『〇〇大学から5人採れ』という“亡霊”を乗り越えるデータ駆動型採用
「役員が突然『今年は〇〇大学から最低5人採れ』と…。学歴フィルターが問題視されるこの時代に、何度説明すれば分かってくれるのか。過去の成功体験という名の亡霊に、心が折れそうです。」
まるで、何十年も前の古い海図を渡され、「この通りに航海しろ」と命じられている船長のよう。現代の採用市場という、全く新しい海流や天候を無視した無謀な指令に、途方に暮れてしまう。その理不尽さと、徒労感。
この問題の本質は、役員が意地悪なのではなく、彼/彼女が最も成功した時代の「勝利の方程式(=特定の大学からの採用)」という過去の成功体験に、強く囚われてしまっていることにあります。
その「過去の常識」という名の亡霊と、正論で戦うことをやめ、敬意ある「翻訳」と、客観的な「データ」を用いて、役員を「過去の語りべ」から「未来の採用戦略のパートナー」へと変えるための、新しい時代の経営陣対話術をご提案します。
ステップ0:まず、なぜあなたの役員は”過去”に囚われているのか?を診断しよう
時代錯誤とも思える指示の裏には、役員なりの論理や背景が存在します。
- □ 過去の成功体験・固執型:
自らが〇〇大学出身であったり、過去に採用した同大学出身者が、会社の成長に大きく貢献したという、強烈な成功体験がある。 - □ 現状認識・アップデート不足型:
学生の価値観の多様化や、大学間の序列の変化、新しい学部の台頭といった、現代の採用市場のリアルを全く知らない。 - □ 「大学名=質」の神話・信奉型:
「〇〇大学の学生なら、基礎能力や地頭は間違いない」という、学歴と能力を安易に結びつける、古い価値観(学歴神話)を信じている。 - □ 採用プロセスのブラックボックス型:
近年の採用活動が、いかに多様なチャネルと、科学的な評価手法で行われているかを知らず、シンプルで分かりやすい「大学名」という指標に頼ってしまう。 - □ 人事への不信・軽視型:
採用チームの専門性を信頼しておらず、「人事がやることはよく分からないから、とりあえず分かりやすい指示を出しておこう」と考えている。
これらの背景を理解することが、相手を「話の通じない頑固者」と断罪するのではなく、「敬意を払うべき、しかしアップデートが必要なステークホルダー」として向き合うための第一歩です。
ステップ1:思想をアップデートする。「正論での対立」から「データでの対話」と「代替案の提示」へ
「学歴で選ぶ時代ではありません!」という正論(WHAT)のぶつけ合いをやめ、「おっしゃる通り、〇〇大学出身者には素晴らしい方が多いですね(YES)。彼らの強みを分析したところ、AとBという共通点がありました(WHY)。そこで、その強みを持つ人材を、大学名を問わず獲得するために、このような新しい戦略(HOW)はいかがでしょうか?」という、「YES, WHY, HOW」の対話法に転換します。
あなたの仕事は、役員の指示を否定することではありません。その指示の裏にある「真の意図」を汲み取り、それを現代の採用市場で、より高い確率で実現するための「より優れた作戦」を提案する、優秀な参謀になることです。
ステップ2:“亡霊”を“最強の味方”に変える、具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「無茶な目標」を「共に創る戦略」に変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「ターゲット大学出身・活躍人材」のコンピテンシー分析
・役員に「この強みこそが求めるべき要件」と提案
・役員の納得感
・評価基準の質の向上
2. 「データ」で示す、ターゲット大学採用の現実
・「承諾率を3倍にするのは非現実的。△△大学や□□大学も狙いましょう」と代替案を提示
・データドリブンな戦略への移行
・採用担当者への信頼向上
3. 「代替案」としての多様な母集団形成プラン
・プランB:複数大学+イベント+スカウト媒体(低リスク・高確率)
