『楽な仕事だ』という誤解を解く“業務可視化”術
「採用シーズンは土日も潰れ、平日は膨大な事務作業。それなのに、社内では『学生と話すだけで楽な仕事』と思われている節がある…」
まるで、水面下で必死に足を動かしている白鳥のよう。その優雅に見える姿の裏にある、すさまじい努力と時間と、そして感情の消耗。誰にも理解されないその孤独な激務に、心が折れそうになる気持ち。
この問題の本質は、あなたの頑張りが足りないことでは断じてありません。それは、採用という仕事の、9割を占める地味で膨大な「バックオフィス業務」と「感情労働」が、社内の人々から全く「見えていない」という、深刻な可視性の問題です。
その「見えない頑張り」を、ただの自己犠牲で終わらせることをやめ、業務を戦略的に「可視化」することで、社内の理解と協力を引き出し、採用担当者が正当に評価され、健全に働ける環境を築くための、具体的な打ち手をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの“激務”は”楽な仕事”に見えるのか?を診断しよう 🔍
あなたの多忙さと、社内の認識との間に、なぜこれほど大きなギャップが生まれてしまうのでしょうか。
- □ バックオフィス業務・ブラックボックス型:
膨大な数のESの読み込み、面接の日程調整、合否連絡、データ入力といった、採用業務の大半を占める事務作業が、社内から全く見えていない。 - □ 「対学生」の華やかさ・誤解型:
会社説明会や面接といった、学生と話す「表舞台」の姿だけが切り取られ、その準備や後処理といった「舞台裏」の存在が想像されていない。 - □ 成果の非言語化・定性評価型:
「5人採用しました」という結果の裏にある、「その5人と出会うために、500人のESを読み、100回の面接を調整した」というプロセスが、数字として語られていない。 - □ 一人(少数)人事・孤軍奮闘型:
採用担当者が少人数のため、業務の負荷が一人に集中。助けを求める相手もおらず、その多忙さが組織の問題として認識されていない。 - □ 「頑張り」の美学・自己犠牲型:
採用担当者自身が、「忙しいのは当たり前」と、自らの頑張りをアピールすることを良しとせず、結果として社内の誤解を助長してしまっている。
これらは全て、あなたのプロフェッショナルな仕事ぶりが、社内に向けて正しく「翻訳」されていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「頑張り」を”見せる”プロフェッショナリズムへ
「報告されない仕事は、存在しないのと同じである」
この厳しい現実を、まず受け入れましょう。あなたの仕事の価値と大変さを、周囲が察してくれるのを待つのは、プロフェッショナルの姿勢ではありません。自らの業務内容、工数、そして成果を、定量的・定性的に、定期的に報告すること。それこそが、プロとして自らの価値を守り、組織を動かすための、新しい時代の「頑張り方」です。
【採用担当者の新しい役割】
採用活動という、一大プロジェクトの進捗、課題、そして資源(ヒト・モノ・カネ)の必要性を、経営陣や事業部にレポーティングする、責任者。
この視点に立つことで、日々の業務が、報告のための「データ収集」という、新しい意味を持ち始めます。
ステップ2:“誤解”を“理解”と”協力”に変える、具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「見えない激務」を「誰もが認める貢献」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「採用活動レポート」の定例化と“数字”報告
・項目例:応募者数/書類選考数/面接回数/日程調整の往復メール数/スカウト送付数・返信率/土日稼働時間
・社内理解度スコア(アンケート)
・議論の質の変化(「頑張れ」→「どこを効率化?」)
2. 工数のかかる業務の切り出しと協力依頼
・派遣/アルバイトへの一部委託で、担当者は戦略業務へ集中
・時間外労働の削減
