打ち手辞典

『面白いことやれ』という”無茶振り”を乗り越える

「『とにかく面白いことやれ』という上司の号令で、メタバース説明会を企画した。でも、参加者は数名。新しい手法に飛びつくだけではダメだと痛感したが、失敗を責める上司にはその声は届かない。」

新しい挑戦を促した張本人である上司から失敗を責められ、誰も守ってくれない。

しかし、その痛みを伴う失敗は、「手段の目的化」という、多くの企業が陥る罠を身をもって学んだ、何物にも代えがたい貴重な経験です。

その失敗を「ただの失敗」で終わらせず、次に繋がる「価値あるデータ」へと昇華させ、上司をも納得させるための、逆転の打ち手をご提案します。


ステップ0:まず、なぜその企画はスベったのか?を冷静に分析しよう

感情的に「失敗した」と捉えるのではなく、失敗の要因を客観的に分解することが、次への第一歩です。

  • □ 手段の目的化型:
    「メタバースで何かやること」がゴールになってしまい、「メタバースでなければならない理由」が学生にも社内にも伝わっていなかった。
  • □ ターゲット不在型:
    「新しいもの好きの学生なら来るだろう」と漠然と考え、どんな価値観や興味を持つ学生に届けたいのか、ペルソナが設定されていなかった。
  • □ 体験価値・未定義型:
    「なぜZoomではなく、わざわざアバターで参加する方が学生にとって嬉しいのか?」という問いへの答えが、企画側で明確になっていなかった。
  • □ 参加ハードル軽視型:
    専用アプリのダウンロード、アカウントやアバターの作成、独特な操作方法など、学生が参加するまでの心理的・物理的な手間を甘く見ていた。
  • □ 集客なき開催型:
    「メタバース」という目新しさだけで学生が集まるだろうと期待し、ターゲット学生への地道な告知や集客活動を十分に行っていなかった。

これらの分析が、上司への報告と次の企画立案における強力な武器となります。


ステップ1:思想をアップデートする。「面白い手段」から「価値ある体験(CX)」へ

今後、上司から「AI面接やれ」「次はTikTokだ」といった”無茶振り”が来ても、もう迷わないための思考のフレームワークを導入しましょう。それが「CXデザイン思考」です。どんな企画も、まず以下の3つの問いから始めます。

  1. WHO:私たちのターゲット学生は、本当にそれを望んでいるか?
    • 彼らの普段の生活に、そのツール(メタバース、TikTok等)は本当に根付いているか?どんな使い方をしているか?
  2. WHAT:その手段でなければ提供できない「独自の価値」は何か?
    • Zoomや対面を超える、どんなユニークな体験を提供できるのか?(例:メタバースなら、地方学生もアバターでオフィスを歩き回り、偶発的な出会いが生まれる)
  3. HOW:どうすれば「 frictionless(摩擦なく)」な体験を提供できるか?
    • 学生がストレスなく参加できるか?事前の準備は?当日の操作は直感的か?

このフレームワークが、思いつきのアイデアを「戦略的な企画」に変え、上司への説明責任を果たすための羅針盤となります。


ステップ2:失敗を成功の母に変える具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。今の苦しい状況を乗り越え、未来の成功を築く4つの打ち手をご紹介します。

1. 「失敗」を「価値あるデータ」に変換する報告術

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 即時
目的
上司への説明責任を果たし、次年度の予算と信頼を確保する
具体策
・「失敗しました」ではなく「先行投資として〇〇を目的とした実証実験を行いました」と定義し直す。
・参加者数だけでなく、告知からのHPアクセス数、アンケート結果(「参加のハードルが高かった」等の声)をデータとして提示。
・「このデータに基づき、次回は〇〇を改善します」と、建設的な次の一手をセットで提案する。
主要KPI
・上司の納得度
・次企画への予算承認
・レポートの受理・評価

2. 「CX起点」の企画立案プロセス導入

難易度 コスト 期間 次回の企画から
目的
「思いつき」での企画実行を防ぎ、施策の成功確率を高める
具体策
・新しい施策を始める前に、必ず「WHO/WHAT/HOW」を明記した企画書を作成するルールをチームに導入する。
・本格実施の前に、少人数の学生にヒアリングしたり、プレイベントでテストしたりする「仮説検証」のステップを必ず挟む。
主要KPI
・企画のROI(費用対効果)
・施策ごとの明確な目的・KPI設定率
・仮説検証の実施回数