・予算と効果を提示し、役員に選択させる
・採用チャネルの多様化とリスク分散
・担当者の戦略家評価の向上
4. 役員を「採用イベントの主役」として巻き込む
・役員の母校愛を動画や記事にして採用コンテンツ化
・役員の当事者意識向上
・採用ブランディングの向上
成功のための深掘り解説
打ち手1:「ターゲット大学出身・活躍人材」のコンピテンシー分析
これは、役員の成功体験を否定せず、むしろ最大限に尊重するという、極めて重要なアプローチです。「おっしゃる通り、〇〇大学出身者は素晴らしいですね!」と肯定した上で、「その素晴らしさの本質を、私たちが分析しました」と続ける。これにより、議論は「どの大学か」という表層的なものから、「どんな能力を持つ人材か」という、より本質的なものへと移行します。これは、役員の顔を立てつつ、実質的な主導権を握る、高度な対話術です。
打ち手2:「データ」で示す、ターゲット大学採用の現実
採用担当者が、感情や正論で「無理です」と言うから、対立が生まれます。そうではなく、客観的な「数字」に、「無理です」と語らせるのです。「私が言っているのではありません。データが、そう示しているのです」というスタンスは、極めて強力です。これにより、議論は「やる気の問題」ではなく、「確率とリソース配分の問題」という、冷静な経営判断の土俵へと移ります。
打ち手3:「代替案」としての、多様な母集団形成プランの提示
人は、一つの選択肢を否定されると反発しますが、複数の選択肢の中から「選ぶ」ことは、むしろ好みます。役員に「A案とB案、どちらがより賢明な投資だとお考えですか?」と問いかけることで、あなたは彼を「指示を出す人」から、「経営判断を下す人」へと、その立場を変えることができます。この「選ぶ権利」を相手に委ねることが、最終的な合意形成をスムーズにします。
打ち手4:役員を「採用イベントの主役」として巻き込む
役員の「〇〇大学への想い」は、使い方次第で、採用活動の強力な武器になります。そのエネルギーを、無茶な目標設定という形で暴発させるのではなく、学生への魅力的なストーリーテリングという、建設的な形で発散させてあげるのです。自分の母校への想いを熱く語る場を提供され、学生から尊敬の眼差しを向けられれば、役員も満足し、採用担当者への信頼も深まるという、一石二鳥の打ち手です。
明日からできることリスト
- ・過去に採用した〇〇大学出身者を数名ピックアップし、どのような強みを持っていたかを分析してみる(例:どのスキル/思考パターン/育成経路が共通していたか)
- ・採用統計データ(応募者数・内定承諾率・現場での定着率など)を大学別ではなく属性別で整理し、学歴以外の“成功因子”を可視化できる表を作ってみる
- ・次回役員とのミーティングに「複数大学+スカウト媒体案」の代替案をひとつ提案できるよう、準備しておく
- ・採用イベントや会社説明会に役員を登壇してもらう機会をひとつ企画し、母校愛や経験談を語ってもらう準備をしておく
- ・提案資料に「ターゲット大学出身者の活躍事例」を混ぜ込み、大学名ではなく“その人が持っていた能力”を中心に説明するスライドを作成する
「指示に従う部下」ではなく、「経営者を導く、戦略参謀」
採用担当者は、経営陣からの時代遅れな指示を、ただ実行するオペレーターではありません。
あなたは、採用市場という、専門領域における、経営者の「目」となり「耳」となり、そして「頭脳」となる、戦略参謀なのです。
「〇〇大学から5人採れ」という言葉は、あなたを困らせるためのものではありません。
それは、「私は、こういう人材が欲しいのだが、どうすれば採れるか分からん。助けてくれ」という、役員からの不器用で、しかし切実なSOSなのです。
そのSOSを、真正面から受け止め、敬意と、データと、そしてより優れた戦略案をもって応えること。
その姿勢こそが、あなたを単なる担当者から、組織の未来を左右する、不可欠なビジネスパートナーへと引き上げてくれるはずです。