・採用活動ROIの向上
3. 社内イベント/会議での「採用の裏側」紹介
・協力メリット(例:リファラルでの工数削減)を提示
・採用への関心度向上
・採用チームへのポジティブ声かけ増
4. 「リクルーター体験(一日インターン)」企画
・ES一次スクリーニング、日程調整電話などを隣で実務体験
・社内口コミでの理解拡大
・部署間連携の強化
成功のための深掘り解説
打ち手1:「採用活動レポート」の定例化と、“数字”での報告
これが、あなたの仕事を「感覚」から「事実」へと変える、最も基本的な武器です。「忙しい」という主観は、他人には伝わりません。しかし、「先月、528件の面接日程調整メールを送りました」という客観的な事実は、誰にも否定できません。この地道なレポーティングを続けることで、社内の認識は「楽そうな仕事」から「これほど膨大なタスクをこなしていたのか」へと、確実に変わっていきます。
打ち手2:「工数のかかる業務」の切り出しと、協力依頼
ただ「忙しい」と訴えるだけでは、「もっと頑張れ」と言われて終わりです。プロフェッショナルな提案は、「この業務(特に、専門性を要しない単純作業)を、よりコストの低い方法で解決しませんか?」という、経営的な視点に立つことです。これにより、あなたは「文句を言う人」から、「業務効率化を考える、ビジネスパートナー」へと、その立場を変えることができます。
打ち手3:社内イベントや会議での「採用の裏側」紹介
人は、ストーリーに心を動かされます。採用レポートという無機質なデータだけでなく、「ある一人の優秀な学生を採用するために、私たちは地球の裏側までスカウトメールを送り、3回の日程変更を乗り越え、社長の心を動かして…」といった、血の通った物語を語ること。このストーリーが、社員の心を動かし、「採用って、そんなに大変で、ドラマチックな仕事だったんだ。自分も協力しよう」という、当事者意識を芽生えさせるのです。
打ち手4:「リクルーター体験(一日インターン)」の企画
これは、究極の“百聞は一見に如かず”作戦です。どんなに言葉やデータで説明しても、現実を理解できない人もいます。そんな相手には、一度、あなたの椅子に座ってもらうのが一番です。鳴り止まない電話、複雑な日程調整、ギリギリで辞退してくる学生への対応…。その現実を、たった半日でも体験すれば、二度と「楽な仕事」とは言えなくなるでしょう。これは、最も手強い相手を、最も強力な理解者に変える可能性を秘めた、劇薬的な打ち手です。
明日からできることリスト
- ・採用活動レポートの雛形を作成する(例:応募者数、書類選考数、面接数、日程調整メールの往復数、土日稼働時間などを項目に入れる)
- ・経営層/関係部署に最初のレポートを送る予定を立て、共有する内容のスライド案を1枚作っておく
- ・日程調整や書類読み込みなど「手間がかかる事務作業」をリストアップして、「この作業を協力依頼する可能性あり」部署や候補者を洗い出しておく
- ・社内会議または朝礼等で「採用の裏側でどれだけ頑張っているか」のストーリーを話せるよう、小さなエピソードを1つ準備する(たとえば、日程調整での苦労や対応の工夫)
- ・非協力的なキーパーソン(たとえば、事業部長や現場リーダー等)を1人選び、「一日採用担当」体験案を提案できるようにアイデアメモを作成する
「同情」ではなく、「尊敬(リスペクト)」
採用担当者は、自らの激務を嘆き、社内からの「同情」を求める、悲劇のヒロインではありません。
あなたは、会社の未来を創るという、極めて専門性の高いミッションを遂行する、誇り高きプロフェッショナルです。
そして、プロフェッショナルの仕事とは、自らの業務の価値と内容を、関係者に正しく説明し、理解を得て、必要な資源を確保することも含みます。
「楽な仕事だ」という誤解は、あなたを苦しめる言葉であると同時に、あなたの仕事の価値を、社内に向けて正しくプレゼンテーションする、最高の機会を与えてくれているのです。その機会を活かし、あなたの”見えない頑張り”を、誰もが認める“偉大な貢献”へと、あなた自身の力で変えていってください。