3. 既存ツールを組み合わせる「ハイブリッド型」イベント

難易度 コスト 低~中 期間 次回の企画から
目的
低リスクで「新しさ」と「参加しやすさ」を両立させる
具体策
・Zoomでの会社説明会はそのままに、終了後の「懇親会」だけを、アバターで自由に動ける空間チャットツール(oVice, Gather等)で行う。
・オンライン工場見学で、GoogleストリートビューやMatterportのような、学生が直感的に操作できるツールを活用する。
主要KPI
・イベント参加者満足度
・イベント参加者の途中離脱率の低下
・懇親会での発言量や滞在時間

4. 学生を巻き込む「共創型」企画

難易度 コスト 低~中(謝礼など) 期間 次回の企画から
目的
学生のリアルなニーズを捉え、企画段階からファンを作る
具体策
・内定者や過去のインターン参加者に「企画アドバイザー」になってもらい、企画の壁打ちや集客を手伝ってもらう。
・「次世代の採用イベントを一緒に考えよう!」というテーマで、企画自体をワークショップ型のイベントにする。
主要KPI
・企画への学生からのフィードバック数
・アドバイザー経由のイベント参加者数
・企画イベントの参加者満足度

💡 成功のための深掘り解説

打ち手1:「失敗」を「価値あるデータ」に変換する報告術

これが、今の苦境を乗り越えるための最重要スキルです。上司が責めているのは「失敗」という事実ではなく、「管理できていない不確実な状況」です。そこで、感情的な謝罪ではなく、客観的なデータと冷静な分析、そして未来に向けた建設的な提案を提示しましょう。「今回の投資で、『現時点では、ターゲット学生にとってメタバースの参加ハードルは提供価値を上回る』という貴重なデータが取れました。この学びを活かし、次は〇〇に注力します」と語ることで、あなたは失敗をコントロールし、次に繋げる能力があると示すことができます。

打ち手2:「CX起点」の企画立案プロセス導入

これは、あなた自身とチームを、将来の”無茶振り”から守るための「盾」となります。上司が「次はAI面接だ!」と言ってきたら、「承知しました。ではまず、そのAI面接が『誰にとって』『どんな価値があり』『どうすればスムーズに体験してもらえるか』をまとめた企画書を作成しますね」と返すのです。このプロセスを経ることで、思いつきのアイデアは論理的な企画へと磨かれるか、あるいは実行不可能なものとして自然に淘汰されます。

打ち手3:既存ツールを組み合わせる「ハイブリッド型」イベント

「面白いこと」は、必ずしも全く新しいツールを導入することではありません。誰もが知っているツールの「意外な組み合わせ」から生まれることも多いのです。Zoomという安定した土台の上で、少しだけ新しい体験(空間チャット、オンラインホワイトボード)を組み合わせることで、企業は挑戦的な姿勢を見せつつ、学生は安心して参加できます。これは、イノベーションと安定性のバランスを取る、非常に賢い方法です。

打ち手4:学生を巻き込む「共創型」企画

「学生にウケる企画が分からない」のであれば、学生本人に聞いてしまうのが最も確実で、かつ誠実な方法です。企画段階から学生を巻き込むことで、彼らのリアルな視点が得られるだけでなく、彼ら自身が企画の「当事者」となり、友人・知人を誘ってくれる強力なプロモーターにもなってくれます。これは、企画の精度と集客力を同時に高める、一石二鳥の打ち手です。

明日からできることリスト

  • ・「失敗から学んだこと」を簡潔にまとめ、上司へのメールで共有してみる
  • ・次回企画書にWHO/WHAT/HOWの骨子を必ず入れる宣言をマネジャーに伝えてみる
  • ・Zoom+オンライン懇親会のようなハイブリッド型を1回仮説検証してみる
  • ・内定者や過去参加者に「次の企画でこうしたい」をテーマに意見をもらってみる

「バズる奇策」ではなく、「再現性のある成功」

採用担当者の仕事は、上司の号令に応えて一発モノの「面白いこと」を仕掛けるイベント屋ではありません。

ターゲット学生のインサイトを深く理解し、仮説を立て、施策を実行し、データを元に検証・改善を繰り返す「採用マーケター」です。

今回のメタバースの失敗は、あなたがその「採用マーケター」へと進化するために支払った、極めて価値の高い授業料です。

その学びを武器に、上司を「無茶振りを言う人」から「データに基づいた提案に耳を傾ける人」へと変えていく。それこそが、今回の経験から得られる最大の成功と言えるでしょう。応援しております!