Z世代就活生の意思決定マトリクス

1. 新卒採用市場の概観:人材不足と早期化が規定する「売り手市場」

まずは、学生の企業選択行動の背景となるマクロ環境を分析します。採用市場における需給バランス、企業規模による採用格差、そして激化する競争がもたらす採用活動の構造的変化を定量的に把握し、現代の採用活動が直面する根本的な課題を明らかにします。

1.1 統計が示す現実:空前の「売り手市場」の常態化

2025年卒の大学卒業予定者を対象とした採用市場は、学生にとって極めて有利な「売り手市場」が継続、むしろ加速しています。リクルートワークス研究所の調査によると、大卒求人倍率は1.75倍に達し、前年の1.71倍から0.04ポイント上昇しました 。この数値は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で一時的に低下した2022年卒の1.50倍を底として、継続的な上昇トレンドにあることを示しています 。求人倍率1.75倍とは、民間企業への就職を希望する学生100人に対して175件の求人が存在することを意味し、構造的に企業側の人材獲得競争が激化している状況を浮き彫りにしています。  

この需給のアンバランスは、求人総数と就職希望者数の推移からも明らかです。全国の民間企業からの求人総数は前年の77.3万人から79.7万人へと2.4万人増加(対前年比+3.1%)したのに対し、学生の民間企業就職希望者数は45.1万人から45.5万人へと0.4万人の増加(対前年比+0.9%)に留まっています 。結果として、求人総数が就職希望者数を34.2万人も上回る「超過需要」状態が生じており、企業は限られた人材プールの中から必要な人材を確保しなければならないという厳しい現実に直面しています。この市場環境は、学生に選択の主導権を与え、彼らの企業選びの基準や行動様式に決定的な影響を及ぼす基盤となっています。  

1.2 機会の二極化:中小企業と大企業の採用格差

全体の求人倍率が示す売り手市場の実態は、企業規模によって大きく異なる様相を呈しています。特に、中小企業と大企業の間では採用における機会の格差、すなわち「採用二極化」が深刻化しています。

従業員規模300人未満の企業における大卒求人倍率は6.50倍という驚異的な高さに達しています 。これはコロナ禍以前のピークであった2019年卒の9.91倍、2020年卒の8.62倍に次ぐ高水準であり、中小企業が極めて深刻な人材獲得難に陥っていることを示しています。学生一人に対して6つ以上のポジションが用意されている計算になり、中小企業はまず学生の認知を獲得し、選択肢に加えてもらうこと自体が高いハードルとなっています。同様に、従業員規模300~999人の企業でも求人倍率は1.60倍と、比較可能な2010年卒以降で最も高い数値を記録しており、中堅企業においても人材確保の難易度が高まっています。  

その一方で、従業員規模5000人以上の大企業では、求人倍率は0.34倍と過去最低水準にまで低下しました。これは学生3人に対して求人が1件しかない計算となり、依然として一部の有名大企業には応募が集中し、学生間の厳しい競争が存在することを示唆していました。  

このデータの分析から導き出されるのは、採用市場が一枚岩ではないという事実です。大企業は多数の応募者の中から自社に最適な人材を見極め、数多の競合他社に打ち勝って入社受諾を得るための「惹きつけ」と「見極め」の精度が問われます。対照的に、中小企業はまず学生に存在を知ってもらい、興味を持ってもらうための「認知度向上」と、大企業とは異なる独自の魅力を提示する「差別化」が死活問題となっています。そのため、企業は自社が置かれた市場ポジションを正確に認識し、それぞれに最適化された採用戦略を構築する必要があります。画一的な採用アプローチでは、この二極化した市場で成功を収めることは極めて困難です。

1.3 企業のジレンマ:「母集団形成」と「辞退防止」の相克

深刻化する人材不足と採用競争の激化は、企業に二つの大きな課題を突きつけています。それは「母集団の拡大」と「内定辞退の防止」であり、この二つは現代の採用活動における最大のテーマとなっています。

ディスコの調査によれば、2025年卒採用における企業の最大のテーマとして「母集団の拡大」を挙げた企業は34.7%に達し、最重要課題として認識されています 。これは、学生が応募企業を絞り込む傾向が強まっていることの裏返しであり、まずは十分な数の応募者を集めなければ選考すらままならないという企業の危機感の表れです。  

