打ち手辞典

『短期施策の限界』を越える“持続可能”な採用ブランディング

「短期的な施策ではなく、中長期でブランドを育てる必要性を感じる。」

それは、毎年、必死で魚を獲りに行く「狩猟」の限界を悟り、時間をかけて、魚が自ら集まる、豊かな「森(=ブランド)」を育てる「農耕」へと、その思想が進化された証です。

しかし、その「森」の育て方が分からない。そして、短期的な成果を求める経営陣や現場に、その長期的な活動の価値をどう説明すればいいのか。

その壮大な「森づくり」を、夢物語で終わらせないための、持続可能な「採用ブランディング」の設計図をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの採用は“自転車操業”から抜け出せないのか?を診断しよう

毎年、同じように母集団形成に苦労し、短期的な施策に追われ続ける。その悪循環の背景には、いくつかの構造的な課題があります。

  • □ 「刈り取り」至上主義型:
    採用活動の全てが、今すぐ転職/就職したい「顕在層」を、広告やエージェントで刈り取ることだけに最適化されている。
  • □ 「種まき」への無理解・軽視型:
    経営層や現場が、すぐに成果(応募者数)に繋がらない、中長期的なブランディング活動(例:コンテンツ発信)を、「費用対効果が不明な、お遊び」だと軽視している。
  • □ 場当たり的・単発イベント型:
    情報発信が、単発の説明会や、散発的なSNS投稿に終始し、一貫したメッセージを持つ、継続的な物語になっていない。
  • □ KGIの短期設定型:
    採用担当者自身の評価指標が、「採用充足率」や「充足スピード」といった、短期的なものに限定されており、中長期的な活動を行うインセンティブがない。
  • □ コンテンツ資産・未構築型:
    会社の魅力や、社員の物語が、その場限りの“消費コンテンツ”になっており、時間が経つほど価値が増す”資産(ストック)コンテンツ”として、蓄積されていない。

これらは全て、採用を「フロー(流れ作業)」としてしか捉えず、「ストック(資産構築)」として捉える視点が欠けていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「狩猟」から「農耕」へ。時間軸を再設定する

「採用ブランドは、一日にして成らず」

この、当たり前で、しかし、最も重要な原則に立ち返ります。そして、私たちの仕事を、会社の「無形の資産」を、時間をかけて築き上げる、極めて重要な投資活動であると再定義します。

「自社の“働く場”としてのブランド価値を管理し、未来の仲間が集うコミュニティを育む」

あなたの仕事は、もはや候補者を“見つける”ことではありません。候補者の方から、あなたの会社を“見つけてもらう”、そのための“引力”を、時間をかけて創り出すことです。


ステップ2:“未来の当たり前”を創る、中長期ブランディングの打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「自転車操業」を「自動航行」へと変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「EVP(従業員価値提案)」を、ブランドの”憲法”として制定する

難易度 コスト 低~中 期間 3~6ヶ月
目的
全ての広報活動の、ブレない”北極星”を定義する
具体策
・ワークショップを通じて、自社独自のEVPを明確化。
・採用サイトや説明会資料など、全ての発信に一貫性を持たせる。
主要KPI
・EVPの言語化と社内浸透度
・採用ブランドメッセージの一貫性
・採用ミスマッチの低減

2. 「オウンドメディア」を、物語を紡ぐ”母艦”として育てる

難易度 コスト 期間 1年~
目的
”消費”ではなく”資産”となる、本質的なコンテンツを蓄積する
具体策
・採用ブログやYouTubeを立ち上げ、継続発信。
・創業者の物語や失敗談など、エバーグリーン・コンテンツを制作。
主要KPI
・オウンドメディア経由の流入数
・累積閲覧数とエンゲージメント
・指名検索による流入比率

3. 「社員」を、ブランドを体現する”大使”として巻き込む

難易度 コスト 低~中 期間 1年~
目的
採用担当者一人の声を、全社員の”数百の声”へ増幅する
具体策
・公式アンバサダー制度を設立。
・社員がSNSやイベントで自社を語る活動をサポート。
・担当者はプロデューサー役に徹する。
主要KPI
・リファラル経由採用比率
・社員発信経由での応募数
・社員の採用活動への当事者意識向上

4. 「コミュニティ」への貢献を通じて、未来のファンを育成する

難易度 コスト 期間 2年~
目的
業界や地域の発展に貢献し、尊敬と信頼を勝ち取る
具体策
・学生向け勉強会やワークショップを開催。
・研究室や地域コミュニティに場所や技術支援を提供。
・「採用してください」ではなく「一緒に盛り上げましょう」という視座で関わる。
主要KPI
・コミュニティ参加者数と熱量
・業界内でのオピニオンリーダー地位
・広告費に依存しない母集団形成

