『OJT板挟み地獄』を解放する“分解・再設計”オンボーディング
「現場は『OJT担当なんてつける余裕はない』。経営層は『新人は現場で育てろ』の一点張り。その板挟みで、入社してくれた新人が誰にも頼れず、孤立していくのを見るのが一番苦しい。」
期待に胸を膨らませて入社したはずの若者が、誰にも話しかけられず、ただデスクで時間を溶かしていく。その背中を見ていることしかできない無力感。経営と現場の理想と現実の狭間で、採用担当者として、これほどまでに心が痛むことはありません。
この問題の本質は、現場の管理職が不親切なのでも、経営層が無理難題を言っているのでもありません。「OJT」という、あまりにも曖昧で、都合よく解釈されてしまう言葉の魔力に組織全体が思考停止してしまっていることにあります。
その「OJTという名の丸投げ」という悪しき慣習を断ち切り、新人育成を「一人の担当者の気概」から「組織全体の仕組み」へと転換することで、板挟みの苦しみから抜け出し、新人が安心して成長できる土壌を創り出すための、具体的な打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの職場のOJTは”機能不全”に陥るのか?を診断しよう
新人が放置され、現場が疲弊するOJTには、いくつかの構造的な欠陥が潜んでいます。
- □ OJT丸投げ・精神論型:
経営層が「仕事は見て盗め」「背中を見て育て」といった、自らの成功体験に基づいた精神論に依存し、具体的な育成の仕組みを現場に提供していない。 - □ 現場の負担・過重型:
OJT担当者に任命された社員が、通常業務に加えて、評価もされない「見えざる業務」として育成を担っており、物理的にも精神的にも限界に達している。 - □ 育成責任・不在型:
新人を育てる最終的な責任の所在が曖昧。「OJT担当はつけた」「現場に任せた」「本人のやる気次第」と、関係者全員が他人任せになっている。 - □ 育成ノウハウ・属人化型:
OJTの質が、担当についた社員個人のスキルや人柄に完全に依存しており、部署や担当者によって「当たり外れ」が生まれてしまっている。 - □ 新人の”放置”是認型:
「自分たちの若い頃もそうだった」という慣習から、新人が最初は苦労するのが当たり前だという空気が、組織全体に蔓延している。
これらは全て、新人育成を「個人のスキルや根性」の問題として捉え、「組織の仕組み」として捉えられていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「OJT」という名の“思考停止”をやめる
まず、「OJT」という曖昧な言葉を使うのをやめましょう。そして、新人育成に必要な機能を、具体的に分解します。
【新人育成の4つの機能】
- 業務スキルの教育(ティーチング): 仕事の進め方、ツールの使い方を教える。
- キャリアの指導(メンタリング): 中長期的な視点で、成長を支援し、悩みの相談に乗る。
- 日々のサポート(ブラザー/シスター): ランチに誘ったり、ちょっとした疑問に答えたり、精神的な孤立を防ぐ。
- 目標設定と評価(マネジメント): 期待値を設定し、定期的なフィードバックで成長を促す。
これまで、現場の「OJT担当」は、これら全ての役割を一人で、無報酬で、曖昧な指示のもとで担わされてきました。これを複数の担当者で役割分担するのが、新しいオンボーディングの基本思想です。
ステップ2:“板挟み”を解消し、“三方良し”の仕組みを創る具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「精神論」を「仕組み」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「OJTの役割分担」と、”メンター” ”ブラザー/シスター”制度の導入
・OJT担当(メンター):週1回1on1、スキルとキャリア指導
・ブラザー/シスター:日常の疑問解消・人間関係の橋渡し
・OJT/メンター満足度
・1年後定着率
2. 「最初の90日間」チェックリストの共同作成
・ランチ相手や同席会議まで具体的に記載
・新人立ち上がりスピード
・管理職の育成関与度
3. 「育成工数」の可視化と評価への組み込み
・人事評価項目に「新人育成貢献度」を追加
・優秀な育成者を表彰
・育成活動の質
・管理職の意識改革
4. 人事主導の「横の繋がり」イベント定期開催
・新人が悩みを共有できる横の繋がりを創出
・部署を越えたネットワーク構築
・組織全体の風通しの良さ
成功のための深掘り解説
打ち手1:「OJTの役割分担」
これが、現場の「余裕がない」という悲鳴に対する、最も直接的な処方箋です。「新人の面倒を全て見ろ」と言われれば誰でも尻込みしますが、「週に1回、30分だけ話を聞いてあげて(メンター)」「たまにランチに誘ってあげて(ブラザー/シスター)」といったように、役割を分解してお願いすれば、現場の協力のハードルは劇的に下がります。新人も、目的別に相談相手が複数いることで、一人に負担をかけることなく、安心して頼ることができます。
打ち手2:「最初の90日間」のオンボーディング・チェックリスト
これは、新人育成という、霧のかかった暗いトンネルの中に、「10mごとに足元を照らすライトを設置する」ような作業です。次に何をすべきかが明確になることで、新人は主体的に動けるようになり、現場も「何をさせれば良いか分からない」という状態から解放されます。このチェックリストの存在が、双方にとっての精神的な道標となるのです。
打ち手3:「育成の工数」を可視化し、現場の評価に組み込む
現場がOJTに協力的でない最大の理由は、「やっても評価されない、ただのボランティア活動」だからです。その“見えない善意”に、会社として公式な「価値」を与えること。育成活動が、昇進や昇給に繋がるキャリアパスの一部となれば、現場の優秀な社員は、競ってOJT担当者に立候補するようになるでしょう。これは、育成文化を根付かせるための、最も強力なインセンティブ設計です。
打ち手4:人事主導の「横の繋がり」創出イベント
これは、各部署に閉じた「点」の育成を、会社全体の「面」の育成へと広げるための、セーフティネットです。万が一、配属先で新人が孤立してしまっても、同期や他の部署の先輩との繋がりがあれば、「自分は一人じゃない」と感じることができます。この横の繋がりが、早期離職を防ぐ最後の砦となることも少なくありません。
明日からできることリスト
- OJT担当以外にも「ブラザー/シスター」役」を1名ずつ指定して、最初の1〜2週間で新人が話しやすい相手を明示する
- 新人と管理職で「最初の90日間チェックリスト」の草案を作成し、入社初日に共有できるよう準備する
- OJT担当の育成工数(例えば週1時間)を見える化し、人事評価または給与査定の対象に含める制度案をメモとして作成
- 部署横断型の「同期交流イベント」企画案(オンライン/オフラインどちらも可)を1つ立案し、関係部署に提案
- 次の採用説明会や社内報で「新人育成に関わる全メンバーに感謝」のメッセージや温かい言葉を入れる
「スーパーOJT担当者」の育成ではなく、「誰もが新人育成に関わる文化と仕組み」
採用担当者は、経営と現場の板挟みで苦しむ、無力な調整役ではありません。
あなたは、「OJT」という曖昧な言葉がもたらす思考停止を打ち破り、新人育成という極めて重要な経営課題を、具体的な仕組みで解決する、組織のアーキテクト(設計者)なのです。
新人が孤立する苦しみは、あなたにしか見えていない、組織の重要な“歪み”のサインです。
そのサインを、具体的な改善提案へと昇華させ、経営と現場、双方を動かすこと。
その先にこそ、採用担当者が一人で心を痛めることのない、全ての新人が安心して才能を開花させられる、本当の意味で「人を大切にする会社」の姿が待っているのです。