しかし、仮に母集団形成に成功したとしても、次には「辞退防止」というさらに高いハードルが待ち構えています。同調査では「辞退防止(選考中、内定後)」が14.0%で次点となっており、多くの企業が内定を出しても学生に選ばれないという問題に直面していることを示しています。この問題の根深さは、学生一人当たりの内定取得社数と内定辞退率のデータによって裏付けられています。2025年卒学生の内定取得社数の平均は2.64社にのぼり 、多くの学生が複数の選択肢を天秤にかけています。その結果、リクルート就職みらい研究所の調査では、内定辞退率が63.8%という極めて高い水準に達しています。これは、企業が発行する内定のうち、実に3分の2近くが辞退されているという衝撃的な事実を意味します。  

この「母集団形成」と「辞退防止」の二重の課題は、企業に戦略的な矛盾を強いています。広く応募者を集めるためには間口を広げる必要があるが、それは同時に志望度が低い学生の流入を招き、結果として内定辞退率を高めるリスクを内包します。このジレンマを解消するためには、単に応募者数を増やすだけでなく、自社とのマッチング精度が高い学生を惹きつけ、選考プロセスを通じて志望度を高めていくという、より質を重視したアプローチが不可欠となります。

1.4 加速する採用活動:崩壊するタイムライン

激しい人材獲得競争は、採用活動のタイムラインを劇的に前倒しさせています。企業は他社に先駆けて優秀な学生との接点を確保しようと、政府が要請するスケジュールを大幅に前倒しで活動を開始しており、それに呼応して学生の就職活動も早期化の一途をたどっています。

リクルートの『就職白書2025』によると、2025年卒採用において、採用広報解禁前の「卒業年次前年2月まで」にWeb面接を開始した企業は49.2%、対面面接を開始した企業も38.6%に達しており、それぞれ前年から10ポイント以上増加しています 。これは、事実上、採用選考が3月を待たずに本格化していることを意味しています。内定出しの開始時期も同様に早期化しており、3月までに内定を出し始める企業が最多となっています。  

学生側の動きもこの早期化に完全に同調しています。卒業年次前年の9月までに就職活動を開始する学生は61.6%と過半数を占めています 。その結果、政府指針で採用選考活動の開始時期とされる6月1日時点で、学生の内定率は82.4%に達し、6割以上の学生がすでに就職活動を終了しているという状況が生じています 。  

この採用プロセスの極端な早期化と短期化は、企業と学生双方に大きな影響を与えています。企業にとっては、学生に自社の魅力を伝え、相互理解を深めるための時間が物理的に制約されます。短い期間で強い印象を残し、学生の心を掴むための、より効率的でインパクトのあるコミュニケーション戦略が求められます。一方で学生は、十分な自己分析や企業研究ができないまま、早期に内定を獲得し、意思決定を迫られることになります。その結果、43.6%もの学生が「就職先決定を振り返ると、安易に決めてしまったと感じる」と回答しており 、入社後のミスマッチや早期離職のリスクを高める一因となっている可能性があります。企業は、この加速する時間軸の中で、いかにして学生との間に本質的な関係性を構築し、納得感のある意思決定を支援できるかが問われています。  


表1:2025年卒採用市場の主要指標

指標2025年卒2024年卒対前年変化示唆
全体の大卒求人倍率1.75倍1.71倍+0.04ポイント企業の人材獲得競争がさらに激化し、学生優位の「売り手市場」が加速していることを示す。
求人倍率(従業員300人未満)6.50倍6.19倍+0.31ポイント中小企業における人材不足が極めて深刻なレベルに達しており、採用活動は困難を極める。
求人倍率(従業員5000人以上)0.34倍0.41倍-0.07ポイント大企業には依然として応募が集中し、学生間の競争は激しいが、企業側は優秀層の獲得競争に直面。
学生1人あたりの平均内定取得社数2.64社2.49社+0.15社学生は複数の選択肢を持つのが常態化しており、企業は常に比較・検討の対象に置かれている。
内定辞退率(3月卒業時点)63.8%63.6%+0.2ポイント内定を出しても3分の2近くが辞退されるという厳しい現実。内定後のフォローが極めて重要。

