打ち手辞典

『入社2週間の離職』を防ぐ“超”現実主義RJP

「入社してたった2週間で『仕事が想像と違った』と辞めていった。想像と違うなんて当たり前なのに…。その”違い”を乗り越える気力すらないのかと、愕然とした。」

丹精込めて選考し、未来への期待を託したはずの苗が、芽吹いた瞬間に自ら枯れてしまったかのよう。その早すぎる離職に、かけた時間と労力がすべて無に帰す虚しさと、「最近の若者は…」と、やり場のない憤りを感じてしまう。

この問題の本質は、必ずしも新人の「気力」の欠如だけにあるのではありません。それは、私たちが採用プロセスの中で、無意識のうちに作ってしまった「想像」と「現実」との間の、あまりにも深すぎる“溝”に、新人が転落してしまった、という悲劇なのです。

その悲劇を「本人の気力不足」という根性論で片付けることをやめ、採用活動の段階で、意図的に“現実”を直視させることで、入社後のギャップを最小化するための、「“超”現実主義(RJP = Realistic Job Preview)」をご提案します。


ステップ0:まず、なぜあなたの会社の“現実”は、これほど“想像”と違うのか?を診断しよう

入社後すぐに「想像と違った」という事態が起こる背景には、採用プロセスにおける、いくつかの構造的な”盛っている”問題があります。

  • □ 魅力・過剰包装(キラキラ見せすぎ)型:
    採用サイトや説明会で、仕事の華やかな部分や成功事例ばかりを強調し、地味で泥臭い日常業務については一切触れていない。
  • □ 業務内容・抽象化型:
    求人票の業務内容が「〇〇の企画営業」「△△のコンサルティング」といった抽象的な言葉に終始し、実際の一日の大半を占める「テレアポ」や「議事録作成」といった具体的なタスクが伝えられていない。
  • □ ”負”の情報・開示拒否型:
    面接で「仕事の厳しい点は?」と聞かれても、「やりがいはありますが、時には残業も…」といった当たり障りのない回答に終始し、リアルな困難を正直に語れていない。
  • □ 現場との連携・不足型:
    採用担当者自身が、配属先の現場のリアルな業務内容やカルチャーを深く理解しておらず、結果として学生に誤ったイメージを与えてしまっている。
  • □ 「辞退=悪」思考停止型:
    選考途中で学生が「自分には合わないかも」と感じても、それを言い出せないような雰囲気を作っており、結果として入社後に問題が噴出する。

これらは全て、「入社してもらうこと」をゴールとし、入社後の「活躍・定着」までを視野に入れたコミュニケーションが欠如していることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「入社がゴール」から「活躍がスタート」へ

採用活動における、最も重要なパラダイムシフトを行います。

「採用活動の目的は、内定者の数を最大化することではない。入社後に活躍・定着してくれる人材の比率を最大化することである」

この思想に立つと、選考途中で「この仕事は、私には合わないかもしれません」と学生が自ら辞退してくれることは、むしろ「採用の成功」と捉えることができます。それは、入社後の早期離職という、双方にとってより大きな不幸を未然に防いだ、極めて健全なスクリーニングだからです。

採用担当者の役割は、候補者を口説き落とすことではなく、彼らが最良の意思決定を下せるよう、光と影の両方の情報を、公平に提供することです。


ステップ2:“想像”と”現実”の溝を埋める、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「愕然」を「想定内」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「RJPシート」の作成と導入

難易度 コスト 低(工数のみ) 期間 次回の採用フローから
目的
良い面と悪い面を意図的に両方提示し、リアルを伝える
具体策
・「魅力(例:顧客からの感謝)」と「厳しさ(例:9割はデータ入力)」を並記したシートを作成
・面接で提示し、「これを見ても挑戦したいですか?」と問う
主要KPI
・早期離職率低下(特に3ヶ月以内)
・健全な途中辞退率上昇
・入社後エンゲージメントスコア

2. 「キラキラしていない」現場社員との面談

難易度 コスト 期間 次回の採用フローから
目的
等身大の先輩を通じて、リアルな日常に触れてもらう
具体策
・入社2〜3年目の普通の若手社員との面談を設定
・事前に「大変なことも正直に話してください」と依頼する
主要KPI
・入社後ギャップに関するアンケート改善
・企業理解度の深化
・選考納得感の向上

