫した軸が通ります。

打ち手2:入社後「3ヶ月・6ヶ月・1年」の定期的な“共同”レビュー

「採用して終わり、あとは現場よろしく」という、無責任なバトンパスをやめましょう。採用担当者が、入社後の育成プロセスにも伴走することで、現場は「人事も一緒に見てくれている」という安心感と、良い意味での緊張感を持ちます。また、このレビューは、新人のリアルな声を聞き、次の採用活動に活かすための、最高のヒアリングの機会にもなります。

打ち手3:「活躍人材の採用時データ」を分析し、成功パターンを共有する

手柄を主張するのに、大きな声は必要ありません。静かな、しかし、揺るぎないデータがあれば十分です。「私たちの採用プロセスは、これだけ高い確率で、ハイパフォーマーを予測できています」という客観的な事実を示すこと。これは、採用部門のプロフェッショナリズムと、組織への貢献価値を証明する、最も雄弁な物語となります。

打ち手4:「早期離職・低評価者」の採用時データを、”共同”で分析する

「採用ミスだ」という非難は、最高の”共同調査”への招待状です。その非難から逃げず、むしろ「ぜひ、一緒に原因を究明しましょう」と、相手を分析のテーブルに引き込むのです。採用時の評価データと、入社後の事実を並べて、冷静に分析すれば、問題の所在が「採用」だけにあるのか、それとも「育成」にあるのか、あるいはその両方にあるのかが、自ずと明らかになります。これは、責任転嫁を、建設的な課題解決へとすり替える、高度な問題解決のアプローチです。

明日からできることリスト

  • 「入社後1年の活躍状態」を言語化して募集要件に含める
    • 次の求人要件打ち合わせで「このポジションで1年後このような成果を出してほしい」という活躍の姿を現場と共有し、採用要件に盛り込む草案を作る。
  • 定期レビューの仕組みを試運用する
    • 新入社員の入社後 3 ヶ月/6 ヶ月/1 年に、人事・上司・本人での三者定期レビューを設定するプロトタイプを一人もしくは一部門で実施してみる。
  • 活躍人材の採用時評価データを集めて成功パターンを探す
    • 過去の採用データで「活躍している人」と「そうでない人」の面接時の評価項目を比較して、傾向を探すミニ分析を行ってみる。
  • 低評価者・早期離職者の原因分析会を提案する
    • 過去の早期離職者または低評価者ケースを一件選び、採用時の評価/現場での育成条件/受け入れ環境などを現場と人事で一緒に振り返る会議を設ける。
  • 成果可視化を支えるデータ・仕組みの整理
    • 採用時評価データ・育成後のパフォーマンス評価データがどこに・どのように保存されているかを確認し、接続できるようデータ構造(評価項目の項目名一致など)を整理する準備をする。

「責任を回避する」ことではなく、「責任の所在を、データで明らかにする」こと

採用担当者は、現場からの不当な非難に、ただ耐え忍ぶサンドバッグではありません。

あなたは、「採用」から「活躍」まで、人材という最も重要な経営資源のライフサイクル全体を、データに基づいて最適化する、タレントマネジメントの専門家なのです。

「手柄は現場、ミスは人事」という不条理な言葉は、あなたの仕事が、まだデータという鎧をまとっていないことの証です。

採用時の見立てと、入社後の結果を、粘り強く、そして客観的に接続し続けること。

その地道な努力が、やがて「採用ミスだ」という不毛な非難を、「次の採用を成功させるために、我々現場は何をすべきか?」という、未来志向で、建設的な問いへと変えていくのです。