打ち手辞典

『早期離職は採用のせいにされる』理不尽を乗り越える“共同責任”体制構築

「早期離職者が出ると、『一体どんな人材を採用したんだ』と経営陣からも現場からも責められる。まるで、全ての責任を押し付けられたようで…辛すぎる。」

手塩にかけて採用した人材が、志半ばで去っていく悲しみ。そして、それに追い打ちをかけるように、社内から向けられる非難の眼差し。候補者の適性、受け入れ部署の環境、人間関係…様々な要因が絡み合っているはずなのに、なぜか全ての矢が自分に向かってくる。

この問題の本質は、多くの日本企業において、「採用(Hiring)」と「定着(Retention)」が完全に分断され、採用担当者が「人材を調達するだけの業者」のように扱われてしまっているという、根深い構造問題にあります。

その「離職=犯人探し」という不毛な文化を断ち切り、早期離職を「個人の責任」から「組織全体の学習機会」へと転換し、採用担当者が不当な非難から自らを守り、より本質的な役割を果たすための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:まず、なぜ、あなただけが”犯人”にされるのか?を診断しよう

早期離職の責任が、全て採用担当者に押し付けられてしまう背景には、組織内に潜むいくつかの構造的な欠陥があります。

  • □ 採用ゴール・分断型:
    採用チームのゴールが「採用人数」で、現場のゴールが「事業成果」になっている。入社後の活躍までを、採用チームの責任範囲として捉える共通認識がない。
  • □ オンボーディング責任・不在型:
    入社後3ヶ月間の、新入社員の立ち上がりを支援する「オンボーディング」の明確な責任者がおらず、現場任せ・本人任せになっている。
  • □ 退職理由・ブラックボックス型:
    早期離職の本当の理由が、客観的なデータとして分析・共有されておらず、「どうせ、採用のミスマッチだろう」という、安易な結論に飛びついてしまう。
  • □ 「見極め」への過信・万能感型:
    経営陣や現場が、面接という短時間のプロセスで、人の全てを見抜けるはずだという、非現実的な期待を抱いている。
  • □ 採用担当者の防衛姿勢型:
    責められるあまり、「私の見極めは正しかった。現場の受け入れが悪い」と、対立を煽るような守りの姿勢に入ってしまう。

これらは全て、採用から定着までを「一気通貫のプロセス」として捉え、関係者が「共同で責任を負う」という文化が欠如していることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「個人の責任」から「組織の共同責任」へ

採用の成功は、リレー競技に似ています。

第一走者(採用担当): 会社の魅力を伝え、ポテンシャルのある候補者を見つけ出す。

第二走者(配属先の部署・上司): 温かく迎え入れ、仕事の進め方を教え、チームの一員として立ち上がるのを支援する(オンボーディング)。

早期離職は、第一走者の人選ミスか、第二走者のバトンパスの失敗、あるいはその両方によって起こります。採用担当者の仕事は、このリレーの「全体責任者」として、どこでバトンが落ちたのかを冷静に分析し、チーム全体にフィードバックすることです。


ステップ2:“犯人探し”を終わらせ、“仕組み”で再発を防ぐ具体的な打ち手

思想のアップデートを実践するため、具体的な行動と仕組みを導入します。「辛すぎる」という感情論から、「データが示している」という事実ベースの議論へ転換する4つの打ち手をご紹介します。

1. 「退職理由」の徹底的な分析とデータ化

難易度 コスト 期間 退職者発生ごと
目的
感情的な犯人探しを避け、データに基づく原因究明へ転換
具体策
・第三者による退職面談を必ず実施
・退職理由を「説明とのギャップ」「上司との関係」「業務ミスマッチ」などで分類・データ化
主要KPI
・退職理由レポートの質と共有頻度
・早期離職率の低下
・採用基準・求人票改善のサイクル

2. 「クオリティ・オブ・ハイヤー」KPIの導入と共有

難易度 コスト 期間 6ヶ月~1年
目的
採用のゴールを「入社」から「活躍」へ再設定し、責任を共有
具体策
・「定着率」「配属先での評価」などを指標に設定
・KPIを採用チームと事業部の双方の目標として経営レベルで合意
主要KPI
・採用と事業部の目標一貫性
・現場の採用活動への関与度
・入社後のパフォーマンス・定着率

