打ち手辞典

『TikTokでバズれども、質は上がらず』のジレンマを解く“カルチャーシグナル”発信

「TikTokで採用広報を試してみた。学生の反応は良く、再生数や『いいね』も付く。しかし、応募してくる層は、私たちが本当に求めている人材とは、どこか違う。母集団の”質”が、全く上がらなかった…」

まるで、文化祭で大ウケする面白い出し物を披露したかのよう。多くの観客(学生)から拍手喝采(いいね・好反応)を浴びた。しかし、その観客の中から、誰一人として、本気で自分たちの劇団(自社)に入団したいという者はいなかった。その、「人気」と「成果」が結びつかない、深いジレンマ。

この問題の本質は、TikTokというプラットフォームがダメなのではなく、その「使い方」が、企業の魅力を伝えることから、単なる「エンターテイメント」へと、ズレてしまっていることにあります。

その「エンタメ化の罠」から抜け出し、採用担当者を「TikToker」から、自社の“文化”をショート動画で伝える「映像作家」へと進化させることで、“バズ”を、質の高い“母集団”へと転換するための、新しい時代の打ち手をご提案します。


ステップ0:なぜ、あなたの“バズ”は、“応募”に繋がらないのか?を診断しよう

再生数は多いのに、質の高い応募に繋がらない。その”空振り”の背景には、コンテンツの企画段階での、いくつかの典型的な失敗があります。

  • □ エンタメ至上主義型:
    流行りのダンスを踊ったり、面白いコントをしたり、といった、「バズること」自体が目的化し、それが自社の事業やカルチャーと、何の関係もない。
  • □ ターゲット不在・誰でも歓迎型:
    「誰が見ても面白い」コンテンツを目指すあまり、メッセージが薄まり、結果として、本当に来てほしい、専門性や、特定の価値観を持つ学生には響いていない。
  • □ ”仕事”のリアル・皆無型:
    動画で描かれているのが、社内イベントや、福利厚生といった、楽しそうな側面ばかり。社員が、実際にどんな顔で、どんな風に仕事に向き合っているかという、“働く”姿が全く見えない。
  • □ 「面白さ」と「入社動機」の断絶型:
    学生が抱く感情が、「この会社、楽しそう(=消費者目線)」で止まってしまい、「この会社で、自分のキャリアを築きたい(=当事者目線)」へと、昇華されていない。
  • □ 導線設計・不在型:
    動画の最後に、「面白かったら、いいねとフォローお願いします」としか言っておらず、本当に興味を持った学生を、より深い情報がある採用サイトや、具体的なイベントへと誘導する“橋”がない。

これらは全て、TikTokを「入口」としてしか見ておらず、その先の「キャリア」へと繋がる道筋を、設計できていないことが原因です。


ステップ1:思想をアップデートする。「人気者」から「理解者」へ。TikTokの役割を再定義する

TikTok採用の思想を、こうアップデートします。

「TikTokは、採用の“フィルター”である」

私たちの目的は、全ての人に好かれることではありません。私たちの“ありのままのカルチャー”という名の、少し変わった、しかし、本質的な「信号(シグナル)」を発信し、その信号に、心地よく共鳴してくれる人だけを、惹きつける。それが、TikTok採用の真髄です。

「自社の独特な文化や価値観を、ショート動画という”翻訳機”を通して、世に伝える」

あなたの仕事は、面白い動画を作ることではありません。自社の“らしさ”が凝縮された、正直な動画を作ることです。


ステップ2:“バズ”を“質の高い応募”へと転換する、具体的な打ち手

思想のアップデートが完了したら、いよいよ具体的な戦術です。「面白いね!」を「私に、合ってるかも!」に変える4つの打ち手をご紹介します。

1. 「お仕事あるある」を、ユーモアを交えて発信する

難易度 コスト 期間 1~3ヶ月
目的
エンタメ性と事業理解を両立し、仕事のリアルを伝える
具体策
・職種特有の「あるある」をショートコント形式で表現。
・例:「コード1行で動いた時のエンジニアの脳内」「営業先での想定外質問の心の声」。
・面白さの中にリアルな仕事の一面を織り交ぜる。
主要KPI
・コメント欄の質的変化
・応募者のカルチャーフィット度
・採用ミスマッチの低減

2. 「企業文化・価値観」を、トレンドのフォーマットで表現する

難易度 コスト 期間 3~6ヶ月
目的
抽象的な理念を、若者のフォーマットで直感的に伝える
具体策
・自社バリューを、流行りの音源や動画フォーマットで表現。
・例:「#チャレンジして失敗したけど褒められた話」で社員の失敗談を紹介。
・コミカルかつ温かく、価値観を伝えるシリーズを制作。
主要KPI
・価値観の浸透度
・志望動機の質向上
・ブランディングの差別化

3. 「社員の”ガチ”なQ&A」を、ライブ配信や動画で届ける

難易度 コスト 期間 定期的
目的
台本なしの対話で透明性と誠実さを示す
具体策
・TikTokのQ&A機能やライブを活用。
・若手社員がNGなしで学生の質問に答える。
・厳しい質問にも誠実に回答し、信頼を獲得。
主要KPI
・視聴者数とコメントの質
・TikTok経由応募者の選考通過率
・透明性・誠実さの評価

