打ち手辞典

『使いにくい採用システム』という“負債”を解消する採用UX改善術

「『マイページのどこから、次のステップに進めば良いですか?』。採用システムのUIが分かりにくく、学生から、毎日同じような操作に関する問い合わせが来る。その対応だけで、午前中が終わってしまう…」

まるで、最新鋭のはずのレストランで導入した、自動券売機の操作があまりに複雑で、お客様(学生)が、肝心の注文(応募)にたどり着けない。そして、そのクレーム対応に、厨房のシェフ(採用担当者)が、本来の仕事もできずに追われているかのよう。

この問題の本質は、あなたがITに弱いのでも、学生の読解力がないのでもなく、その採用システムが、「候補者」の視点ではなく、「管理者」の視点で作られてしまっているという、致命的な設計思想の欠陥にあります。

その「使いにくい」という名の、静かな選考離脱を食い止め、採用担当者を「システムのヘルプデスク」から、候補者体験を改善する「プロダクトマネージャー」へと進化させるための、新しい時代の採用UX(ユーザーエクスペエンス)改善術をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの“最新システム”は、“最大のボトルネック”なのか?を診断しよう

良かれと思って導入したシステムが、なぜ、候補者とあなたの双方を苦しめる”負債”となってしまうのか。その背景には、いくつかの典型的なUXデザイン上の失敗があります。

  • □ 開発者目線・専門用語型:
    ボタンの名称や、案内文が、「ファイルアップロード」「セッションタイムアウト」といった、ITの専門家しか分からないような、不親切な言葉で書かれている。
  • □ 情報過多・選択肢地獄型:
    一つの画面に、あまりにも多くの情報や、ボタン、リンクが詰め込まれており、学生が「次に、何をすれば良いか」を一瞬で判断できない。
  • □ 導線・迷路型:
    応募完了までのステップが、複雑に入り組んでおり、まるで迷路のよう。一度、道を間違えると、元の場所に戻れなくなってしまう。
  • □ スマホ未対応・時代錯誤型:
    システムのデザインが、PCでの閲覧しか想定されておらず、学生の大半が利用する、スマートフォンでは、極端に見にくく、操作しにくい。
  • □ 「とりあえず導入」・放置型:
    数年前に、ただ導入しただけで、一度も、その使いやすさを、学生の視点から見直したり、改善したりしたことがない。

これらは全て、システムを「候補者をおもてなしするための、玄関マット」ではなく、「候補者を管理するための、鉄の扉」として設計してしまっていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「使い方を教える」から「迷わせない」へ

UXデザインの世界的名著のタイトルでもある、この言葉を、新しい思想の核とします。

「私に、考えさせるな。」

最高のシステムとは、候補者が、何も考えずに、マニュアルも読まずに、直感的に、そして、気持ちよく、応募完了までたどり着けるシステムです。

あなたの仕事は、システムの仕様に詳しいことではありません。システムの“ユーザー”である候補者の“痛み”に、誰よりも共感し、その痛みを、開発者に伝え、解決へと導く、最高の代弁者になることです。


ステップ2:“不親切なシステム”を“最高の玄関マット”へと変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「ストレス」を「快適な体験」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「問い合わせログ」を“改善の宝の山”として分析

難易度 コスト 期間 1ヶ月~
目的
データに基づき改善すべき点を特定する
具体策
・問い合わせ内容を全件記録・分類しスプレッドシート化
・「パスワード再発行:35%」「ES保存方法:30%」など件数ランキング
・改善優先度を可視化する
主要KPI
・操作系問い合わせ件数の削減
・改善ポイントの優先順位明確化
・問い合わせ対応工数の削減

2. 「先回りガイド」コンテンツ作成と導線設置

難易度 コスト 低~中 期間 即時~1ヶ月
目的
応急処置で自己解決率を高める
具体策
・問い合わせ上位テーマに解説FAQ/動画を用意
・ログイン前メールや画面にリンク設置
・「問い合わせる前にここをチェック」と案内
主要KPI
・FAQページPV
・問い合わせ件数の即時減少
・学生の自己解決率向上

3. ベンダー/開発部門へのデータ根拠に基づく改善要求

難易度 コスト 期間 3~6ヶ月
目的
主観でなく事業インパクトとしてUI改善を要請する
具体策
・ログ分析結果で工数や機会損失を金額換算
・「このUIで毎月〇〇時間の対応発生、人件費△△円」など具体化
・「ボタン文言を変更」で改善できると提示
主要KPI
・UI/UX改修の実現
・応募離脱率の低下
・開発部門との建設的連携構築

