打ち手辞典

『内定者イベント不参加』の壁を突破する“選択式”エンゲージメント設計

「内定者懇親会を企画しても、参加率は年々低下。『これって、任意参加ですか?』と聞かれると、無理強いはできず、言葉に詰まってしまう…」

良かれと思って企画したイベントが、学生にとっては“ありがた迷惑”かもしれない。彼らの貴重な時間を奪うことへの申し訳なさと、会社への帰属意識が育たないことへの焦り。その板挟みの状態で、どこまで踏み込んでいいか分からなくなる。

この問題の本質は、学生のコミュニケーション嫌いなどではなく、価値観が多様化した現代において、全員参加を前提とした「画一的なフォローイベント」という形式そのものが限界を迎えているという、時代の変化にあります。

その「全員集合」という幻想を潔く手放し、内定者一人ひとりの多様なニーズに応える「選択式のエンゲージメント」を設計することで、学生の自発的な参加を促し、採用担当者の悩みも解消するための、新しい時代の内定者フォロー術をご提案します。


ステップ0:まず、なぜあなたの”内定者イベント”は敬遠されるのか?を診断しよう

学生が参加をためらうイベントには、いくつかの共通した「時代遅れ」の要素が潜んでいます。

  • □ 目的不明瞭・ただの飲み会型:
    「内定者同士の親睦を深める」という曖昧な目的しかなく、人見知りの学生や、お酒が苦手な学生にとっては、参加が苦痛でしかない。
  • □ 一方通行・企業PR型:
    社長や役員の有難い話を聞くだけ、といった、会社からの情報発信が中心で、内定者のためになっているという実感がない。
  • □ 内向き・同質性強要型:
    一部の声が大きく、社交的な学生ばかりが盛り上がり、静かなタイプの学生が疎外感を感じるような、内輪ノリの雰囲気がある。
  • □ 時間的・地理的拘束型:
    平日の日中や、遠方の学生には参加が難しいオフラインのイベントに固執しており、多様なバックグラウンドを持つ学生への配慮が欠けている。
  • □ 価値提供・不在型:
    参加しても、新しいスキルが身につくわけでも、入社後の不安が解消されるわけでもない。学生にとっての具体的な「お土産」がない。

これらは全て、「会社が開催してやっているのだから、参加するのが当たり前」という、古い企業の論理で設計されていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「全員集合」から「個別最適」へ

内定者は、もはや同質的な集団ではありません。彼らのニーズは多様です。

  • 同期と早く繋がりたい、社交的な学生
  • 入社前にスキルを身につけ、差をつけたい、成長意欲の高い学生
  • 配属先の仕事内容を、もっと深く知りたい、慎重派の学生
  • イベントは苦手だが、会社との繋がりは感じていたい、マイペースな学生

これらの多様なニーズに対し、一つのイベントで応えようとすること自体が、もはや不可能なのです。思想を「画一的なマスアプローチ」から、「多様な選択肢を提供する個別最適アプローチ」へと転換します。


ステップ2:内定者の“心”を掴む、新しいエンゲージメントの形

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「行きたくない懇親会」を「参加したい体験」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「エンゲージメント・メニュー」の導入

難易度 コスト 低~中 期間 内定出し後~
目的
多様なニーズに応え、画一的なフォローから脱却する
具体策
・複数の選択肢(メニュー)を用意
・例:①オンライン雑談会
   ②Excelスキル講座
   ③現場社員との1on1
   ④業界動向勉強会
主要KPI
・延べ参加率
・エンゲージメントスコア
・内定辞退率低下

2. 「目的」と「得られる価値」の徹底的な言語化

難易度 コスト 期間 次回の案内から
目的
「任意参加ですか?」に自信を持って答えられるようにする
具体策
・全てのイベント案内に目的と価値を明記
・例:「懇親会」→「不安解消と同期の繋がり構築のための情報交換会」
主要KPI
・イベント参加率
・参加満足度
・誠実さ・透明性のイメージ向上

3. 「オンライン」と「オンデマンド」コンテンツの拡充

難易度 コスト 中(ツール代等) 期間 3~6ヶ月
目的
時間・場所の制約を取り払い、個人のペースに合わせる
具体策
・内定者専用ポータルサイトを開設
・スキル講座や部署紹介動画をオンデマンド提供
・Slackで日常的な交流を促進
主要KPI
・コンテンツ視聴回数・時間
・自発的な交流数
・地方学生のエンゲージメント

