打ち手辞典

『うちっぽくない』という“社内不評”を乗り越える“らしさ”共創ブランディング術

「デザインやコピーを、プロの制作会社に委託した。成果物は、確かにおしゃれで、かっこいい。しかし、社員に見せたら、『なんか、うちっぽくないんだよな…』と、まさかの不評だった。」

まるで、腕利きのシェフ(外部のプロ)に、家のキッチン(自社)で、家庭料理(採用コンテンツ)を作ってもらったかのよう。料理は、見た目も美しく、技術的にも完璧。しかし、一口食べた家族(社員)からは、「美味しいけど、うちの母さんの味じゃない」と言われてしまった。その、客観的なクオリティと、主観的な“らしさ”との、埋めがたいギャップ。

この問題の本質は、外部の制作会社が無能なのでも、社内の社員が保守的なのでもありません。あなたの会社が持つ、言葉にならない「空気感」や「価値観」といった、最も重要な“らしさ”を、採用担当者であるあなたが、外部のプロに“翻訳”しきれていないという、コミュニケーションの課題にあります。

その“翻訳”の壁を乗り越え、採用担当者を「外部への発注担当者」から、社内の“らしさ”を抽出し、外部の才能と融合させる「アートディレクター」へと進化させるための、新しい時代の“共創”ブランディング術をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの“プロの仕事”は、“社内の素人”の心に響かないのか?を診断しよう

プロが作ったはずのコンテンツが、なぜ、「うちっぽくない」という、曖昧な、しかし、本質的な批判を受けてしまうのか。その背景には、いくつかの設計上の欠陥があります。

  • □ 「らしさ」の言語化・不在型:
    そもそも、採用担当者自身も、自社の”らしさ”とは何かを、具体的な言葉で定義できていない。そのため、外部の制作者にも、曖昧な指示しか出せていない。
  • □ 丸投げ・ブラックボックス型:
    制作会社に、「いい感じにお願いします」と、企画の根幹から丸投げしてしまい、制作プロセスに、自社が全く関与できていない。
  • □ 社員の“巻き込み”不足型:
    会社の”らしさ”を、最も体現しているはずの現場社員を、企画や、制作のプロセスに一切巻き込んでいない。完成してから、初めて見せている。
  • □ ベンダー選定・ミスマッチ型:
    制作会社を選ぶ際に、その会社の制作実績の「かっこよさ」だけで判断し、その会社の「カルチャー」や「得意なテイスト」が、自社とフィットするかを、吟味していない。
  • □ 「正解は外にある」幻想型:
    「うちの会社は地味だから、外部の力で、かっこよく見せてもらおう」と、自社の本質から目をそらし、外部のメッキに頼ろうとしてしまっている。

これらは全て、採用ブランディングの”源泉”が、社内にあるという、大原則を見失っていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「制作依頼」から「翻訳依頼」へ。外部パートナーの役割を再定義する

最高のクリエイティブの源泉は、社内にある。外部のプロの仕事は、その源泉を、最高の形で“翻訳”し、世に届けることである」

この思想にアップデートします。

「社内に眠る“らしさ”という名の原石を発掘し、その価値を、社外のプロの言葉で翻訳・表現する」

あなたの仕事は、外部に「作らせる」ことではありません。社内の「本物」と、社外の「プロの技術」を、最高の形で融合させる触媒になることです。


ステップ2:“うちっぽくない”を“これぞ、うちだ!”へと変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「不評」を「絶賛」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「ブランド・ワークショップ」を社内で開催

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 3ヶ月~
目的
言語化されていない「自社らしさ」を発掘・定義する
具体策
・各部署・年代の社員を集めてワークショップを開催。
・「もし会社が人ならどんな性格?」「独特の合言葉は?」と問いかけて“らしさ”を抽出。
主要KPI
・抽出されたキーワード/エピソードの質と量
・採用ブランドの“核”コンセプト確立
・社員のエンゲージメント向上

2. 「クリエイティブ・ブリーフ」を”物語”で書く

難易度 コスト 期間 制作開始前
目的
仕様書ではなく“空気感”を伝え、制作者の創造性を引き出す
具体策
・依頼書に社員の言葉やエピソードを盛り込み、物語形式にする。
・ムードボード(写真や色のコラージュ)も合わせて提供。
主要KPI
・外部パートナーの逆提案の解像度
・初期段階での方向性ズレ防止
・パートナーとの信頼関係構築

3. 「社員レビュー」を制作プロセスに組み込む

難易度 コスト 期間 制作期間中
目的
完成品ではなく“制作過程”で共創を実現する
具体策
・各フェーズで社員レビュー会を設定。
・「もっと、うちっぽくするには?」と問いかけ、当事者化を促す。
主要KPI
・手戻り工数の削減
・制作物への社員満足度・共感度
・完成後の社内自発的拡散

4. 外部パートナーを”一日社員”として招待

難易度 コスト 低~中(交通費等) 期間 制作期間中
目的
理屈ではなく“体験”でカルチャーを伝える
具体策
・制作担当者をオフィスに招待。
・会議参加、社員食堂ランチ、部活動参加を通じて空気感を体験してもらう。
主要KPI
・制作物のリアルさ/解像度の向上
・外部パートナーの熱量向上
・長期的な良好パートナーシップ

