打ち手辞典

『ありきたりな言葉』の呪いを解く“固有名詞”ストーリーテリング術

「“安定”、“成長”、“挑戦”…、どの会社のパンフレットにも書いてある、ありきたりなキーワード。これでは、学生の記憶に残るはずがない。この言葉の無力さに、愕然とします。」

まるで、どのレストランに入ってもメニューに「美味しい」「新鮮」としか書かれていないかのよう。その言葉が嘘だとは思わないけれど、心は全く動かない。自社の持つ、かけがえのない魅力が、陳腐な言葉の海に沈んでいく。

この問題の本質は、あなたの会社に「安定」や「成長」がないのではなく、その言葉の解像度があまりにも低く、学生の頭の中に具体的なイメージを一切描き出せていないという、コミュニケーションの失敗にあります。

この辞典は、その“無味無臭”なキーワードの呪いを解き、採用担当者を「言葉を並べる広報担当」から、学生の記憶に焼き付く物語を語る「ブランド・ストーリーテラー」へと進化させるための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの“魅力”は“無味無臭”になってしまうのか?を診断しよう

自社の魅力が、ありきたりで、記憶に残らないものになってしまう。その背景には、いくつかの思考の“癖”があります。

  • □ キーワード思考停止型:
    「成長」というキーワードを使うこと自体が目的化し、自社における「成長」とは、具体的に何を指すのか、という最も重要な問いを、誰も深掘りしていない。
  • □ 具体性・欠如型:
    「挑戦できる社風です」という”主張”はあるが、それを裏付ける具体的な”事実”(エピソードやデータ)が、全く提示されていない。
  • □ 他社模倣・横並び型:
    競合他社の採用サイトを見て、「うちも、やっぱり”挑戦”って言っておかないと」と、他社の物差しで、自社の魅力を語ってしまっている。
  • □ ストーリー不在・概念型:
    語られているのが、企業の「概念」や「制度」の説明ばかりで、その中で、一人の「人間」が、どのように悩み、奮闘し、成長したかという、血の通った物語がない。
  • □ 「自分ごと」化・失敗型:
    その「挑戦」や「成長」が、候補者である学生にとって、どのような「自分自身の物語」に繋がりうるのか、という視点が欠けている。

これらは全て、自分たちが伝えたい「概念」と、学生が聞きたい「物語」との間の、致命的なギャップが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「形容詞」を捨て、「物語」を語る

今後、採用活動で使う、ありきたりなキーワードを、**自社だけの「固有名詞」**に、全て翻訳し直します。

【ありきたりキーワード 翻訳ディクショナリー】

  • 安定 → 「創業以来50年、無借金経営を続ける〇〇家の家訓」「リーマンショックの時も、一人のリストラも出さなかった、伝説の役員会」
  • 成長 → 「入社3年目の〇〇さんが、1年目の私を指導してくれた『クロスメンター制度』」「全社員が、自分の学びたい講座を、年間10万円まで自由に受講できる『学び放題プラン』」
  • 挑戦 → 「若手5人だけで、会社の存亡を賭けて挑んだ、新規事業『プロジェクト・フェニックス』」「入社1年目の〇〇さんが提案し、社長を動かした、あの“伝説のプレゼン”」

あなたの仕事は、社内に眠る、これらの無数の「固有名詞」と、それにまつわる物語を発掘し、編集する、社内ジャーナリストになることです。


ステップ2:“無味無臭”を“忘れられない物語”に変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「どこにでもある言葉」を「うちだけの物語」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「キーワード翻訳」ワークショップの実施

難易度 コスト 期間 1ヶ月~
目的
社内に眠る具体的エピソードを組織的に発掘する
具体策
・若手社員を集め「成長」という言葉から連想する人・制度・プロジェクトを議論。
・収集したエピソードを「物語のネタ帳」として整理。
主要KPI
・発掘されたエピソード数と質
・広報コンテンツの具体性・ストーリー性向上
・社員の魅力再認識とエンゲージメント向上

2. 「動詞」を主語にした、仕事紹介

難易度 コスト 期間 次回の募集から
目的
“行動”で仕事を描写しリアルさと躍動感を伝える
具体策
・仕事内容を「形容詞」ではなく「動詞」の連続で記述。
・学生が自分の行動を想像できる表現にする。
主要KPI
・応募者の職務理解度向上
・ミスマッチ低減
・候補者のワクワク感醸成

