『理系学生に届かない』壁を突破する“生態系”ハック術
「理系学生にアプローチしたいが、彼らがどこで情報を得ているのか、何を基準に会社を選んでいるのか、全く掴めない…」
文系学生向けのナビサイトや合同説明会という“いつもの戦場”に、彼らの姿はまばら。まるで、生息地も、言語も、行動様式も違う、未知の生物を追い求めているかのよう。その、手応えのなさと、どこから手をつければ良いか分からない途方感。
この問題の本質は、理系学生が就職活動に不真面目なのではなく、彼らの情報収集の「生態系」が、文系学生のそれとは、全く異なっているという、極めてシンプルな事実にあります。
その未知なる「理系生態系」の地図を解き明かし、採用担当者を「就活の専門家」から、彼らの世界に敬意をもって足を踏み入れる「文化人類学者」へと進化させるための、新しいアプローチをご提案します。
ステップ0:なぜ、あなたの声は“理系学生”の耳に届かないのか?を診断しよう
多くの企業が、文系学生向けの採用手法を、そのまま理系学生に適用し、空振りに終わっています。
- □ 文系向けチャネル・依存型:
リクナビ・マイナビといった、文系学生がマジョリティを占めるマス向けの求人サイトに、多額の予算を投下してしまっている。 - □ 「技術」への解像度・不足型:
採用担当者自身が、自社の技術の面白さや、エンジニアの仕事のリアルを、解像度高く、魅力的に語れていない。 - □ 「感情」アプローチ・偏重型:
「風通しの良い社風」「成長できる環境」といった、文系学生に響きやすい”情緒的”な魅力ばかりを訴求し、理系学生が重視する”論理的”な魅力(技術的挑戦、専門性の深化など)を伝えられていない。 - □ 研究室・教授との断絶型:
理系学生のキャリアに、最も強い影響力を持つ、研究室の指導教官とのリレーションシップが、全く構築できていない。 - □ 「時間」への配慮・欠如型:
研究や実験で多忙を極める理系学生の生活リズムを無視し、平日の昼間などに、画一的な説明会を設定している。
これらは全て、彼らの“文化”と“言語”を理解せず、自分たちのやり方を押し付けていることが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「就活生」の仮面を剥がし、「技術者」の素顔を見る
「学生」という、大きな主語で捉えるのをやめましょう。私たちが対峙するのは、「〇〇を研究し、△△という技術を愛し、□□という課題を解決することに、知的好奇心を燃やす、一人の人間」です。
【理系学生の“生態系”を理解する】
彼らが信頼し、時間を費やす場所は、主に以下の4つです。
- 研究室・ゼミ: 指導教官や、研究室の先輩・同級生。
- 技術コミュニティ(オンライン): GitHub, Qiita, Zenn, X(旧Twitter)の技術アカウント。
- 技術コミュニティ(オフライン): 学会、技術勉強会(ミートアップ)。
- 信頼できる個人の発信: 著名なエンジニアのブログ、憧れのOB/OG。
私たちの仕事は、これらの“聖域”に、土足で踏み込むのではなく、敬意をもって参加し、貢献し、仲間として認めてもらうことです。
ステップ2:“未知の生態系”に溶け込み、“仲間”になるための具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「圏外」から「注目の的」へと変わる4つの打ち手をご紹介します。
1. 「技術広報」と採用広報の完全なる融合
・テーマは「新卒採用」ではなく「課題を技術で解決した話」
・採用担当者はSNS等で拡散に専念
・記事ストック数とエンジニアコミュニティでの評価
・技術ブランディング向上
2. 「研究室の教授」を、最強の”ヘッドハンター”にする
・共同研究や機材提供、卒業生の活躍報告などでGIVEを徹底
・その後に学生推薦を依頼
・教授推薦による採用決定数
・産学連携と事業貢献
3. 「逆求人・スカウト型」サービスへの集中投資
・GitHubや研究概要を読み解くスキルを習得