成功のための深掘り解説

打ち手1:「EVP(従業員価値提案)」を、ブランドの“憲法”として制定する

これは、あなたの森の“設計図”です。どんな木を植え、どんな生態系を創りたいのか。この設計図がなければ、あなたの森は、ただの雑木林になってしまいます。EVPという憲法を最初に制定することで、全てのブランディング活動は、その憲法に沿った、一貫性のある、力強いものになります。

打ち手2:「オウンドメディア」を、物語を紡ぐ”母艦”として育てる

求人広告は、その場限りの「チラシ」です。しかし、オウンドメディアに投稿された一本の優れた社員インタビュー記事は、5年後も、10年後も、未来の候補者を惹きつけ続ける、永久資産となります。短期的な効果を追わず、会社の歴史や哲学、人々の物語といった、普遍的な価値を持つコンテンツを、地道に蓄積し続ける。その覚悟が、数年後の採用活動を、圧倒的に楽にします。

打ち手3:「社員」を、ブランドを体現する”大使”として巻き込む

採用担当者が「私たちの会社は、素晴らしいです」と100回言うよりも、現場の社員が、楽しそうに働く日常を、一度SNSに投稿する方が、遥かに学生の心を動かします。あなたの仕事は、自らがマイクを持って叫ぶことではありません。社内にいる、何十人、何百人もの“語りべ”たちに、マイクを手渡し、彼らが自由に、そして、熱意をもって語れる舞台を創ることです。

打ち手4:「コミュニティ」への貢献を通じて、未来のファンを育成する

これは、採用という“狩猟”の視点から、業界全体の“生態系保護”という、より高い視座へと移行する、究極のブランディングです。「うちに来てほしい」という小さなエゴを捨て、「この業界で、共に成長しよう」という、大きな愛を語る。その貢献的な姿勢は、必ず、多くの若者の尊敬と信頼を集め、結果として、あなたの会社は、そのコミュニティの中で、誰よりも輝く、特別な存在となるのです。

明日からできることリスト

  • ・自社の“刈り取り型 vs 農耕型”診断を実施する
    • ステップ0のチェック項目を印刷または画面共有し、採用担当チームで自社がどのタイプに強く偏っているかを議論する。
  • ・EVP(Employee Value Proposition)策定ワークショップの企画案を立てる
    • 経営者・HR・現場社員を含めて 1 日または半日のワークショップを設け、「自社らしさ」「価値観」「社員が誇れる体験」「未来の仲間に何を約束できるか」などを言語化する案を準備する。
  • ・オウンドメディア構築・改善の現状を棚卸す
    • 既存の採用ブログ・社員インタビュー・YouTube動画などを洗い出し、どれが“ストック性”のある資産コンテンツになっているか、どれが一過性のものかを分類し、改善・補完が必要なコンテンツをリストアップする。
  • ・社員アンバサダー制度の草案を作る
    • 社員発信を公式に支援する制度の枠組み(報酬・サポート体制・発信ガイドラインなど)をひとつ設計し、上司への提案資料にまとめる。
  • ・コミュニティ貢献施策のテーマを3つ案出す
    • 学生向け勉強会・地域講座・研究室コラボなど、自社が関わりやすいコミュニティ貢献テーマを3案リストアップし、どの程度のリソースでやれるか仮計画を描く。
  • ・長期指標(KPI)を追加提案する
    • 現在採用評価指標が短期のものに偏っていたら、「EVP浸透度」「オウンドメディア累積閲覧数」「社員発信応募比率」など、中長期で効果が出る指標を追加する提案を社内に持ちかける。

「短期的な収穫」に一喜一憂することではなく、「未来永劫、豊かな実りをもたらす、肥沃な土壌」を育むこと

採用担当者は、毎シーズンの獲物の数(採用人数)に追われる、孤独な猟師ではありません。

あなたは、100年先も、自社に最高の才能が集まり続ける、豊かな森を育てる、息の長い、誇り高き林業家なのです。

短期的な施策が、すぐに成果を出してもてはやされる中で、一人、未来のために、黙々と土を耕し、種を蒔く。その仕事は、時に地味で、誰にも理解されないかもしれません。

しかし、数年後、あなたの育てた森が、競合他社が逆立ちしても敵わない、圧倒的な競争優位の源泉となっていることに、誰もが気づくはずです。

その日を信じて、今日、最初の小さな一粒の種を、蒔いてみませんか?応