3. 「オンボーディング・プログラム」の共同設計と責任分担

難易度 コスト 期間 入社者ごと
目的
採用後の空白をなくし、受け入れ責任を明確化する
具体策
・配属先管理職と「90日間プラン」を作成
・「誰がいつ何を教えるか」を明確化
・実行責任は配属先管理職に明記
主要KPI
・オンボーディング満足度
・新入社員の早期戦力化
・受け入れ部署の協力体制向上

4. 「採用振り返り会議(ポストモーテム)」の定例化

難易度 コスト 中(時間的) 期間 退職者発生ごと
目的
失敗を責任追及で終わらせず、組織全体の学びに変える
具体策
・早期離職発生時に関係者で「No Blame」で議論
・退職面談データを基に要因を整理
・採用・オンボーディング改善アクションを策定
主要KPI
・振り返り会議実施率
・改善アクション数
・学習文化の醸成

成功のための深掘り解説

打ち手1:「退職理由」の徹底的な分析とデータ化

これが、理不尽な非難からあなたを守る、最強の盾です。「私の見立てでは…」という主観的な意見は、「いや、君の採用ミスだ」という主観で返されてしまいます。しかし、「退職者5名の内、4名が『面接で聞いた業務内容とのギャップ』を理由に挙げています」という客観的なデータを提示すれば、議論は「求人票や面接での説明方法を、どう改善すべきか?」という、建設的な方向へと進まざるを得ません。

打ち手2:「クオリティ・オブ・ハイヤー」KPIの導入と共有

これは、採用と現場を、運命共同体にするための仕組みです。現場の管理職も、自分の評価の一部に「新人の定着率」が含まれるとなれば、採用段階から「本当にこの人で大丈夫か?」と、より真剣に候補者と向き合うようになります。そして、入社後も「自分が評価されるために、この新人を育て上げよう」と、オンボーディングへの意識が劇的に変わります。

打ち手3:「オンボーディング・プログラム」の共同設計と責任分担

採用担当者は、最高のバトン(人材)を渡すだけでなく、第二走者(現場)が、そのバトンを確実に受け取れるよう、お膳立てする責任があります。忙しい現場の管理職に「あとはよろしく」と丸投げするのではなく、一緒に伴走し、具体的なアクションプランにまで落とし込む。この丁寧なプロセスが、入社後の「こんなはずじゃなかった」という悲劇を防ぎます。

打ち手4:「採用振り返り会議」の定例化

これは、失敗を、組織の“免疫”に変えるための、極めて重要な儀式です。この会議の鉄則は「犯人探しをしない」こと。目的は、個人を罰することではなく、同じ過ちを繰り返さないための「仕組み」を改善することです。この安全な場で、採用担当も現場も、それぞれのプロセスの問題点を率直に認め合い、共に改善策を考える文化が生まれれば、組織の採用力は、失敗を糧にして、着実に強くなっていきます。

明日からできることリスト

  • ・採用関係者と現場責任者で「退職理由」に関する初回共有ミーティングを設定
    • • 目的:現状理解と課題共通認識の醸成。
  • ・退職理由のカテゴリ(例:“業務ミスマッチ”、“文化ギャップ”、“上司との関係”など)を書き出すフォーマットを用意し、次回発生時に使う準備をする。
  • ・採用チームと現場で「クオリティ・オブ・ハイヤー」KPI(定着率、3ヶ月以内のパフォーマンスなど)を共有し、目標値を仮でも決めておく。
  • ・次の新入社員に対して「90日間オンボーディング計画」を作成し、配属先責任者と毎週の進捗チェックを組み込む。
  • ・早期離職が発生した場合に必ず「採用振り返り会議(ポストモーテム)」を行う意向を関係者に伝え、会議の枠組みだけでも仮で設けておく。

「完璧な採用」ではなく、「失敗から学び、進化し続ける採用プロセス」

採用担当者は、決して一人で結果の全責任を負う、孤独な存在ではありません。

あなたは、採用から定着までの長いリレーの第一走者であり、かつ、チーム全体が最高のパフォーマンスを発揮できるよう働きかける、監督でもあるのです。

「採用のせいだ」という言葉は、あなたへの攻撃であると同時に、組織が発する「助けてくれ」という悲鳴でもあります。

その声に、感情で返すのではなく、データと仕組みで応えること。

その冷静で、プロフェッショナルな姿勢こそが、あなたを不当な非難から守り、単なる担当者から、組織の採用力を根底から変革する、真の戦略パートナーへと引き上げてくれるはずです。