打ち手辞典

『昔話ばかりの面接官』をアップデートする

「面接官の部長が、毎年同じ成功体験ばかり語ってしまう…。学生が本当に知りたいのはそこじゃないのに…」

学生の心を掴むどころか、逆に「この会社、昔話ばかりだな」と距離を置かれてしまう。

この問題の本質は、その部長が「悪気なく、良かれと思って」自分の成功体験を語っている、という点です。これは、面接を「学生を評価し、自社の魅力を伝えるプレゼンの場」だと捉える古い価値観から生じています。

その根深い価値観をアップデートし、面接官を「語る人」から「引き出す人」へと変革させ、トレーニングだけでは変わらないベテラン社員をも動かすための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:まず、なぜその面接は“退屈”なのか?を構造的に診断しよう

学生が「この面接、つまらないな」と感じてしまう面接官の振る舞いには、いくつかの共通点があります。

  • □ 過去の栄光・武勇伝型:
    自分の成功体験を、現在の事業環境や学生の価値観と接続することなく、一方的に語ってしまう。
  • □ 尋問・評価者スタイル型:
    学生の話を「評価」する姿勢が強く、対話ではなく「深掘りという名の尋問」になっており、学生が委縮してしまう。
  • □ 企業PR・プレゼン型:
    学生の個性や能力を引き出すことより、自社の魅力をアピールすることに必死で、会話が一方通行になっている。
  • □ 準備不足・無関心型:
    学生のエントリーシートを事前に読み込まず、ありきたりな質問(「自己PRをどうぞ」)から始めるため、学生に「自分に興味がないんだな」と感じさせてしまう。
  • □ フィードバック不在型:
    面接の最後に、学生が持ち帰れる学びや気づき(「あなたの〇〇という強みは、うちならこう活かせる」といったフィードバック)が一切ない。

これらは全て、面接官が「主役」になってしまっていることが原因です。この主従関係を逆転させることが、全ての解決策の出発点となります。


ステップ1:思想をアップデートする。「評価者」から「才能の発見者(タレントスカウト)」へ

面接官のミッションを、こう再定義します。

「学生の“良い/悪い”を評価することではなく、学生自身もまだ気づいていない『才能の原石』を発見し、その原石が自社でどう輝くかを、本人に気づかせてあげること」

この視点に立つと、面接官の役割は「過去を問う人」から「未来を共に描く人」へと変わります。成功体験を語る時間は減り、学生の未来の可能性を引き出すための質問が増えるはずです。

【面接官の意識を変える魔法の問い】

トレーニングの冒頭で、こう問いかけてみてください。

「部長がもし今、就活生として当社の面接を受けたら、20年前の成功体験を語る面接官と、自分の未来の可能性を一緒に考えてくれる面接官、どちらの会社に入りたいですか?」

この問いが、彼らを「教える側」から「学生の立場を想像する側」へと引き込むトリガーになります。


ステップ2:トレーニングだけでは変わらない面接官を動かす具体的な打ち手

思想のアップデートを試みても、長年の癖は抜けません。そこで、行動を変えざるを得ない「仕組み」と、変わりたいと思わせる「仕掛け」を導入します。

1. 「面接評価シート」から「才能発見シート」への刷新

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 次回の面接から
目的
面接官の視点を「減点法」から「加点法」へ強制的にシフトさせる
具体策
・評価項目から「協調性:〇点」のようなチェック項目をなくす。
・代わりに、「この学生が持つ『才能の原石』は何か?」「その才能が、3年後に当社でどう開花しそうか?」という記述式の問いをメインにする。
・「懸念点」の欄は「その懸念を乗り越えるために、どんなサポートが必要か?」という問いに変える。
主要KPI
・面接評価コメントの質の変化(具体性、未来志向)
・評価のバラつきの低減
・採用と育成の連携強化

2. 「構造化面接(Structured Interview)」の一部導入

難易度 コスト 期間 次回の面接から
目的
面接官の”個人的な興味”による脱線を防ぎ、評価の客観性を担保する
具体策
・「過去の最も困難だった経験について、状況・課題・行動・結果を教えてください(STARメソッド)」など、全員に必ず聞くべき質問をいくつか設定。
・質問の意図(この質問で、自社のどの価値観や能力を見極めたいか)もセットで面接官に共有する。
主要KPI
・選考通過者と入社後活躍者の相関性の向上
・面接時間配分の最適化
・採用基準の明確化と浸透