4. 「次のステップ」への、明確なグラデーションを用意する

難易度 コスト 期間 常時
目的
”楽しい”を”もっと知りたい”に変換する受け皿を用意
具体策
・TikTokプロフィール欄に複数リンクを設置。
・例:①技術ブログ、②カジュアル面談、③採用サイト。
・TikTokを「入り口の案内役」と明確に位置付ける。
主要KPI
・プロフィールリンクのCTR
・採用サイト流入数と応募転換率
・ファネル全体の歩留まり向上

成功のための深掘り解説

打ち手1:「お仕事あるある」を、ユーモアを交えて発信する

最高のコンテンツは、「共感」から生まれます。不特定多数にウケる、一般的な「会社員あるある」ではありません。あなたの業界、あなたの職種で働く人しか分からない、マニアックで、専門的な「あるある」。それこそが、「この会社は、自分たちの仕事に、誇りと愛情を持っているんだな」というメッセージになり、同じ価値観を持つ、質の高い学生を惹きつける、強力な磁石となります。

打ち手2:「企業文化・価値観」を、トレンドのフォーマットで表現する

「挑戦」「協調性」といった、抽象的で、退屈な言葉を、ポスターのように掲げるのをやめましょう。その価値観が、実際に、社員のどのような「行動」として、日常に現れているのかを、ショート動画というフォーマットで、具体的に、そして、魅力的に見せるのです。文化とは、言葉ではなく、行動の総体です。その“生きた文化”を見せることが、何よりのPRになります。

打ち手3:「社員の”ガチ”なQ&A」を、ライブ配信や動画で届ける

学生が、企業の情報に対してもはや、「どうせ、良いことしか言わないんでしょ?」という、強い不信感を持っています。その不信感を打ち破る唯一の方法が、圧倒的な「透明性」です。良いことも、悪いことも、全てを正直に語る。“覚悟”を見せることで、あなたの会社は、その他大勢の、建前を語る企業から抜け出し、学生にとって「信頼できる、数少ない情報源」として、特別な存在になるのです。

打ち手4:「次のステップ」への、明確なグラデーションを用意する

TikTokであなたの会社に興味を持った学生の熱量は、まだ「ちょっと、面白いかも」というレベルです。その学生に、いきなり「応募してください!」という、高いハードルを提示してはいけません。熱量のレベルに合わせた、適切な、次のステップを用意してあげること。カジュアル面談、社員ブログ、説明会、そして、本選考。この丁寧な“階段”を設計することが、貴重な出会いを、途中で離脱させることなく、ゴールまで導く鍵となります。

明日からできることリスト

  • ・自社TikTok動画を3本分析する
    • 最近投稿したTikTok動画を選び、以下の観点で振り返ってみる:仕事のリアルが見えるか/応募者ターゲットに刺さる内容か/動画の最後に応募へ導く導線(リンク・説明会案内など)があるか。
  • ・仕事あるあるネタ案を3つ出す
    • 自社の業務でしかわからない「あるある」を社員にアンケートしたり現場観察して、「コードがビルド通った時」「営業先で予想外の質問を受けた時」などネタをストックし、まず一つ撮影してみる。
  • ・プロフィール欄や動画末尾の導線を見直す
    • TikTokプロフィールや各動画の最後に、「もっと会社のことを知る」「説明会・カジュアル面談申し込み」「採用サイトをチェック」などの選択肢を明確に提示する文言案を用意し、次の投稿で取り入れる。
  • ・社員によるガチQ&Aを設ける準備を始める
    • 若手社員または現場社員で、学生から普段聞きにくい質問(会社の厳しさ・働き方・評価制度など)に答えるセッションを企画し、Q&Aテーマリストを作っておく。
  • ・価値観・企業文化をショート動画で表現する企画案を立てる
    • 社員の失敗談やチャレンジした経験を「面白く」「共感できるフォーマット」で表現する案を一つ描き、ネタ出し・撮影スケジュールを仮決めする。
  • ・応募者の質を測る指標を整理する
    • 現在応募者の「質」をどう判断しているか(カルチャーフィット/スキル/動機など)を明文化し、どの動画出稿からその指標がよいかを測定できる体制(アンケート・面接評価)を準備する。

「バズるエンタメ企業」ではなく、「カルチャーが合う仲間と、出会えるコミュニティ」

採用担当者は、流行りのダンスを踊る、TikTokerではありません。

あなたは、自社のユニークで、時に風変わりな、しかし、愛すべき“企業文化”を、ショート動画という、現代の共通言語に翻訳して、未来の仲間に届ける、カルチャー・エバンジェリスト(文化伝道師)なのです。

学生の反応が良い、ということは、あなたは、すでに彼らの注意を引く、素晴らしい才能を持っている、という証拠です。

あとは、その注意を、「面白いね!」という一過性の感情から、「この文化、私にフィットする!」という、一生ものの確信へと、どう深化させるか。

その視点を持った時、あなたのTikTokは、ただ再生数を稼ぐためのツールから、最高の仲間を見つけ出すための、最強のフィルターへと、その姿を変えるはずです。