4. 「学生モニター」によるUXテスト

難易度 コスト 低~中(謝礼など) 期間 定期的
目的
素人視点のリアルなつまづきを発見する
具体策
・内定者やインターン生をモニターに協力依頼
・実操作を画面共有しリアルタイムでヒアリング
・改善提案のエビデンスとして開発部門へ共有
主要KPI
・新たなUX課題発見数
・改善提案の説得力向上
・学生参加型の共創採用活動の実現

成功のための深掘り解説

打ち手1:「問い合わせログ」を、“改善の宝の山”として分析する

日々、あなたを悩ませている、学生からの「問い合わせ」。それは、単なる“面倒な作業”ではありません。それは、あなたの会社の採用システムが抱える、全ての欠陥を、学生が親切に教えてくれている、“宝の山”なのです。この“生の声”というデータを、ただ処理するのではなく、分析し、構造化し、改善のための武器に変えること。それが、プロの仕事です。

打ち手2:「先回りガイド」コンテンツの作成と、導線への設置

システムの根本改修には、時間がかかります。しかし、学生のストレスは、待ってくれません。ならば、最高の“道案内”を用意しましょう。学生が迷いそうな全ての曲がり角に、「こちらの道が、正解です」という、親切な看板を立ててあげる。この“おもてなし”の精神が、今すぐできる、最も効果的な打ち手です。

打ち手3:システムベンダー/開発部門への、「データに基づいた」改善要求

エンジニアは、「感覚」では動きません。「データ」で動きます。「このシステム、なんとなく使いにくいんです」という、あなたの“感想”ではなく、「このボタンが原因で、30%のユーザーが離脱しています」という、彼らが無視できない“事実”を、提示すること。これにより、あなたの依頼は、単なる“わがまま”から、解決すべき、優先度の高い“事業課題”へと、その意味合いが変わるのです。

打ち手4:「学生モニター」による、UXテストの実施

システムの作り手や、毎日使っている採用担当者は、もはや、その“使いにくさ”に麻痺してしまっています。初めて、そのシステムに触れる、学生の“新鮮な目”こそが、あなたが見過ごしている、致命的な欠陥を、いとも簡単に見つけ出してくれます。「ユーザーに聞け」。これは、全てのプロダクト開発における、黄金律です。

明日からできることリスト

  • ・自社採用システムの課題を簡易診断する
    • ステップ0のチェック項目(専門用語型/情報過多/迷路型/スマホ未対応/放置型)をもとに、自社のシステムを振り返る。
  • ・問い合わせログのカテゴリ分類を始める
    • 過去1~2週間分の問い合わせ内容をざっとリスト化し、「ファイルアップロードが分からない」「スマホ画面に見切れる」などテーマ別に整理してみる。
  • ・FAQページや先回りガイドの整備を進める
    • 上記問い合わせカテゴリで上位2~3つを抽出し、その内容に対応するFAQや簡易ガイドを作成し、マイページ等にリンク設置する案を立てる。
  • ・学生モニターを募ってUXテストを実施する準備をする
    • 内定者やインターン生にUXテストモニターになってもらい、操作に困る点のヒアリングを行う計画案をまとめる。
  • ・データに基づいた改善提案の草案を作る
    • 現在の問い合わせ件数や所要時間を集め、「○○件/月 = ○時間/月 対応に要する」と試算し、UI改善を要望する資料の素案を作ってみる。
  • ・スマホ表示のチェックをする
    • 実際にスマホで採用システムにアクセスし、見づらい箇所や動作できない箇所を記録して、改善案件としてまとめる。

「使い方に詳しい担当者」ではなく、「誰もが迷わない、最高の“玄関”をデザインする」担当者

採用担当者は、使いにくいシステムの、しわ寄せを受ける、ITサポートではありません。

あなたは、会社の“顔”である、採用プロセスという名のプロダクトを、誰よりも候補者視点で、最高の体験へと磨き上げる、プロダクトマネージャーなのです。

学生からの問い合わせは、あなたへのクレームではありません。

それは、「あなたの会社の、最初の扉を、もっと素敵なものにしてください」という、未来の仲間からの、切実なリクエストなのです。

そのリクエストに、プロとして、最高の形で応えること。

その先にこそ、あなたが問い合わせ対応に追われることなく、本来注力すべき、候補者一人ひとりと向き合う、創造的な時間が待っているのです。