3. 「学生からの面接官フィードバック」の導入

難易度 コスト 低~中(ツール、景品代) 期間 3~6ヶ月
目的
面接官に”見られている”という健全な緊張感を与え、内省を促す
具体策
・選考結果に関わらず、全ての面接参加学生に、匿名の「面接官満足度アンケート」を実施。
・「私のキャリアについて、親身に考えてくれましたか?」「会社の魅力だけでなく、課題も正直に話してくれましたか?」といった項目を設定。
・結果は個人にフィードバックし、優れた面接官を表彰する制度を設ける。
主要KPI
・学生からの面接官評価スコア
・面接官自身の行動変容
・企業のブランドイメージ向上(誠実さ)

4. 「採用担当者による面接同席&ファシリテーション」

難易度 コスト 期間 必要に応じて
目的
どうしても変わらない面接官の”軌道修正”をリアルタイムで行う
具体策
・特に重要な面接や、”要注意”の面接官の回に、採用担当者が「本日は同席させていただきます」と冒頭で挨拶し、参加。
・話が脱線しそうになったら、「〇〇様、大変興味深いお話ありがとうございます。お時間もございますので、次は△△様(学生)がご用意くださった逆質問のお時間にしませんか?」と、丁寧に介入(ファシリテート)する。
主要KPI
・面接時間の有効活用
・学生の満足度向上
・面接官への実践的なOJT効果

成功のための深掘り解説

打ち手1:「才能発見シート」への刷新

これは、面接官の「思考のOS」を強制的に入れ替えるための、最も強力なツールです。「評価しろ」と言われるから評価者になります。「才能を見つけて、未来を予測しろ」と言われれば、スカウトやプロデューサーの視点になります。記述式の問いは、面接中にその答えを探そうと、自然と傾聴の姿勢を生み出します。これは、面接官トレーニングで「傾聴が大事だ」と100回言うよりも効果的です。

打ち手2:「構造化面接」の一部導入

これは、面接官の自由を奪うものではありません。むしろ、守るべき最低限の「型」を提供することで、それ以外の時間で安心して「個性」を発揮してもらうためのガードレールです。全員に共通の質問をすることで、評価のブレが少なくなり、採用担当者としても、なぜその学生が通過/不合格になったのかを後から検証しやすくなります。ベテラン面接官の「勘」や「経験」を尊重しつつ、客観性を担保する現実的な落としどころです。

打ち手3:「学生からの面接官フィードバック」の導入

人は、誰かから評価される立場になると、自らの振る舞いを客観的に見直すようになります。これは、面接官にとって最も耳が痛いかもしれませんが、最も効果的な“鏡”となります。重要なのは、アンケート結果を罰するためではなく、改善のためのデータとして活用し、良い面接官を称賛する文化を作ることです。これにより、社内に「良い面接とは何か」という共通認識が生まれ、面接官同士が切磋琢磨する健全なサイクルが生まれます。

打ち手4:「採用担当者による面接同席&ファシリテーション」

これは最終手段であり、劇薬です。しかし、会社の未来を左右する重要な採用場面において、学生が不快な思いをしたり、貴重な時間が無駄になったりするのを座して見ているわけにはいきません。採用担当者は、単なるアテンド役ではなく、その場の「体験価値(CX)」を最大化する責任者です。敬意を払いながらも、プロとして堂々と介入する姿勢は、学生に「この会社は、候補者のことを本当に大切にしているんだな」という安心感を与え、面接官本人にも良い意味での緊張感と学びを与えるでしょう。

明日からできることリスト

  • ・「評価シート」に「才能発見」の視点を1項目だけ追加してみる
  • ・面接官向けに「STARメソッド質問」のサンプル1つを共有する提案をする
  • ・面接を振り返る簡易アンケート(3問程度)を学生に渡してみる
  • ・次回の面接で途中脱線を防ぐため、「重要テーマへの誘導フレーズ」を準備する

「完璧な評価者」ではなく、「学生のベストを引き出す最高の伴走者」

採用担当者の役割は、面接官を教育・管理することだけではありません。

彼らが、自らの経験や知見を、最も価値ある形で次世代に手渡すための「舞台」と「脚本」を用意するプロデューサーです。

昔話ばかりしてしまう部長も、根底には「学生の役に立ちたい」「会社の魅力を伝えたい」という善意があるはずです。そのエネルギーを、正しい方向に向かわせてあげること。

一方的に語らせるのではなく、学生との対話の中から、彼自身も気づいていない新たな価値や物語を引き出してもらうこと。

その化学反応が起きた時、面接は「退屈な時間」から、学生と面接官の双方が成長できる「忘れられない知的セッション」へと変わるのです。