3. 「数字」という、最強の具体性(ファクト)を添える

難易度 コスト 期間 次回の広報活動から
目的
抽象的主張を客観的な証拠で補強する
具体策
・全てのキーワードに数字を添える。
・例:「成長」→「入社3年目でリーダー経験率85%」
・例:「挑戦」→「新規事業提案件数120件、3件事業化」など。
主要KPI
・メッセージの説得力・信頼性向上
・競合との差別化
・企業の誠実さPR

4. 「失敗談」という、最高の“人間味”を語る

難易度 コスト 低~中 期間 3~6ヶ月
目的
不完全な挑戦の物語でリアルな共感を呼ぶ
具体策
・失敗プロジェクトをあえてコンテンツ化。
・失敗からの学び→文化変化→成功への繋がりを語る。
主要KPI
・ブランドイメージ差別化(誠実さ・人間味)
・候補者の企業文化への共感
・心理的安全性の証明

成功のための深掘り解説

打ち手1:「キーワード翻訳」ワークショップの実施

採用担当者が一人で、会社の魅力を言語化しようとする必要はありません。最高の物語は、現場の、特に若手社員の、生々しい記憶の中に眠っています。彼らを集め、その記憶を「発掘」する場を設けること。このワークショップは、採用コンテンツのネタ集めになるだけでなく、社員自身が自社の魅力を再発見する、最高のエンゲージメント向上施策にもなります。

打ち手2:「動詞」を主語にした、仕事紹介

「成長できる環境」という言葉は、学生を「受け身」にします。しかし、「データを分析し、企画し、提案する」という言葉は、学生を「能動的な主人公」にします。仕事内容を「動詞」で描写することで、学生は、入社後の自分を、よりリアルな“主人公”として、その物語に感情移入し始めるのです。

打ち手3:「数字」という、最強の具体性(ファクト)を添える

「私たちは、挑戦を推奨する文化です」という言葉は、主観的な“主張”です。しかし、「新規事業の提案件数は、年間120件です」という言葉は、誰もが反論できない、客観的な“事実”です。あなたの会社の魅力を、主張から事実へと昇華させること。そのために、「数字」は、あなたの最強の武器となります。

打ち手4:「失敗談」という、最高の“人間味”を語る

成功談は、自慢話に聞こえるリスクがあります。しかし、誠実な失敗談は、聞き手の心を打ち、深い共感と信頼を生みます。「私たちは、こんなに大きな失敗をしても、許される会社なんだ」「失敗から学び、次へと進む、強い組織なんだ」というメッセージは、完璧な成功談の100倍、学生の心に響きます。これこそが、他の誰も真似できない、あなたの会社だけの、最高の物語です。

明日からできることリスト

  • ・「ありきたりな言葉」を自社でピックアップする
    • まず自社が採用資料で使っているキーワード(例:「成長」「挑戦」「安定」など)をリスト化し、そのうちの1つを固有名詞に置き換える例を考える。
  • ・キーワード翻訳ワークショップを小規模で試す
    • 若手社員を集め、1時間程度で「成長」→「どんなプロジェクトや制度が具体的にそう感じさせるのか」を話し合うミニワークショップの案を作成し、実施のスケジュール調整。
  • ・求人ページの仕事内容文を「動詞」主体に書き換える案
    • 現在の文章(例:「成長できる環境」)を、「データを分析し、企画し、改善策を実行する」など、行動中心の文に変える案を1投稿分用意する。
  • ・数字を使った具体的メッセージの案を設計
    • 例:「提案件数120件」「入社3年でマネージャーになる社員が60%」など、使えそうな数字を社内資料や社員からヒアリングし、原稿案に取り入れる。
  • ・失敗談収集のインタビューを一件企画する
    • 若手または中堅社員に「プロジェクトで失敗したけど学んだこと」エピソードを聞き取り、原稿か動画素材として用意する案を作成。

「美しい形容詞」を並べることではなく、「忘れられない固有名詞」を、一つでも多く残すこと

採用担当者は、会社の魅力を、ありきたりの言葉でコーティングする、広報担当者ではありません。

あなたは、社内に眠る、無数の人間くさい物語を発掘し、編集し、未来の仲間の心に火を灯す、ブランド・ストーリーテラーなのです。

「安定」「成長」「挑戦」。

これらの言葉を、今日、あなたの会社の辞書から、一旦消し去りましょう。

そして、代わりに、学生の心に、「〇〇さん」「プロジェクト・フェニックス」「学び放題プラン」といった、具体的で、血の通った、あなただけの「固有名詞」を、一つ、また一つと、刻み込んでいくこと。

その地道な営みこそが、あなたの会社を、その他大勢から、誰かにとっての忘れられない一社へと、変えていくのです。