打ち手辞典

『ユニークな採用』という“矛盾した指令”を乗り越える“改善型”イノベーション

「『ユニークな採用をしろ』と言うので、斬新な企画を提案したら『奇をてらいすぎだ』『リスクが取れない』と却下される。まるで『アクセルとブレーキを同時に踏め』と言われているかのようで、一体どうすればいいんだ…。」

上層部が求める「革新」と、彼らが恐れる「リスク」。その矛盾した指令の板挟みで、挑戦の翼をもがれるような無力感。あなたのその、前に進むことも、留まることも許されないような、息苦しい気持ち。

この問題の本質は、上層部が「イノベーションの“果実”は欲しがるが、そのために必要な“土壌(=試行錯誤や失敗のリスク)”は受け入れたくない」という、極めて自己矛盾した願望を抱いていることにあります。

その矛盾した指令を「無理難題」と嘆くのをやめ、上層部の「リスク回避」という本音に徹底的に寄り添いながら、彼らが思わず「それなら、やってみろ」と言いたくなるような「安全な挑戦」をデザインするための、新しい時代の企画提案術をご提案します。


ステップ0:まず、なぜあなたの“斬新な企画”は”奇策”と見なされるのか?を診断しよう

意欲的な提案が、上層部の固い壁に阻まれてしまう背景には、提案の「伝え方」に潜む、いくつかの構造的な欠陥があります。

  • □ 目的と手段・未接続型:
    「メタバースで説明会をやりたい(手段)」という話が先行し、「それによって、採用における“何の課題”が、”どう”解決されるのか(目的)」という、最も重要なストーリーが語られていない。
  • □ リスク・丸裸型:
    企画の華やかなメリットばかりを強調し、想定されるリスク(「学生が集まらなかったら?」「炎上したら?」)と、その対策について、自ら言及していない。
  • □ 「0→1」への過剰期待型:
    「いきなり、予算1000万円で、全く新しいイベントを立ち上げたい」といった、あまりに飛躍の大きい提案をしてしまい、上層部を心理的に萎縮させている。
  • □ 社内文化・無視型:
    堅実な社風の会社で、いきなり「TikTokでダンス動画を」といった、文化的に異質な提案をしてしまい、「うちの会社がやることではない」と一蹴される。
  • □ 上層部の”言語”・未翻訳型:
    提案が、「面白そう」「学生にウケそう」といった定性的な言葉に終始し、上層部が理解できる「費用対効果」「競合優位性」といった経営言語に翻訳されていない。

これらは全て、上層部という「聞き手」の不安や関心事を無視し、「話し手」の論理だけで提案してしまっていることが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「斬新なアイデア」から「戦略的な実験」へ

「ユニークな採用」という言葉の呪縛から、まず自らを解放します。私たちが本当にすべきは、ユニークなことではなく、「採用課題を、より効果的・効率的に解決すること」です。その解決策が、結果的にユニークに見えることがある、というだけです。

【新しい提案の思考法】

「トロイの木馬戦略」

「改善」や「効率化」といった、誰もが反対しにくい、安全な“木馬”の中に、「革新」という名の兵士を忍ばせて、上層部の意思決定という城壁を突破します。

あなたの役割は、「革命家」ではなく、あくまで「改善提案者」です。このスタンスが、上層部の警戒心を解く鍵となります。


ステップ2:“却下”を”承認”に変える、新しい提案の技術

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「奇をてらいすぎ」を「それは面白い改善案だ」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「課題解決」から逆算した企画ストーリーを構築する

難易度 コスト 期間 提案時
目的
アイデアの斬新さではなく、必然性を説く
具体策
・提案冒頭で課題を明確に共有。
・「課題→従来の限界→新しい解決策」とストーリー構築。
・アイデアを「解決策」として位置づける。
主要KPI
・企画の説得力向上
・上層部の当事者意識の醸成
・企画承認率の向上

2. 「リスク」と「対策」をセットで提示する

難易度 コスト 期間 提案時
目的
上層部の不安を先回りして解消し、信頼を獲得する
具体策
・提案書に「想定リスクと対策」を明記。
・例:「リスク:参加者不足 → 対策:大学研究室と連携し人数確保」。
・「リスクは3点、それぞれこう対策」と先手を打つ。
主要KPI
・上司の心理的安全性の確保
・提案承認率の向上
・リスク管理能力への評価向上

