打ち手辞典

『広報ブロック』を突破する“共感型”社員紹介

「採用パンフレットの社員紹介ページ、毎年同じような『やりがい』『成長』ばかり。もっとリアルな失敗談や苦労話も載せたいのに、『会社のイメージが悪くなる』と広報部からNGが出る。」

学生が求める「リアル」と、広報部が守りたい「ブランドイメージ」との板挟み。その状況は、「失敗談=ブランド毀損」という、広報部の持つ古い価値観と、「失敗を乗り越えた物語こそが、共感を呼ぶ」という現代の学生の価値観との間に生じた、深刻な断絶が原因です。

この問題の本質は、採用担当者と広報部の「どちらが正しいか」ではありません。両者が「学生の信頼を勝ち取る」という共通のゴールを持ちながら、そのための「ストーリーテリング」の手法について、認識が異なっている点にあります。

単に広報部を説得するだけでなく、失敗談を「会社の魅力を最大化する戦略的コンテンツ」へと昇華させることで、社内を巻き込み、採用競争力を劇的に高めるための新しい常識を提示することです。


ステップ0:まず、なぜあなたの社員紹介は”スルー”されるのか?を診断しよう

学生の心に響かない、ありきたりな社員紹介には、いくつかの共通した「病状」があります。

  • □ 金太郎飴(きんたろうあめ)型:
    どの社員を紹介しても、「困難な挑戦→仲間と協力→成長を実感→感謝」という同じ構成で、個性が感じられない。
  • □ ヒーローインタビュー型:
    華々しい成功体験ばかりが語られ、その裏にあるはずの地道な努力や葛藤、失敗が見えず、人間味に欠け、自分ごととして捉えられない。
  • □ ポエム朗読型:
    「情熱」「挑戦」「未来を創る」といった抽象的な言葉が多用され、具体的なエピソードが乏しいため、何も心に残らない。
  • □ 広報の検閲済み感・満載型:
    あまりに言葉が綺麗に整えられすぎており、「これは本音じゃないな」と、学生にすぐに見透かされてしまう。
  • □ 「だから何?」型:
    ストーリーは語られているが、その経験を通じて「この会社では、どんな人が、どのように成長できるのか」という、学生にとっての学びや気づきが提示できていない。

これらは全て、社員を「会社の広告塔」として描き、一人の「人間」として描けていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「完璧なヒーロー」から「共感できる先輩」へ

広報部を説得するための最強のロジックは、「ストーリーテリングの基本構造」を提示することです。面白い物語には、必ず「葛藤」や「困難」が存在します。

ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)理論:

日常 → 困難(失敗)→ 仲間との出会い → 試練の克服 → 成長して帰還

この「困難(失敗)」の部分を省略してしまうと、物語はただの自慢話になり、誰も共感しません。私たちが伝えるべきは「失敗した事実」そのものではなく、「社員が失敗した時に、会社や仲間がどう支えたか。そして、その経験から何を学び、どう成長したか」という、会社の度量とカルチャーを示す物語なのです。

【広報部への説得トーク例】

「今のままでは、学生は私たちのパンフレットを信じず、結局OpenWorkなどの口コミサイトでリアルな情報を探します。そこで、私たちがコントロールできないネガティブ情報に触れるリスクがあります。そうではなく、私たちの公式なパンフレットで、あえて『管理された失敗談』を開示しませんか?『失敗しても、ここまで会社がサポートしてくれる』という物語は、口コミサイトの匿名の書き込みよりも、遥かに強力な安心感と信頼を学生に与えるはずです。これはリスクヘッジであり、攻めのブランディングです。」


ステップ2:広報部を巻き込み、物語を共創する具体的な打ち手

思想の共有ができたら、いよいよ具体的な戦術です。「NG」を「それ、面白いね!」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「V字回復」ストーリーテリングの導入

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 次回の制作から
目的
失敗談を、会社のサポート体制や成長環境を伝えるポジティブな物語に転換する
具体策
・社員インタビューの構成を「①挑戦したこと → ②直面した壁・失敗 → ③周囲の助けや会社の制度 → ④学びと成長 → ⑤今の自分」というフレームワークに統一する。
・失敗の描写よりも、「どう乗り越えたか」「誰が助けてくれたか」に焦点を当てる。
主要KPI
・採用パンフレットの熟読率/時間
・面接での「社員紹介記事を読んで」という言及率
・内定承諾理由における「人・社風への共感」の割合

2. 広報部を「共犯者」にする企画プロセス

難易度 コスト 期間 次回の制作から
目的
「審査する側」から「共に創る側」へと広報部の立ち位置を変える
具体策
・企画の初期段階から広報部を巻き込み、「どんな失敗談なら、ブランドイメージを損なわずに魅力的に伝わるか」を一緒に議論する。
・社員へのインタビューに広報担当者にも同席してもらい、リアルな声を聞いてもらう。
・原稿作成後、「広報の視点で、より魅力的にするための修正案をください」と、専門家として頼る。
主要KPI
・広報部からの企画承認率・修正提案の質
・企画から承認までのリードタイム短縮
・採用と広報の連携強化

