打ち手辞典

『面接官ドタキャン』を撲滅する“事業部主導”採用改革

「『急な会議で…』と現場の部長から面接の当日キャンセル。学生に平謝りして日程再調整…。こちらの身にもなってほしい。」

この問題の本質は、現場の管理職が「採用活動」を、自らの事業目標達成に不可欠な「最重要ミッション」ではなく、人事部に協力してあげる「追加タスク」程度にしか認識していないという、深刻な当事者意識の欠如にあります。

その根深い意識構造を変革し、採用を「人事の仕事」から「事業部全体の共同責任」へと昇華させることで、面接官のドタキャンを撲滅するための、具体的な打ち手をご紹介します。


ステップ0:まず、なぜあなたの面接官は”来ない”のか?を構造的に診断しよう

現場の管理職が、悪気なく面接をキャンセルしてしまう背景には、いくつかの構造的な問題が潜んでいます。

  • □ 「採用=人事の仕事」意識型:
    採用活動の主語が人事部にあると思い込んでおり、自分はあくまで「手伝っている」という意識。そのため、自分の本業(会議など)を優先することを当然だと考えている。
  • □ コスト意識・欠如型:
    一人の候補者を採用するまでに、どれだけの採用広報費や人件費がかかっているかを理解していない。ドタキャン一つが、数十万円の損失に繋がるという感覚がない。
  • □ 当事者意識・希薄型:
    自分のチームのメンバーが足りないことによる事業への悪影響と、目の前の面接が、頭の中で直結していない。「誰か良い人がいれば採ってほしい」という他人任せの姿勢。
  • □ 評価制度・未連携型:
    採用活動への貢献(面接官としての参加、リファラル採用への協力など)が、自身の評価や査定に一切反映されないため、インセンティブが働かない。
  • □ 代替案・不在型:
    自分がキャンセルした場合のバックアップ体制が整っておらず、「キャンセル=日程再調整」という安易な選択肢しか用意されていない。

これらは全て、採用が「経営課題」ではなく「人事業務」として矮小化されていることから生じる問題です。


ステップ1:思想をアップデートする。「協力依頼」から「共同責任」へ

採用担当者のスタンスを、「現場の皆様、ご協力をお願いします」という「下請け」的立場から、「事業部長、メンバー採用の進捗です。この課題を解決するため、共に動きましょう」という「事業パートナー」的立場へと転換します。

【採用活動のオーナーシップを再定義する】

  • 採用計画の策定: 人事部だけで決めず、必ず事業部長と合意の上で、「いつまでに、どんな人材を、何名採用するか」というコミットメントを握る。
  • 採用活動の主語: 全てのコミュニケーションにおいて、「人事部が面接を組みました」ではなく、「〇〇様(候補者)と、△△部長(面接官)の面談を設定いたしました。これは、事業部にとって重要な機会です」と、主語を事業部に置く。

この「あなた自身の問題ですよ」という、揺るぎないスタンスを示すことが、意識変革の第一歩です。


ステップ2:意識ではなく”仕組み”で行動を変える具体的な打ち手

思想のアップデートを試みても、多忙な管理職の行動はすぐには変わりません。そこで、ドタキャンが「しにくい」「割に合わない」仕組みを構築します。

1. 「採用KPI」の事業部評価への組み込み

難易度 コスト 期間 6ヶ月~1年
目的
採用を「業務」から「ミッション」へと昇格させ、経営レベルでコミットさせる
具体策
・経営陣を巻き込み、事業部長や管理職の評価項目に「採用計画の達成率」や「チームメンバーの定着率」などを組み込む。
・四半期ごとの事業報告会で、採用の進捗も事業部長自身の口から報告させる。
主要KPI
・面接官都合によるキャンセル率・日程変更率の低下
・採用充足率・充足スピードの向上
・管理職の評価納得度

2. 「アサインメント・オーナーシップ」の明確化

難易度 コスト 期間 次回の採用計画から
目的
誰が責任者かを明確にし、「自分しかいない」状況を作り出す
具体策
・採用計画の合意時点で、各ポジションの「採用責任者(Hiring Manager)」を事業部長に任命してもらう。
・面接官として、主担当と、必ずバックアップ担当の2名をセットでアサインしてもらい、事前にコミットメントを得る。
主要KPI
・バックアップ担当による代理面接実施率
・採用責任者からの能動的なアクション(候補者への声かけ等)の増加
・採用プロセスの安定化

3. 「採用インパクト」の可視化と共有

難易度 コスト 期間 キャンセル発生時
目的
ドタキャンがもたらす”事業損失”を、データで冷静に突きつける
具体策
・キャンセルが発生した場合、候補者に謝罪するだけでなく、損失レポートを作成し、キャンセルした本人とその上長に共有する。
・「採用の遅れが、〇〇プロジェクトの開始を△週間遅らせる可能性があります」と、事業への影響を明記する。
主要KPI
・キャンセル後の損失レポートの閲覧率・反応
・経営会議での採用に関する議論の質の変化
・管理職のコスト意識の向上

