打ち手辞典

『そもそも認知がない』という“不都合な真実”を上司に突きつける戦略提案

「上司にはこんなこと言えないけど、どんなに魅力的な説明会を企画しても、どんなに面白い選考を設計しても、そもそも会社の存在を知られていなければ、学生は応募どころか、検索すらしてくれない。全ての施策が、空振りに終わる…」

まるで、最高の種と最新の農具を持っているのに、そもそも畑がカラカラに乾ききっていて、一つの芽も出ない農家のよう。根本的な土壌の問題から目をそらし、「もっと良い種を蒔け」「もっと効率的に耕せ」と、戦術レベルの改善ばかりを求められる。

この問題の本質は、あなたの個別の採用施策が悪いのではなく、採用活動の、あまりにも“上流”にある「認知」という、最も重要な蛇口が、固く閉ざされているという、極めてシンプルな、しかし、根深い戦略上の欠陥にあります。

その「そもそも認知がない」という、採用担当者が抱える最大の“不都合な真実”を、単なる愚痴や言い訳で終わらせるのではなく、経営陣をも納得させる客観的な「データ」と「ロジック」で武装し、組織全体の採用戦略を、根底から変革するための、具体的な打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの正論は“言い訳”に聞こえてしまうのか?を診断しよう

「認知が足りない」という正しい指摘が、上司に響かない。その背景には、あなたの伝え方と、上司の思考様式との間に、いくつかの”ズレ”が存在します。

  • □ データなき主張型:
    「肌感覚として、認知度が低いと感じます」といった、主観的で、感覚的な言葉でしか、問題を語れていない。
  • □ 「できない理由」の羅列型:
    「認知がないから、応募が来ないんです」と、現状の施策がうまくいかない理由として、認知不足を”言い訳”のように使ってしまっている。
  • □ 費用対効果・不明瞭型:
    「認知度向上のために、イベントをやりたい」と提案しても、そのイベントが、最終的にどれだけの応募に繋がるのか、費用対効果を説明できていない。
  • □ 「刈り取り」への過剰依存型:
    組織全体が、求人広告や人材紹介といった、今すぐ応募してほしい層にアプローチする「刈り取り型」の施策にしか予算を使わず、「種まき(認知度向上)」の重要性を理解していない。
  • □ 経営層の”言語”・未翻訳型:
    「エンプロイヤーブランディングが…」といった人事の専門用語で語ってしまい、上司が理解できる「採用ファネル」「リード獲得」「コンバージョン」といった、マーケティングの言葉に翻訳できていない。

これらは全て、問題を「人事の悩み」として語ってしまい、「経営の課題」として提示できていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「戦術の失敗」から「戦略の不在」へ。議論の次元を上げる

採用活動を、マーケティングの「ファネル(漏斗)」で捉え直します。このフレームワークこそが、上司と対話するための、最強の”共通言語”です。

【採用マーケティング・ファネル】

  1. 認知(Awareness): そもそも、社名を知っているか? ←いま、問題はここ!
  2. 興味・関心(Interest): 面白そうな会社だと、興味を持っているか?
  3. 比較・検討(Consideration): 他社と比較し、選択肢に入れているか?
  4. 応募(Application): 実際に応募してくれるか?

【上司への新しい説明ロジック】

「部長、現在、私たちの採用施策は、ファネルの最下層である『応募』を増やすことばかりに注力しています。しかし、データを見ると、そもそもファネルの最上層である『認知』の段階に、ほとんど学生が流入していません。これは、乾いた川の河口で、必死に魚を釣ろうとしているようなものです。まず、水源である『認知』のダムに、水を貯める戦略から始めませんか?」


ステップ2:“不都合な真実”を”最優先課題”へと変える、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「言い訳」を「経営提案」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「採用ファネル」の現状を、データで可視化する

難易度 コスト 低~中 期間 1~3ヶ月
目的
問題の深刻さを、誰もが否定できない客観的事実として提示する
具体策
・ターゲット学生総数に対する認知度、サイト流入、応募数をファネル化
・「10万人のターゲットに対し、認知500人」と明確に課題を提示
主要KPI
・ファネル可視化とボトルネック特定
・経営層からの課題認識合意
・データドリブン文化の醸成

2. 「認知獲得施策」のROIをシミュレーションする

難易度 コスト 期間 提案時
目的
施策を「測定可能な投資」として具体的に提案する
具体策
・Webメディアへの記事広告出稿を例にシミュレーション
・投資額 → リーチ数 → 流入数 → 応募数を数値で算出
主要KPI
・認知施策への承認取得
・効果測定と改善サイクル
・担当者へのマーケ力信頼向上