3. 既存施策の「一部」をユニークに置き換える

難易度 コスト 期間 提案時
目的
変化の振れ幅を抑え、”前例”感を演出する
具体策
・ゼロから新規イベントではなく、既存施策の一部を置き換える。
・例:説明会冒頭30分を「課題解決ミニケース」に変更。
・成功後は段階的に拡大。
主要KPI
・実行ハードルの低下
・迅速な仮説検証の実現
・段階的な成功体験の積み重ね

4. 「もし成功したら」の未来像を語る

難易度 コスト 期間 提案時
目的
小さな実験が大きなリターンに繋がる可能性を示す
具体策
・低リスクなパイロット提案後、「成功すれば来期は本格展開」へ繋げる。
・例:「成功でエージェント費用△%削減の可能性」と未来を提示。
主要KPI
・企画期待値の向上
・経営層のワクワク感の醸成
・採用活動の戦略的昇華

成功のための深掘り解説

打ち手1:「課題解決」から逆算した企画ストーリーを構築する

上層部は、「面白いこと」自体には興味がありません。彼らが興味があるのは、「会社の課題が解決されること」です。あなたの企画が、いかに「面白いか」ではなく、いかに「儲かるか、強くなるか、有名になるか」に貢献するか、というストーリーを、彼らの言語で語ること。これにより、あなたの提案は「担当者の趣味」から「会社の未来への投資」へと、その意味合いが大きく変わります。

打ち手2:「リスク」と「対策」をセットで、先回りして提示する

これは、上司の頭の中にある不安を、あなたが代弁してあげるという、極めて高度なコミュニケーション術です。「リスクを考えていない、夢見がちな担当者だ」と思われるのではなく、「ここまでリスクを洗い出し、対策を考えている、頼もしい担当者だ」と、信頼を勝ち取るための、最高のプレゼンテーションです。リスクを語ることを、恐れてはいけません。

打ち手3:既存施策の「一部」を、ユニークなものに置き換える

人間は、全く未知のものには恐怖を感じますが、見慣れたものの中の、少しの目新しさには、好奇心を抱きます。「説明会」という慣れ親しんだ枠組みの中で、コンテンツを少しだけ変える。この「変化のグラデーション」を意識することで、組織の変革アレルギーを、最小限に抑えることができます。これは、大きな改革を成し遂げるための、賢い戦略です。

打ち手4:「もし成功したら」の、スケーラブルな未来像を語る

上層部は、常に「それで、最終的にどうなるんだ?」という、長期的な視点を持っています。小さな実験の提案でリスクの小ささ(守り)をアピールしつつ、その先に広がる大きなリターン(攻め)も同時に示すこと。この緩急自在のプレゼンテーションが、「まあ、その程度の小さいリスクで、そんなに大きな夢が見られるなら、一度やらせてみるか」という、彼らの心を動かすのです。

明日からできることリスト

  • ・内定者や説明会参加者に「ウェルカムメール」に手書き風のメッセージや写真を一言添えて、親近感を高める温かさの演出を試してみる。
  • ・入社前にメンターや現場スタッフから「歓迎の気持ち」を込めた短い動画メッセージを撮り、内定者に共有するしくみを考えてみる。
  • ・いずれかの選考フェーズ終わりに、「今日の感想や意見を少しだけ教えてください」という軽い感想フォームを導入し、その声に対してリアルタイムで返信する。
  • ・面接官や広報担当と相談して、「候補者とのコミュニケーションに温かな語り口調を意識する」ワークショップを5分程度試してみる。
  • ・オンライン座談会や説明会で、司会者から必ず「今日は一緒に大学生気分で話しましょうね」といった場所作りの一言を冒頭に入れて、リラックス感を演出する。

「理解のない上司を嘆く」ことではなく、「上司がGOサインを出しやすい”お膳立て”をする」こと

採用担当者は、ただ面白いアイデアを出すだけの、企画屋ではありません。

組織の心理的な壁や、意思決定のメカニズムを深く理解し、その中で、いかにして変革の種を芽吹かせるかを設計する、社内政治家であり、心理学者なのです。

「ユニークな採用をしろ」と「リスクは取るな」という矛盾した指令は、あなたを困らせるためのものではありません。

それは、「私の不安を取り除き、挑戦するに値すると、私を説得してみせろ」という、上層部からの挑戦状なのです。

その挑戦状に、情熱だけでなく、知性と戦略をもって応えること。

その姿勢こそが、あなたを単なる担当者から、組織に変革をもたらす、信頼されるリーダーへと引き上げてくれるはずです。