出典:リクルートワークス研究所 , リクルート就職みらい研究所 のデータを基に作成  


2. 学生の意思決定マトリクス:企業選択を支える5つの柱

前述した「売り手市場」というマクロ環境下で、学生は具体的にどのような基準で企業を評価し、選択しているのでしょうか。ここでは、各種調査データに基づき、学生の意思決定プロセスを「5つの柱」として構造化し、それぞれの重要度と背景にある学生心理を詳細に分析します。

2.1 第1の柱:安定性の追求(“安定”)

現代の学生が企業選択において最も重視する要素は、6年連続で「安定している会社」です 。マイナビの調査では、実に49.9%の学生がこの項目を選択しており、過去4年間にわたってその割合は増加し続けています。これは、単なる伝統的な価値観の回帰ではなく、先行きの不透明な社会情勢や経済環境に対する、Z世代の現実的かつ切実な防衛意識の表れと解釈できます。  

この安定志向は、「大手企業志向」の復活という形で具体的に現れています。大手企業を志向する学生の割合は53.7%に達し、3年ぶりに半数を超えました 。この背景には、近年の物価高や実質賃金の低下といった経済的な不安感があります。大手企業が主導する形で賃上げや初任給引き上げのニュースが報じられる中、学生は経済的な安定を確保する最も確実な選択肢として、大手企業に魅力を感じていると考えられます 。  

ただし、彼らの大手志向は盲目的なものではありません。「絶対に大手企業がよい」という強い意志を持つ学生は1割未満であり、最も多いのは「自分のやりたい仕事ができるのであれば大手企業がよい」(43.9%)という条件付きの回答です 。これは、学生が「安定」という基盤の上で、「自己実現」や「成長」といった次の欲求を満たそうとしていることを示唆しています。彼らにとっての「安定」とは、終身雇用を保証する旧来的なものではなく、自身のキャリアを主体的に築いていくための、揺るぎないプラットフォームとしての意味合いが強いです。企業は、自社の安定性をアピールするだけでなく、その安定した環境の中でどのような挑戦や成長が可能であるかを具体的に提示することが求められます。  

2.2 第2の柱:報酬への関心の高まり(“給与・待遇”)

経済的な安定を求める学生の意識は、「給与・待遇」に対する関心の急激な高まりとして、より直接的に表出しています。マイナビの調査では、「給料の良い会社」を選択する学生の割合が3年連続で増加し、23.6%に達しました。また、キャリタス就活の調査では、複数選択式の設問において「給与・待遇が良い」が45.2%で最多となり、「将来性がある」(44.3%)と並んで、学生が企業を評価する上での二大要素となっています 。  

この傾向は、社会情勢と密接に連動している。長引く物価高騰は学生の生活にも直接的な影響を及ぼしており、「奨学金の返済で将来の金銭面が心配」といった具体的な不安の声も聞かれます 。こうした経済的なプレッシャーが、初任給やその後の給与水準に対する学生の目をより厳しいものにしています。  

同時に、企業側の動向も学生の意識を後押ししています。人手不足を背景に、多くの企業が人材獲得競争を勝ち抜くための施策として初任給の引き上げやベースアップを実施しており、2024年卒採用では約半数の企業が初任給を引き上げています 。このような賃上げのニュースは、学生にとって企業が従業員を大切にしているかどうかの分かりやすい指標となり、「給与」が企業選びの重要な判断基準として正当化される土壌を育んでいます。  

もはや給与や待遇は、福利厚生の一部といった副次的な要素ではなく、学生が自身の労働価値を測り、将来の生活設計を立てる上での根幹をなす、極めて重要なプライマリーな選択基準へと変化しています。企業は、自社の給与水準を客観的に市場と比較し、その魅力を透明性をもって伝えることが、優秀な学生を惹きつけるための前提条件となっています。

2.3 第3の柱:ワークライフバランスという必須条件(“働きやすさ”)

安定した基盤と十分な報酬が確保された上で、学生が次に求めるのは「働きやすさ」、すなわちプライベートな生活と仕事の調和です。マイナビの調査において、就職観として「個人の生活と仕事を両立させたい」と回答した学生の割合は24.5%に達し、全項目の中で最も大きな増加幅を見せました 。これは、Z世代にとってワークライフバランスが、単なる希望的条件ではなく、キャリアを考える上での譲れない必須条件であることを明確に示しています。  