4. 面接官の「工数削減」と「体験向上」支援

難易度 コスト 低~中(ツール代等) 期間 1~3ヶ月
目的
忙しい中でも「これならできる」と思わせる、徹底的なサポートを提供する
具体策
・候補者のレジュメの要約、見るべきポイント、推奨質問リストなどをまとめた「面接官キット」を事前に提供。
・面接官のカレンダーと連携し、ワンクリックで面接予定を確定できるツールを導入。
・面接後の評価入力も、5分で終わるシンプルなフォーマットにする。
主要KPI
・面接官の準備時間の削減
・面接官からの満足度アンケートスコア
・評価シートの提出率・提出スピード向上

成功のための深掘り解説

打ち手1:「採用KPI」の事業部評価への組み込み

これが最も抜本的で、最も効果的な打ち手です。人は、自分が評価される指標に対して、最も真剣に行動します。採用が、売上や利益と同じように、事業部長の評価に直結するミッションとなれば、彼らは何よりも優先して「最高のチームを作ること」にコミットするようになります。「急な会議」と「未来のチームを創るための面接」のどちらが重要か、天秤のかけ方が根本から変わるのです。

打ち手2:「アサインメント・オーナーシップ」の明確化

「誰か」にお願いするから、「自分じゃなくてもいい」と思われます。「あなた」をこのポジションの採用責任者に任命します、と明確にアサインすることで、当事者意識が生まれます。特に、バックアップ担当を事前に決めておくことは極めて重要です。「もし急用ができたら、〇〇さんにお願いします」という約束を先に取り付けておけば、キャンセルは発生せず、「代理面接」に切り替わるだけ。学生への迷惑も、日程再調整の手間もなくなります。

打ち手3:「採用インパクト」の可視化と共有

多忙な管理職は、採用担当者の「大変さ」には共感しにくいかもしれません。しかし、「お金」と「事業の遅れ」には、非常に敏感です。感情的に「困ります」と訴えるのではなく、「このキャンセル一つで、これだけの事業損失が発生します」と、彼らが理解できる言語(=数字)で冷静にファクトを提示すること。これにより、彼らはドタキャンを「スケジュールの問題」ではなく、「経営の問題」として捉えるようになります。

打ち手4:面接官の「工数削減」と「体験向上」支援

現場が非協力的な理由の一つは、単純に「面倒くさい」からです。ならば、その面倒を徹底的に排除してあげるのが、採用担当者の腕の見せ所です。候補者の情報を整理し、評価のポイントを絞り、面倒な日程調整を自動化し、評価入力も簡単にする。「ここまでお膳立てしてくれたなら、あとは自分がやるしかないな」と思わせる、至れり尽くせりのサポート体制を築くことで、彼らは気持ちよく面接の舞台に上がることができます。

明日からできることリスト

  • ・面接官キャンセルの過去データを1件振り返る
    • いつ/誰が/なぜキャンセルしたかを具体的に洗い出し、どのチェック項目(意識・評価制度など)に当てはまるか仮説を立ててみる。
  • ・採用計画の合意書を事業部長と共有する
    • 「いつまでに、何名、どのような人材を採るか」について、簡易な文書かメールで合意を取りつけておく。
  • ・面接官のバックアップ制度をつくる
    • 面接官として責任を持つ人物を指定し、もう一人代理で対応できるバックアップ担当を事前に決めておく。
  • ・面接官キットの試作
    • 候補者レジュメの要点一覧・推奨質問リストをシンプルなフォーマットで作って、次の面接で使ってみる。
  • ・キャンセル・遅延による事業の影響を可視化する案を作る
    • 仮にキャンセルが数回発生した場合、どのプロジェクトがどう遅れるか、どれだけコストかかるかを試算して関係者に見せる資料案を準備する。

「協力的な面接官」ではなく、「採用にコミットする事業責任者」

採用担当者は、多忙な管理職に頭を下げて、面接への協力を「お願い」する御用聞きではありません。

事業の成功に不可欠な「人材」という最も重要なリソースを、共に獲得するための戦略的パートナーです。

面接官のドタちゃんは、一個人の意識の問題ではなく、会社全体の「採用」に対する姿勢が問われている危険なサインです。

そのサインを正面から受け止め、ただ謝罪に走るのではなく、組織を動かし、仕組みを変える改革の推進者となること。

その先にこそ、採用担当者が一人で苦しむことのない、事業部が自らの言葉で未来の仲間を口説き落とす、「事業部主導の採用」という、あるべき姿が待っているのです。