3. 職場体験・ワークサンプルの導入

難易度 コスト 低〜中(日当など) 期間 次回の採用フローから
目的
想像ではなく実体験を通じて仕事のリアルを感じてもらう
具体策
・最終選考前に半日程度の職場体験を設定
・簡単な業務体験、会議同席、社員ランチを実施
主要KPI
・採用ミスマッチの低下
・入社後の立ち上がりスピード
・受け入れ部署の納得感

4. 「辞退も成功」とする文化の醸成

難易度 コスト 期間 次回の採用フローから
目的
候補者が「合わない」と思った際に安心して辞退できる空気を作る
具体策
・面接冒頭で「良い点も悪い点も正直に話す」と宣言
・「合わないと思ったら辞退しても良い」と伝える
主要KPI
・健全な途中辞退の増加
・誠実さ・自信あるブランドイメージ
・担当者の心理的負担軽減

成功のための深掘り解説

打ち手1:「RJPシート」の作成と、選考プロセスへの導入

これは、採用における「光」と「影」を、意図的に、そして構造的に見せるためのツールです。「この仕事の9割は地味な作業です」という事実を、面接官の口からアドリブで伝えるのは勇気がいります。しかし、シートとして公式に用意されていれば、誰でも、ためらうことなく、**一貫した「現実」**を候補者に提示できます。これは、採用担当者と候補者の双方を、期待値のズレから守るための、強力な羅針盤となります。

打ち手2:「“キラキラ”していない」現場社員とのカジュアル面談

学生は、完璧なエース社員の成功談よりも、少しだけ先を歩く先輩の、等身大の失敗談や悩みにこそ、リアリティを感じ、心を動かされます。「自分も、この人のように悩むかもしれない。でも、この人のように乗り越えていけるかもしれない」という自己投影が、入社への覚悟を育むのです。キラキラしていない日常こそが、最も雄弁な会社の姿を物語ります。

打ち手3:「1日(半日)職場体験」やワークサンプルの導入

百聞は一体験に如かず。どんなに言葉を尽くして説明するよりも、たった数時間、その職場の「空気」を吸うだけで、候補者は直感的に「合う/合わない」を判断できます。職場の雑談のトーン、電話の応対、社員が使うツール、会議の進め方。そうした言葉にならない情報こそが、入社後のリアルそのものです。これは、究極のRJPと言えるでしょう。

打ち手4:「辞退も、採用の成功である」という文化の醸成

これは、採用担当者のマインドセットの変革です。私たちの仕事は、無理やり口説き落として、入社させることではありません。「合わない」と感じている人を、早期に見極め、お互いのために健全にお別れすることも、同じくらい重要な仕事です。この「手放す勇気」を持つことで、採用担当者は目先の入社人数に一喜一憂することなく、より長期的な視点での「最高のマッチング」に集中できるようになります。

明日からできることリスト

  • ・内定通知メールに「入社後のリアルな日常についてもお伝えしますよ」という一文を追加する
  • ・「RJPシート(良い面と厳しさを並記した資料)」の草案を1枚作成し、次回選考フローで使えるように準備する
  • ・入社2〜3年目の若手社員と直接話せる機会(カジュアル面談)を企画し、候補者に案内する文面を作っておく
  • ・オフィスやオンラインでの職場体験(半日ワークサンプル)を試験的に1件設定するための提案を部署に出す
  • ・面接時に「もし合わないと思ったら辞退しても構わないという文化です」と明言する練習フレーズを作っておく

「根性のある新人」ではなく、「現実を理解した上で、覚悟を決めた新人」

採用担当者は、学生の「気力」を嘆く、精神論のコーチではありません。

入社後に待ち受けるであろうリアルな航路の海図を、事前に正確に見せる、誠実な航海士です。

「想像と違うのは当たり前」と、新人の側だけに変化への適応を求める時代は終わりました。

これからの採用担当者に求められるのは、「想像と現実のギャップを、限りなくゼロに近づける」という、プロフェッショナルとしての徹底的な努力です。

その努力の先にこそ、たとえ困難な現実に直面しても、「分かっていました。ここからが、私の仕事です」と、静かに、しかし力強く、前へ進み始める、本物の覚悟を持った仲間との出会いが待っているのです。応援しております!