この価値観は、具体的な働き方への強いこだわりとなって現れます。その最も顕著な例が「勤務地」に対する意識である。「希望する勤務地で働けそうだから」という理由は、学生が企業に応募するきっかけとして68.5%という圧倒的な支持を集め、トップに躍り出ています 。コロナ禍を経てリモートワークが普及し、働く場所の自由度が高まった経験から、学生は自らのライフプランを勤務地に縛られることなく設計したいと強く望んでいます。企業側もこのニーズに応える形で勤務地確約を掲げるケースが増え、学生の勤務地重視の傾向をさらに加速させています。  

逆に、この価値観に反する要素は、強力な忌避要因となります。「転勤の多い会社」は、「行きたくない会社」の項目で初めて3割を超え、学生が最も避けたいと考える企業特性の一つとなっています。背景には、共働きが一般的となる中で、一方の転勤がパートナーのキャリアを中断させてしまうことへの懸念や、住む場所を自分で決めたいという自己決定権への強い欲求があります 。  

これらのデータは、学生がもはや「会社に生活を合わせる」のではなく、「自分の生活に仕事を合わせる」という発想でキャリアを捉えていることを示しています。企業にとって、柔軟な働き方や勤務地の選択肢を提供することは、福利厚生の充実というレベルを超え、優秀な人材を惹きつけるための根源的な競争力となっています。

2.4 第4の柱:最終決定を左右する職場文化(“職場の雰囲気”)

安定性、給与、働きやすさといった実利的な条件が、学生の初期スクリーニングにおいて重要な役割を果たす一方で、複数の内定の中から最終的に一社を選ぶという意思決定の段階では、「職場の雰囲気」という情緒的・感覚的な要素が決定的な重要性を持ちます。

キャリタス就活の調査では、複数回答では5位(29.0%)に留まった「職場の雰囲気が良い」が、最も重視する点を一つだけ選ぶ単一回答では12.4%でトップに躍り出ています 。これは、学生が「条件の良い企業」の中から、最終的には「自分らしく働けそうな企業」を選ぼうとしている心理を明確に示しています。彼らは、たとえ待遇が良くても、人間関係にストレスを感じたり、窮屈な文化の中で働くことを望んでいません。  

この傾向は、内定承諾の決め手を調査したジェイックのアンケート結果でさらに裏付けられます。「社風がいいと感じた、社員の雰囲気がいい」が71.8%という圧倒的な割合で1位となっており、他の項目を大きく引き離しています 。自由記述の回答を見ても、「面接官や社員の印象がとても良かった」「選考を通して人事の方の熱意が伝わってきた」「説明会を受けて楽しそうと感じた」といった、直接的なコミュニケーションを通じて得られたポジティブな体験が、最終的な入社意欲に直結していることがわかります。  

これらの結果は、企業選びのプロセスにおける一種の「二段階意思決定モデル」の存在を示唆しています。第一段階では、学生は給与、安定性、勤務地といった客観的で比較可能な「ハードファクター」を用いて、応募する企業群を合理的にフィルタリングします。しかし、複数の内定を獲得し、条件面で甲乙つけがたい状況になった第二段階では、選考過程で感じた社員の人柄、コミュニケーションの質、組織の風通しの良さといった、主観的で情緒的な「ソフトファクター」が最終的な意思決定の鍵を握ります。したがって、企業は選考プロセス全体を、単なる評価の場としてではなく、自社の魅力的な文化を体験してもらうための重要な機会として設計する必要があります。

2.5 第5の柱:自己実現への渇望(“成長”と“やりがい”)

安定した環境で、良好な人間関係の中で働きたいと願う一方で、現代の学生は決して受け身ではありません。彼らは仕事を通じて自身の価値を高め、社会に貢献し、やりがいを感じることを強く求めています。この「成長」と「やりがい」への渇望が、企業選択における第5の重要な柱を形成します。

「やりたい仕事ができる、やりがいのある仕事ができる」は、内定承諾の決め手として41.5%の学生に支持され、「社風」に次ぐ第2位の理由となっています 。また、大手企業を志向する理由としても、「自分のやりたい仕事ができるのであれば」という条件が最も多く挙げられており 、学生が特定の職務内容や事業領域に対して明確な目的意識を持っていることがうかがえます。  