4. 「内定者」を”お客様”から”企画のパートナー”へ

難易度 コスト 期間 次回の企画から
目的
当事者意識を高め、本当に参加したい企画を共創する
具体策
・「内定者イベント企画委員会」を結成
・企画・運営を内定者に一部任せる
・人事はサポーター役に徹する
主要KPI
・企画イベント参加率
・当事者意識・帰属意識向上
・次年度企画へのインサイト獲得

成功のための深掘り解説

打ち手1:「エンゲージメント・メニュー」の導入

これが、多様性の時代における内定者フォローの、新しいスタンダードです。高級レストランが、一つのフルコースだけでなく、アラカルトメニューを用意するのと同じです。内定者は、自分の今の興味や不安に応じて、「今月は、スキルアップ講座に参加しよう」「来月は、現場の〇〇さんと話してみたい」と、自らの意思で、会社との関わり方をデザインできます。この「自己決定感」が、エンゲージメントを格段に高めます。

打ち手2:「目的」と「得られる価値」の徹底的な言語化

「任意参加ですか?」という問いは、「あなたの時間を投資する価値がありますか?」という、学生からの“査定”です。この問いに、自信を持って「はい、あります。なぜなら…」と答えられる準備が必要です。「この1時間で、あなたの入社後の不安が解消されます」「同期の〇〇さんと繋がることで、あなたの社会人生活のスタートが、よりスムーズになります」と、相手の立場に立ったメリットを明確に提示することで、イベントは「義務」から「機会」へと変わります。

打ち手3:「オンライン」と「オンデマンド」コンテンツの拡充

全ての学生が、同じ時間、同じ場所に集まることを前提とするのは、もはや現実的ではありません。コンテンツをデジタル化し、いつでもどこでもアクセスできる状態にすることで、内定者は自分の生活リズムを崩すことなく、会社との繋がりを保つことができます。これは、多様な働き方を推進する、企業の先進的な姿勢を示すことにも繋がります。

打ち手4:「内定者」を“お客様”から”企画のパートナー”へ

「会社が、私たちのために何かをしてくれる」というお客様意識から、「自分たちが、この会社を、この同期のコミュニティを、より良くしていくんだ」という当事者意識へと、内定者のマインドを転換させる、究極の打ち手です。自分たちで企画したイベントには、自然と愛着が湧き、仲間を誘う声にも熱がこもります。この共創のプロセスを通じて、彼らは入社前から、主体的に組織に関わる経験を積むことができるのです。

明日からできることリスト

  • ・内定者連絡メールに「複数の参加形式を選べますよ」の文言を追加して送信案内を作成する。
  • ・チーム内で「自分ならどのイベント形式が嬉しいか?」を内定者タイプ別にインタビューしてみる(例:オンライン懇親 vs スキル講座 vs 1on1)。
  • ・次の内定者連絡で「参加だけでなく視聴できる動画コンテンツ」案を提案する。
  • ・内定者から「参加したい内容」を募集する簡単なアンケート(例:希望イベントメニュー)を作って配信する。
  • ・内定者のうち2〜3名をイベント企画メンバーに巻き込む提案を、チームで議論する。

「参加率100%の懇親会」ではなく、「多様な選択肢のある、活気あるコミュニティ」

採用担当者は、全員参加のイベントを企画し、その参加率に一喜一憂する「学級委員」ではありません。

内定者一人ひとりの個性やニーズを尊重し、彼らが自律的に繋がり、学び、成長できるような「場(プラットフォーム)」をデザインする、コミュニティ・プロデューサーです。

「任意参加ですか?」という問いは、あなたを困らせるためのものではありません。

それは、「画一的な関係性ではなく、私に合った、もっと意味のある関係性をください」という、学生からの切実なリクエストなのです。

そのリクエストに、多様な選択肢という最高の「おもてなし」で応えること。

その姿勢こそが、採用担当者としてのあなたの価値を再定義し、未来の仲間たちとの、深く、豊かな関係性を築き上げていくのです。