3. 「定量的データ」と「定性的ストーリー」の併用

難易度 コスト 期間 次回の制作から
目的
物語の信頼性を、客観的な事実で補強する
具体策
・「大きな失敗をしたが、上司が庇ってくれた」というストーリーに、「当社では失敗を推奨する『チャレンジ評価制度』があり、昨年度の適用率は〇%です」というデータを併記する。
・「育児との両立が大変だった」という話に、「育休復職率100%、男性の育休取得日数平均〇日」というデータを添える。
主要KPI
・採用サイトへの流入数と滞在時間
・会社説明会での質問の質の変化
・内定承諾率

4. 「紙」から「Web/動画」へのコンテンツ展開

難易度 コスト 低~中(動画制作費等) 期間 3~6ヶ月
目的
テキストでは伝わりにくい”人柄”や”本音”を、多メディアで補完する
具体策
・パンフレットには、社員紹介の導入部分とQRコードのみを掲載。
・QRコードのリンク先に、台本なしのインタビュー動画や、社員が本音を綴る長文ブログ(note等)を用意する。
・動画や肉声だからこそ伝わる、言葉に詰まる瞬間や、苦笑いといった「リアル」を届ける。
主要KPI
・Webコンテンツへの遷移率
・動画コンテンツの視聴完了率
・エンゲージメント率(いいね、コメント)

成功のための深掘り解説

打ち手1:「V字回復」ストーリーテリングの導入

これが、失敗談を戦略的に活用する上での核となる技術です。重要なのは、失敗のどん底から、何によってV字回復できたかを明確に描くこと。それが「相談に乗ってくれた先輩の存在」であれば、メンター制度の魅力が伝わります。それが「会社の研修制度」であれば、教育体制の手厚さが伝わります。物語のヒーローは、失敗した社員本人だけでなく、その回復を支えた「会社の文化や制度」なのです。この構造を理解すれば、失敗談こそが最高の会社紹介になると、広報部も納得するはずです。

打ち手2:広報部を「共犯者」にする企画プロセス

人は、自分が関わったものを否定しにくい生き物です。完成した原稿を「承認してください」と突きつけるから、彼らは「審査官」になります。そうではなく、企画の最初のゼロベースの段階で「学生に響くリアルな社員紹介を一緒に作りたいんです」と相談を持ちかけるのです。彼らを、ブランドを守る専門家としてリスペクトし、その知見を借りるスタンスで臨むことで、彼らは頼れる「共創パートナー」へと変わります。

打ち手3:「定量的データ」と「定性的ストーリー」の併用

ストーリー(物語)は感情に訴えかけ、共感を呼びます。データ(数字)は理性 に訴えかけ、信頼を生みます。この二つを組み合わせることで、社員紹介は単なる読み物から、「説得力のある証明」へと進化します。「この会社は、言っていること(ストーリー)と、やっていること(データ)が一致している」と感じた学生は、企業に対して絶大な信頼を寄せるでしょう。

打ち手4:「紙」から「Web/動画」へのコンテンツ展開

パンフレットという限られた紙幅では、どうしても言葉を削ぎ落とし、綺麗にまとめる必要が出てきます。これが「作られた感」の原因になります。しかし、Web上であれば文字数制限はありません。動画であれば、編集の効かない「間」や「表情」が、テキストの100倍ものリアルを伝えてくれます。特に、失敗を語る時の少し困ったような、でも吹っ切れたような社員の表情は、学生にとって何よりも信頼できる情報になるのです。

明日からできることリスト

  • ・社員インタビューに「失敗談」を必ず1つ盛り込む(例:「最初の案件で大失敗したけど、仲間に救われた」など)
  • ・広報部に「リスクを最小化しつつリアルを伝える」事例を1つ共有(他社の社員紹介記事や動画を見せて「こんな表現ならいけそう」と対話のきっかけに)
  • ・既存社員紹介コンテンツに“数字”を1つだけ追加(例:残業時間の平均、資格取得人数、プロジェクトの件数などファクト要素を添える)
  • ・社員紹介の「原稿たたき台」を3分で書いてみる(過去エピソード+学び+現在の挑戦、の3点セットを骨子に)
  • ・SNS/社内チャットで「社員紹介のネタ」を募集(「こんなエピソード共有したい人いますか?」と軽く投げる)

「傷のないヒーロー」ではなく、「傷跡さえも美しい、人間味あふれる先輩」

採用担当者の役割は、ただ社員を紹介することではありません。社内に眠る、数々の人間くさい物語を発掘し、学生の心に響く形に翻訳する「社内ジャーナリスト」です。

広報部が守りたいブランドイメージも、採用担当者が伝えたいリアルな姿も、元を辿れば「学生に、自社のファンになってもらいたい」という想いは同じはずです。

完璧な成功者を見せるのではなく、失敗を乗り越え、それでも前を向く、少し不格好で、でも応援したくなるような「共感できる先輩」の姿を見せること。

それこそが、今の時代の学生に最も響き、広報部が恐れるリスクさえも乗り越える、最強の採用ブランディングとなるのです。