3. 「刈り取り型施策」の限界とコスト増を提示する

難易度 コスト 期間 提案時
目的
現状手法の非効率さを示し、中長期施策の必要性を訴える
具体策
・過去3年のCPCや決定フィー推移をグラフ化
・CPA上昇と母集団枯渇を危機感として共有
主要KPI
・現状維持リスクの提示
・新施策必要性の醸成
・戦略視点の中長期シフト

4. 低コストで始める「認知獲得の実証実験」を提案する

難易度 コスト 期間 1~3ヶ月
目的
小さな成功体験から始め、社内を動かす
具体策
・予算ゼロで、社員に月1本ブログ投稿を依頼
・3ヶ月後に検索流入の変化を検証
主要KPI
・スモールスタートの実現
・低コスト効果検証
・成功事例の創出と協力体制形成

成功のための深掘り解説

打ち手1:「採用ファネル」の現状を、データで可視化する

これが、あなたの“正論”を、”言い訳”から“経営課題”へと昇華させる、最も重要な可視化ツールです。一枚の分かりやすいグラフは、1時間の会議での弁明よりも、遥かに雄弁です。このファネルを見せることで、議論は「なぜ、応募者が少ないんだ!(戦術)」から、「なぜ、そもそも知られていないんだ!(戦略)」へと、一気に次元が引き上げられます。

打ち手2:「認知獲得施策」の、ROIをシミュレーションする

「認知度を上げたい」という、ふわっとした目標は、予算会議では一蹴されます。そうではなく、「この認知度向上のための投資は、これだけの応募者増に繋がり、最終的に、採用単価をこれだけ下げる効果があります」と、未来の“リターン”を、具体的な数字で語るのです。これは、あなたが、単なる担当者ではなく、費用対効果を考える、ビジネスパーソンであることを証明します。

打ち手3:「刈り取り型施策」の、限界とコスト増を提示する

人は、「新しいことを始めるメリット」よりも、「今のままを続けるデメリット」の方に、強く心を動かされます。「種まきが重要です」と説くよりも、「このままでは、刈り取る麦が、来年にはなくなりますよ。しかも、値段は倍になりますよ」と、危機感を提示する方が、遥かに効果的です。これは、変化を促すための、強力な心理的アプローチです。

打ち手4:低コストで始める「認知獲得の“実証実験”」

上司の「No」の裏にあるのは、多くの場合、「失敗への恐怖」です。その恐怖を、「失敗しても、失うものはほぼありません」という、究極の低リスク提案で、取り除いてあげるのです。小さな実験で、小さな成功を積み重ね、「ほら、言った通り、効果があるでしょう?」という事実を、少しずつ証明していく。この地道なプロセスが、やがては、大きな戦略転換への、確かな信頼を勝ち取るのです。

明日からできることリスト

  • ・現状ファネル可視化のための簡易シートを作る
    • 「認知→検索流入→応募」という採用ファネルの現状をデータで整理。特に「認知に関する数値」(例:サイト流入前段階での想定接触数など)を紙やスライド一枚で可視化。
  • ・簡単なROIシミュレーション案を作成する
    • 小額のWeb広告やSNS広告を使う場合に、「投資額 → リーチ数 → サイト流入数 → 応募数」へ導ける流れを仮数字で設計し、「広告費 ×応募率」で仮説出す案を準備。
  • ・過去の広告コスト(CPA)推移をグラフにする
    • 成果が悪化しているなら、CPA(応募あたりのコスト)が上昇傾向であるデータをグラフで用意し、現状維持のリスクを上司に共有する。
  • ・社員ブログ投稿の企画をひとつ立案する
    • 社員に「会社を知らない学生に響く内容」を意識したブログ投稿を月1回依頼し、3ヶ月後に流入変化を評価する企画書を作成。
  • ・「認知向上施策」の提案資料を1枚スライドでまとめる
    • ファネル図/問題提起/仮ROI/提案施策概要(ブログ/広告/メディア露出など)を1スライドでまとめ、社内ミーティングで提案できるよう準備。

「言い訳の上手な担当者」ではなく、「不都合な真実を、データで語れる戦略家」

採用担当者は、成果が出ないことを、外部環境のせいにする、評論家ではありません。

あなたは、自社の採用活動が抱える、最も根源的な課題を、誰よりも深く理解し、その解決策を、経営の言葉で、論理的に提案できる、最高の戦略家なのです。

「認知がなければ、何も始まらない」

その、あなたが一人で抱え込んでいる“不都合な真実”は、決して、言ってはいけないタブーではありません。

それは、あなたの会社が、次のステージへと進化するために、あなたが、今こそ、経営陣に突きつけるべき、最も重要で、最も価値ある“提言”なのです。

その提言を、感情ではなく、データで語ること。

その先にこそ、あなたの苦しみが報われ、会社の未来が拓ける、新しい景色が待っているはずです。