『採用はコスト』の壁を突破する“事業貢献”の数値化
「『採用は未来への投資だ』と朝礼では言うのに、採用予算の稟議は真っ先に削られる。投資と言いながら、コストとしか見ていないのが見え見えです…。」
経営陣が語る、耳障りの良い「投資」という言葉。しかし、現実の予算審議では、採用費は真っ先に削減対象となる「コスト」として扱われる。その矛盾と、自らの仕事が軽んじられているかのような感覚。
この問題の本質は、経営陣が嘘つきなのではなく、採用担当者が話す「人事の言葉」と、経営陣が理解する「経営の言葉」との間に、致命的な断絶があることです。採用の「投資対効果(ROI)」が、具体的な数字で示されていないため、景気が悪くなれば、真っ先に“よく分からない”予算から削られてしまうのです。
その悔しい「言語の壁」を打ち破り、採用担当者を「予算を要求する担当者」から、事業の未来に投資する「投資家」へと進化させるための、新しい時代の採用ROI可視化術をご提案します。
ステップ0:なぜ、あなたの”投資”は”コスト”と見なされるのか?を診断しよう
採用予算が、聖域なきコストカットの対象となってしまう背景には、採用部門のプレゼンテーションにおける、いくつかの構造的な弱点があります。
- □ ROI・ブラックボックス型:
採用活動にかけた費用に対し、どれだけの成果(質の高い人材の獲得、事業への貢献)があったのか、投資対効果(ROI)が全く示されていない。 - □ 言語・未翻訳型:
報告内容が、「説明会を〇回実施」「〇〇名と面接」といった「活動報告」に終始しており、それが「事業の〇〇という課題解決に、どう繋がったのか」という「成果報告」に翻訳されていない。 - □ 短期視点・支配型:
採用の成果(リターン)が、数年単位で現れる長期的なものであるにも関わらず、短期的なコストとしてしか議論されていない。 - □ 他部門との連携・不足型:
採用計画が、事業部の売上目標や、開発部門のプロダクトロードマップといった、具体的な事業計画と明確に連動していない。 - □ 採用担当者のプレゼン力・不足型:
採用担当者自身が、財務諸表や事業計画を読み解き、自らの活動を経営言語でプレゼンテーションするスキルを持っていない。
これらは全て、採用を「人事の仕事」という枠の中で自己完結させてしまい、「経営の仕事」の一部として語れていないことが原因です。
ステップ1:思想をアップデートする。「人事の言葉」から「経営の言葉」へ。翻訳の準備をする
「採用は未来への投資だ」という社長の言葉を、**最高の”錦の御旗”**として利用します。そして、その「投資」の効果を測定し、報告する責任者として、自らを位置づけます。
【採用担当者の新しい役割】
人的資本の投資対効果を最大化する、ポートフォリオ・マネージャー
あなたは、もはや単なる採用担当者ではありません。どの採用チャネルに、いくらの予算を”投資”すれば、会社の未来にとって、最も大きな”リターン”を生むかを設計し、経営陣にプレゼンテーションする、投資のプロフェッショナルなのです。
ステップ2:“コスト”という認識を“戦略的投資”へと変える、具体的な打ち手
思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「聖域なきコストカット」を「聖域ある戦略投資」へと変える4つの打ち手をご紹介します。
1. 「採用活動のKGI」を、事業のKGIと接続する
・常に事業目標を主語にして語る。
・採用予算の確保率・前年比
・採用担当者の社内評価(戦略的パートナー化)
2. 「もし、この予算を削ったら」の損失シミュレーション
・遅延による機会損失を金額換算して経営層に示す。
・経営層の採用重要性認識の変化
・事業部との連携強化
3. 「チャネル別ROI」分析に基づく、賢い予算配分案
・ROIの低いチャネルを停止し、高ROIチャネル(例:リファラル)に集中投資を提案。
・採用活動のROI向上
・分析力・提案力への信頼向上
4. 「成功事例」を事業貢献の物語として社内広報