同様に、「仕事を通して成長できること」も、学生の意思決定に極めて大きな影響を与えています。半数近い学生がこの項目を「とても影響する」と回答しており 、キャリアの初期段階で専門性やポータブルなスキルを身につけたいという強い意欲が背景にあります。これは、Z世代が会社の看板に依存するのではなく、自身の市場価値を高めることで将来の安定を確保しようとする、現実的なキャリア戦略の表れでもあります 。  

自由記述回答からは、「これからの時代に重要な業界だと思うから」「社会の役に立つ業界だと感じたから」「自分の描くキャリアパス、ビジネスパーソン像に近かったから」といった声が寄せられており 、学生が単に職務内容だけでなく、その仕事が持つ社会的意義や、自身の長期的なキャリアビジョンとの整合性を重視していることがわかります。  

企業は、安定性や待遇といった「守り」の魅力を提供するだけでなく、学生がプロフェッショナルとして成長できる具体的な機会や、自社の事業が社会に与えるポジティブな影響といった「攻め」の魅力を力強く訴求することが、意欲の高い優秀な学生を惹きつける上で不可欠です。


表2:2025年卒学生の企業選択基準ランキング

順位選択基準複数回答での選択率最も重視する点(単一回答)内定承諾の最終理由主要な傾向と分析
1安定性49.9%  9.3%  (間接的に影響)6年連続トップ。経済不安を背景に、キャリアの基盤として最重要視される。特に大手志向に直結。
2給与・待遇45.2%  11.3%  27.8%  3年連続で増加。物価高と企業の賃上げ動向を受け、実利的な要求が顕在化。初期スクリーニングの重要指標。
3職場の雰囲気・社風29.0%  12.4%71.8%初期段階では中位だが、最終決定段階で圧倒的な決め手となる。情緒的・体験的要素が極めて重要。
4仕事のやりがい・内容N/AN/A41.5%  内定承諾理由の第2位。自己実現への欲求は高く、職務内容とのマッチングが強く求められる。
5働きやすさ・勤務地(間接的に多数)N/A13.0% (転勤なし)  応募のきっかけとして勤務地がトップ(68.5%) 。ワークライフバランスと自己決定権の重視が鮮明。  
6成長環境N/AN/A37.5%  内定承諾理由の上位。ポータブルなスキル獲得による自己の市場価値向上が、安定確保の手段と認識されている。

出典:マイナビ , キャリタス就活 , ジェイック , 学情 のデータを基に再構成  


3. Z世代のパラダイム:明日の労働力を形成する価値観

前項で詳述した企業選択の「5つの柱」は、単なる表面的な好みのリストではありません。それらは、現代の若者、すなわち「Z世代」が持つ独自の価値観や世界観の反映です。ここでは、彼らの行動の根底にある深層心理を掘り下げ、「安定」「成長」「プライベート」「帰属意識」といった概念が、上の世代とはどのように異なっているのかを解き明かします。

3.1 「安定」と「成長」の新たな定義

Z世代が「安定と保障」を強く求めるのは、実質賃金の低下や少子高齢化といった社会構造的な不安の中で育ってきたからに他ならなりません 。しかし、彼らが求める「安定」は、かつての日本企業が提供してきた「終身雇用」という形の安定とは本質的に異なります。  

過去の調査では、Z世代の64%が現在の勤務先に「2年以内」しか留まらないと回答しており、企業への帰属意識や忠誠心は総じて低い傾向にあります 。一方で、新卒で入社した企業で「定年まで」働きたいという回答が最多であるというデータも存在し 、一見矛盾しているように見えます。この矛盾を解く鍵は、彼らの安定確保の戦略にあります。彼らは、一つの組織に依存することにリスクを感じており、真の安定は、組織を離れても通用する個人の能力によってもたらされると考えています。  

したがって、彼らにとっての「成長」とは、会社への貢献のためだけにあるのではありません。それは、「どこの会社に行ってもある程度通用するような汎用的な能力」を獲得し、自身の市場価値を高めるための、極めて戦略的な自己投資です 。企業が提供する研修制度や挑戦の機会は、この観点から厳しく評価されます。その会社でしか通用しない特殊なスキルよりも、転職市場で評価されるポータブルなスキルを身につけられるかどうかが、彼らにとっての「成長できる環境」の真価を決定づけます。このキャリア観は、自身のスキルをポートフォリオ資産とみなし、その価値を最大化するために企業というプラットフォームを戦略的に利用する「プラグマティック・マーカンティリズム(実利的重商主義)」とも呼べるアプローチです。  