成功のための深掘り解説

打ち手1:「ブランド・ワークショップ」を、社内で開催する

これが、全ての“らしさ”の源泉です。採用担当者が、一人で頭をひねって考えた「自社の魅力」は、独りよがりになりがちです。社員の数だけ、「うちの会社の、本当の魅力」の解釈はあります。その多様で、豊かな“生の声”を集め、紡ぎ合わせること。この民主的で、共創的なプロセスこそが、誰からも「これぞ、うちだ!」と愛される、本物のブランドの土台を築くのです。

打ち手2:「クリエイティブ・ブリーフ」を、“物語”で書く

プロのクリエイターは、「仕様書」を渡されると、仕様通りの「作業」をします。しかし、「物語」を渡されると、その物語を、どうすれば最高に輝かせられるか、という「共犯者」になります。あなたの会社の、人間味あふれるエピソードや、情熱的な想いを、そのままぶつけること。それが、彼らのクリエイティビティに火をつけ、期待を遥かに超えるアウトプットを引き出す、最高の燃料となります。

打ち手3:「社員レビュー」を、制作プロセスに組み込む

完成してから、「イメージと違います」と言うのは、最も不幸なコミュニケーションです。そうではなく、制作の早い段階で、積極的に社員を巻き込み、彼らの“違和感”を、軌道修正のための、貴重なコンパスとして活用するのです。このプロセスを経ることで、社員は、完成した制作物を「人事が、勝手に作ったもの」ではなく、「私たちが、一緒に作ったもの」だと、強い当事者意識と、愛情を持つようになります。

打ち手4:外部パートナーを、“一日社員”として招待する

百聞は一見に如かず、そして、百見は一体験に如かず。どんなに雄弁なブリーフも、社員たちが、ランチを食べながら交わす、何気ない雑談の“空気感”には、敵いません。外部パートナーに、一日、あなたの会社の“文化”という名の、生きた水の中に飛び込んでもらう。この究極のインプットが、彼らの創り出す作品に、誰も真似できない、本物の“魂”を吹き込むのです。

明日からできることリスト

  • ・自社「らしさ診断」を社内で実施する
    • ステップ0 のチェック項目(らしさ未言語化型/丸投げ型/社員巻き込み不足型 etc.)を使って、自社がどのタイプに当てはまるかを採用プロジェクトチームで共有する。
  • ・ブランド・ワークショップを企画する
    • 社内の複数部署・複数世代の社員を巻き込んで、「会社がもし人ならどんな性格か?」「うちの会社ならではの合言葉は何か?」など「らしさ」を引き出す問いを用意し、ワークショップを実施する。
  • ・クリエイティブ・ブリーフの物語形式草案を作る
    • 次回外部制作を依頼する場面を想定して、仕様書ではなく社員のエピソード+文化を盛り込んだストーリー形式のブリーフ案を作成する。ムードボード素材(写真・カラー・社員プロフィールなど)も併せて纏める。
  • ・社員レビューのプロセスを入れる設計をする
    • 制作の途中段階で社員の感想を聞くレビュー会をスケジュールに組み込む。チェックポイントを設定し、「○案出し」「デザイン案」「ラフ案」など段階毎に社員の感性を反映できるようにする。
  • ・外部パートナーを一日社員として招く機会を設ける
    • 制作外注先のデザイナーやコピーライターなどをオフィスに招き、社員ランチやミーティングに参加してもらって社内の空気感を体験してもらう。カルチャー共有を図る。
  • ・「うちっぽいかどうか」の社員アンケートを取る
    • 社員に既存の採用コンテンツを見せて、「このデザイン/コピー、うちっぽいか?」というフィードバックを集める。何が「うちっぽさ」を感じさせないか、共通項を洗い出す。
  • ・制作会社のポートフォリオを「カルチャー適合性」で見るチェックリストを作る
    • デザイン・コピー外注の際に、見た目の良さだけでなく、その制作会社が過去手がけた作品の“カルチャーとの親和性”“現場社員の口コミとの一致度”などを評価する項目を入れたベンダー選定基準を作成する。

「外部の力で、かっこよく見せる」ことではなく、「内部の“らしさ”を、外部の力で、美しく磨き上げる」こと

採用担当者は、外部業者に、丸投げするだけの、発注担当者ではありません。

あなたは、社内に眠る、最高の”物語”を発掘するジャーナリストであり、社内の“想い”と、社外の“技術”を、最高の形で結びつける、アートディレクターなのです。

「うちっぽくない」という社員の声は、あなたへの批判ではありません。

それは、「私たちの物語を、もっと、私たちの言葉で、誇りを持って、語ってほしい」という、社員からの、切実で、愛情にあふれた“リクエスト”なのです。

そのリクエストに、最高の形で応えること。

その先にこそ、社外の学生からも、そして、何より、社内の仲間からも、心から愛される、本物の採用ブランディングが、待っているのです。