・採用投資の成果を事業貢献の物語にする。
・現場社員の採用協力意欲の向上
・説得力ある実績の蓄積(次年度予算申請に活用)
💡 成功のための深掘り解説
打ち手1:「採用活動のKGI」を、事業のKGIと接続する
これは、議論の“土俵”を、人事から経営へと移すための、最も重要なマインドセットです。あなたの仕事は、単に人を採用することではありません。採用という手段を通じて、事業目標を達成することです。このスタンスで語ることで、あなたの予算申請は「人事部のお願い」から、「事業を成功させるための、必要不可欠な投資提案」へと、その意味合いが全く変わります。
打ち手2:「もし、この予算を削ったら」の損失シミュレーション
人は、「得られる利益」よりも、「失う損失」の方に、強く心を動かされます(プロスペクト理論)。「予算をください」とお願いするより、「この予算を削ると、これだけの損失が出ますよ」と、リスクを提示する方が、経営者は真剣に耳を傾けます。これは、採用担当者が、自らの仕事を「事業全体のリスク管理」の一部として捉えていることを示す、極めて高度なコミュニケーション術です。
打ち手3:「チャネル別ROI」分析に基づく、“賢い”予算配分案の提示
ただ「予算を削らないでください!」と抵抗するだけでは、思考停止した抵抗勢力と見なされます。そうではなく、「分かりました。厳しい状況は理解しています。では、この制約の中で、最高の結果を出すための、これが私のプロとしての提案です」と、代替案を提示するのです。これにより、あなたは単なる担当者から、経営課題を共に解決する、信頼できるビジネスパートナーへと昇格します。
打ち手4:「成功事例」を、“事業貢献の物語”として社内広報する
採用の成果は、放っておくと誰の記憶にも残りません。採用担当者自らが、自らの仕事の価値を、ストーリーテラーとして、社内に向けて語り続ける必要があります。「あの時の投資が、今のこの成功に繋がっている」という物語を、繰り返し、具体的に伝えること。この地道な社内広報活動が、「やはり、採用は最も重要な投資だ」という企業文化を、少しずつ、しかし確実に醸成していくのです。
明日からできることリスト
- ・過去1年分の採用データを整理する
応募数、採用数、その人たちの事業部での成果・定着率などを集め、「どの採用が事業にどれだけ貢献したか」の仮の数字モデルを作ってみる。 - ・「もしこの予算を削ったら起こること」のシナリオを2〜3案用意する
予算削減がどのような遅延やコスト・機会損失を生むかを事業インパクトの視点で可視化して、次の予算審議に備える。 - ・採用チャネル別で定量評価できる指標を設ける
各チャネル(求人媒体/スカウト/紹介など)での応募数→合格率→定着率などの流れを追う表を作成し、「高ROI/低ROI」のチャネルを見える化する。 - ・社内報や社内ミーティングで、採用した人材の具体的な貢献ストーリーを一つ共有する
入社後成果を上げた社員の話を「投資の成果」として語ることで、採用部門の価値を伝えられる。 - ・次の予算申請資料を「事業目標との接続」「投資リスク・機会コスト」「チャネルROI分析」などの要素を必ず含めるよう草案を一枚作る
上司や経営陣へのプレゼン用に、これらを反映したスライド案を準備。
「予算を死守する」ことではなく、「投資対効果を証明する」こと
採用担当者は、経営陣に予算を”おねだり”する、弱い立場ではありません。
あなたは、会社の人的資本に関する、誰よりも深い知見とデータを持つ、最高の専門家なのです。
社長の「採用は未来への投資だ」という言葉を、ただの綺麗事で終わらせるか、それとも、**会社の未来を創るための、具体的な事業計画へと昇華させるか。**その鍵は、全てあなたが握っています。
感情で訴えるのをやめ、データで語ること。
コストセンターとしての立場を嘆くのをやめ、プロフィットセンターに貢献する投資家として、堂々と振る舞うこと。
その姿勢こそが、あなたの仕事の価値を、あなた自身の力で証明する、唯一の道なのです。応援しております!