・研究成果を事業に結びつける、リスペクトあるスカウトを送信
・採用決定者の質
・採用単価(CPA)の最適化
4. 「技術ミートアップ」や「学会」へのスポンサーシップ
・採用ブースではなく、社員が参加者として貢献
・学会にスポンサー参加し、休憩スペース提供などでGIVE
・エンジニアコミュニティ内での評判向上
・現場エンジニアの採用活動参画意識
成功のための深掘り解説
打ち手1:「技術広報」と採用広報の完全なる融合
理系学生が読みたいのは、「採用情報」ではありません。「面白い技術情報」です。そして、その情報の発信者として最も信頼できるのは、採用担当者ではなく、現場のエンジニアです。採用担当者の仕事は、自らが語ることではなく、社内にいる最高の語り部(エンジニア)たちが、気持ちよく語れる“舞台”と“時間”を用意する、プロデューサーになることです。
打ち手2:「研究室の教授」を、最強の“ヘッドハンター”にする
研究室の教授は、学生の能力と人柄を、誰よりも深く理解しています。その彼らから「あの会社は、信頼できる。君の研究も活かせるはずだ」という“お墨付き”をもらうこと。それは、どんな採用広告よりも、強力な推薦状となります。そのためには、まず、企業が、その研究室にとって価値ある「パートナー」になることが、不可欠の礼儀です。
打ち手3:「逆求人・スカウト型」サービスへの集中投資
これは、不特定多数に網をかける「漁業」から、狙った獲物を一本釣りする「狩猟」へと、採用手法を転換する、という意思決定です。そのためには、採用担当者自身が、獲物(理系学生)の言語(技術)を学び、彼らへの敬意(リスペクト)を示す必要があります。「あなたのGitHub見ました」という一言は、「あなたのこと、ちゃんと調べてきましたよ」という、最高の誠意の表明です。
打ち手4:「技術ミートアップ」や「学会」へのスポンサーシップ
採用の“匂い”を消すこと。これが、彼らのコミュニティに参加する際の、鉄則です。採用担当者は黒子に徹し、主役は、あくまで自社のエンジニアです。彼らが、一人の技術者として、コミュニティに貢献し、仲間から尊敬される。その結果として、自然と「〇〇さんがいる、あの会社、面白そうだな」という評判が生まれる。この“結果としての採用ブランディング”こそが、最も健全で、強力なアプローチです。
明日からできることリスト
- ・自社の診断タイプを現場でチェックする
- ステップ0のチェックリストを使って、チームで「どのタイプが強いか」を話し合い、メンバー間で課題認識を共有する。
- ・技術ブログまたはエンジニア記事を書ける人を1人選定し、テーマを決めて初稿を依頼する
- 技術がテーマで、「なにを研究しているか」「どんな課題を解くか」「どう技術を使っているか」を書ける現場のエンジニアを巻き込んでみる。
- ・研究室・教授との接点を設けるためのアプローチ案を作る
- 教授訪問・共同研究の提案・研究成果発表報告など、「教授が学生の意見を言う機会」に企業として関わる案を1つ設計する。
- ・逆求人・スカウト型のサービスを試してみる
- ナビサイト予算を少し削って、スカウトサービスを一つ選んで始める。学生プロフィールを読む目を養う準備をして、自分たちから“攻める”選考を試してみる。
- ・技術ミートアップ/勉強会を一つスポンサーとして関わるか参加する
- 地元またはオンラインの理系コミュニティで、ピザスポンサー等の形で貢献してみる。社員をその場に送り、参加者として価値を提供して広がる接点をつくる。
「就活生に人気の会社」ではなく、「技術者にリスペクトされる会社」
採用担当者は、未知の部族に、自社の文化を伝えに行く、文化人類学者です。
まず、相手の文化を学び、言語を覚え、敬意を払うこと。
そして、物々交換のように、まずはこちらから、価値あるものを差し出すこと。
その地道で、誠実なコミュニケーションの先にこそ、これまで決して開かれることのなかった、理系学生という、知的好奇心にあふれた、素晴らしい世界の扉が、静かに、しかし、確かな手応えをもって、開かれるはずです。