3.2 プライベートの優位性:仕事は手段であり、目的ではない

Z世代の労働観を理解する上で最も重要なのは、彼らが仕事とプライベートの関係性を根本的に捉え直しているという点です。彼らにとって、仕事は人生の目的そのものではなく、充実した私生活を送るための手段であるという認識が極めて強いです。

マイナビの調査によると、Z世代が仕事をする目的のトップ2は「生活費のため」と「将来の貯蓄のため」であり、非常に現実的かつ実利的です 。この価値観は、約6割が自らを「プライベート派」と認識しているという調査結果にも表れています 。彼らは、時間を効率的に使う「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視し、仕事を効率よく終わらせて、プライベートの時間を確保することに高い価値を置きます 。  

これは決して仕事への意欲が低いことを意味するわけではありません。むしろ、目的が明確であれば、彼らは高い学習意欲を示します。転職時の学び直しに「意欲がある」と回答したZ世代は89.7%にものぼり、明確な目的意識が伴う自己投資には非常に積極的です 。彼らが「意欲がない」ように見えるとすれば、それは仕事の目的や必要性が十分に伝わっていないからかもしれません。  

この価値観は、企業に対して、業務の意義や目的を丁寧に説明することの重要性を示唆しています。単に「やれ」と指示するのではなく、「なぜこの仕事が必要なのか」「この仕事が社会や顧客にどのような価値をもたらすのか」を伝えることで、彼らの内発的な動機付けを引き出すことができます。仕事が自己目的化している上の世代とは異なり、Z世代にとって仕事とプライベートは明確に分離されており、企業は個人の時間を尊重する文化と制度を整備することが、彼らから選ばれるための前提条件となります。

3.3 真正性と透明性:譲れない要求

デジタルネイティブとして、膨大な情報が飛び交う環境で育ったZ世代は、洗練された企業の公式メッセージに対して、本能的な懐疑心を抱いています。彼らは、加工され、美化された情報よりも、フィルターのかかっていない「リアルな声」を信頼します。このため、彼らの情報収集は、企業の公式サイトやパンフレットから、SNS、口コミサイト、そしてLINEのオープンチャットのような仲間内のコミュニティへと大きくシフトしています 。  

この背景には、彼らがオンライン上で無数のキュレーションされ、編集された情報に触れてきた経験から培われた、高度な「オーセンティシティ(真正性)検出能力」があります。過度に完璧なイメージを打ち出す企業は、ソーシャルメディア上で過剰に加工されたインフルエンサーと同様に、不信感の対象となります。彼らが求めるのは「誠実で透明性のある情報」であり、企業の強みだけでなく、課題や弱みも含めて率直に開示する姿勢を評価します 。  

この価値観は、企業の採用広報のあり方を根本から変えます。効果的なのは、社員のリアルな日常を切り取ったInstagramやTikTokの短尺動画、社員の率直な思いを語るインタビュー記事、あるいはオンライン座談会での飾らない質疑応答といった、双方向で本質的なコミュニケーションです 。企業は、もはや情報を一方的に「発信」するのではなく、学生との「対話」を通じて信頼関係を構築し、自社のありのままの姿を理解してもらうという姿勢に転換しなければなりません。Z世代にとって、信頼は共感から生まれ、共感は真正性から生まれるのです。  

3.4 心理的安全性と支援的な環境

Z世代は、多様な価値観が尊重される社会を当たり前のものとして育ってきたため、個人の尊厳や心理的な健全性に対して非常に敏感です。彼らが職場に求めるのは、単に物理的に安全な環境だけでなく、精神的に安心して働くことができる「心理的安全性」の高い環境です 。  

彼らが最も避けたい会社として「ノルマがきつそうな会社」を挙げるのは 、過度なプレッシャーや成果主義が心理的安全性を脅かすことへの強い懸念の表れです。また、上下関係が厳しく、閉鎖的な組織文化にも強い抵抗感を示します。彼らが好むのは、「オープンで風通しの良い職場」であり、役職や年齢に関係なく自由に意見が言え、自分の考えが尊重される文化です 。  

また、彼らは自立心が強い一方で、適切なサポートを求めています。「手取り足取り教えてほしい」という要望は 、依存心からではなく、失敗を恐れずに新しいことに挑戦し、効率的にスキルを習得したいという前向きな意欲の現れです。彼らは、放置されることを望んでおらず、明確な指示、定期的なフィードバック、そして困ったときに相談できるメンターの存在を重視します。  

上司世代とのインタビューでは、若手に対して昭和的な働き方を押し付けず、むしろ親のように手厚くフォローする姿勢が見られるという指摘もあります 。これは、世代間の価値観の違いを認識し、若手が安心して能力を発揮できる環境を整えようとするマネジメント側の変化を示唆しています。企業は、ハラスメントのない安全な環境を保証することはもちろん、1on1ミーティングの導入やメンター制度の充実などを通じて、Z世代が安心して自己を開示し、挑戦できる支援的な文化を構築することが、彼らの定着と活躍に不可欠です。  


4. 候補者の認知から受諾までの道のり

学生の意思決定は、ある日突然行われるものではありません。それは、企業を認知し、情報を収集し、他社と比較検討し、直接的な体験を通じて確信を深めていく一連の「旅(ジャーニー)」です。ここでは、この候補者の旅路を時系列で追い、各段階で重要となる接点(タッチポイント)と、それが学生の意思決定に与える影響を分析します。

4.1 情報エコシステム:企業発信から仲間内の評価へ

現代の学生の企業研究は、企業がコントロールする公式チャネルから、学生や第三者が主導する非公式チャネルへと主戦場を移しています。彼らは、企業が発信する「建て前」の情報よりも、実際に働く人々や同じ立場にある仲間からの「本音」の情報を得ることに長けています。

その代表格が「WEB上のクチコミ情報(口コミサイトなど)」であり、その利用度は近年著しく増加しています。これらのサイトでは、現役社員や元社員による給与、残業時間、人間関係といった内部情報が赤裸々に語られており、学生にとって企業の実態を把握するための重要な情報源となっています。  

また、Instagram、TikTok、YouTubeといったSNSは、もはや単なる娯楽ツールではありません。これらは、企業の「リアルな雰囲気」を視覚的・感覚的に理解するための重要な調査ツールです 。学生は、公式アカウントが発信する洗練されたPR動画よりも、若手社員が投稿するオフィスの日常や、社員同士の何気ないやり取りといった、加工されていないコンテンツにこそ、その企業の本当の文化が表れると感じています。  

さらに、「友人」「ゼミ・研究室の先輩やOB・OG」といった身近な人間関係からの情報も、その信頼性の高さから再び重要性を増しています 。特に、志望する業界や企業に実際に勤めている先輩からの一次情報は、他のどんな情報よりも価値が高いと認識されています。  

この情報収集行動の変化は、採用における「情報発信の主導権」が企業から学生側へと移行したことを意味します。学生は、企業からのアプローチを待つのではなく、自ら能動的に情報を探索し、仲間内で共有・評価し、応募する企業を絞り込んでいきます。つまり、企業が候補者と接触する最初の段階(応募)には、学生はすでにある程度の企業イメージと評価を固めています。この「採用ファネルの逆転」現象を理解することが、現代の採用戦略の出発点となります。

4.2 真実の瞬間:体験的接点の絶大なインパクト

学生が多様な情報源から企業イメージを形成する中で、その印象を決定的に左右し、志望度を劇的に変化させる「真実の瞬間(Moment of Truth)」が存在する。それは、企業が発信する情報を受け取る受動的な体験ではなく、学生自身が企業と直接関わる能動的な体験である。

調査データは、この点を明確に示している。学生の志望度向上に最も大きな影響を与えた場面は、「面接」(22.1%)と「インターンシップ」(20.0%)の二つに集中しています 。この二つの体験的接点が、学生の意思決定のほぼ半分を占めていると言っても過言ではありません。  

対照的に、かつて採用活動の主役であった「会社説明会」の影響力は著しく低下し、わずか12.5%に留まっています。これは、オンライン形式への移行により、一方的な情報伝達の場となり、学生が求める「リアルな雰囲気」や「双方向のコミュニケーション」が失われたことが大きな要因と考えられます。  

この事実は、企業にとって極めて重要な示唆を与えます。学生の心は、企業が「自社について何を語るか」ではなく、学生が「自社と関わる中で何を感じ、何を体験するか」によって動かされます。したがって、採用活動における投資の優先順位は、大規模な説明会や広告宣伝から、質の高いインターンシップの設計と、候補者一人ひとりに向き合う面接体験の向上へとシフトさせるべきです。これらの「真実の瞬間」こそが、学生の志望度を醸成し、最終的な入社決断へと導く最大の推進力となります。

4.3 リトマス試験紙としてのインターンシップ

採用活動の早期化と体験重視の流れの中で、インターンシップはもはや単なる職業体験イベントではなく、学生と企業双方にとっての「相互選考」の場、そして企業文化の適合性を測る「リトマス試験紙」としての役割を担っています。

現在、学生の80%が何らかのインターンシップに参加経験があり、その参加は就職活動の標準的なプロセスとなっています。学生がインターンシップに参加する最大の動機は、「仕事内容を知りたかった・体験したかったから」(73.3%)であり、次いで「社員の人柄や職場の雰囲気を知りたかったから」(54.3%)と続く 。彼らは、入社後のギャップを避けるため、実際の業務や人間関係をリアルに体験し、その企業が自分に合っているかどうかを慎重に見極めようとしています。  

したがって、インターンシップは学生にとって極めて重要なフィルタリング機能を持ちます。インターンシップに参加したものの本選考にエントリーしなかった理由として最も多いのは、「仕事内容が自分に合わないと感じたから」(34.8%)であり、「社員の人柄や社風が自分に合わないと感じたから」(26.4%)が続く 。これは、インターンシップでのネガティブな体験が、その企業を選択肢から外す直接的な原因となることを示しています。  

学生に高く評価されるインターンシップには共通点があります。それは、座学や説明に終始するのではなく、①実践的な業務体験ができること、②社員がメンターとして伴走し、充実したサポートが受けられること、③他の社員と気軽にコミュニケーションを取る機会が豊富にあること、そして④成果に対して丁寧な評価とフィードバックが与えられることです。企業は、インターンシップを単なる母集団形成の手段と捉えるのではなく、自社の理念や文化、仕事のやりがいを凝縮して体験できる「最高のブランド体験の場」として設計することが、学生の心を掴む鍵となります。  

4.4 候補者体験(CX)という要因:すべての接点が評価される

候補者の旅路は、個々の接点の連続です。そして、それらの接点全体を通じて候補者が得る体験の総体が「候補者体験(Candidate Experience, CX)」であり、これが学生の最終的な意思決定に大きな影響を与えます。特に、複数の内定を持つ学生にとって、選考プロセスでの扱われ方は、その企業が「人を大切にする会社かどうか」を判断する上で最も分かりやすい指標となります。

選考プロセスのスピードと丁寧さは、候補者体験の質を左右する基本的な要素です。「採用活動における各種のやりとり(合否連絡等)が手際よく迅速だった」ことは、学生の志望度を高める要因として年々重要性を増しています 。迅速なレスポンスは、企業が候補者に敬意を払い、強い関心を持っていることの証と受け取られます。  

特に重要なのが、最もインパクトの大きい接点である「面接」の体験です。学生は、面接官が「自分のことをよく理解しようとしてくれた」と感じたときに、企業への好意を強くします 。高圧的な態度や紋切り型の質問は、学生の入社意欲を削ぐだけでなく、企業の評判を損なうリスクすらあります。面接は、企業が学生を評価する場であると同時に、学生が企業を、そして未来の上司となるかもしれない面接官自身を評価する場なのです。  

最終的な内定承諾の理由を尋ねた自由記述回答には、この候補者体験の重要性が如実に表れています。「面接官や社員の印象が良かった」「連絡が早く、信頼できた」「人事の方が親身に話を聞いてくれた」といった、人間的で丁寧な対応への感謝の言葉が数多く並びます。  

これらの事実から導き出される結論は、企業の「エンプロイヤーブランド(雇用主としてのブランド)」は、広告やウェブサイトによって作られるのではなく、候補者と接する社員一人ひとりの言動の総和によって形成されるということです。採用担当者、現場の面接官、インターンシップのメンター、その全員がブランド・アンバサダーである。一人の社員によるたった一つのネガティブな対応が、多額の費用をかけたブランディング活動の効果を無に帰す可能性があります。したがって、採用成功のための最も効果的な投資は、広告費ではなく、候補者と接する全社員に対する候補者体験向上のためのトレーニングであると言えます。


表3:候補者の旅路におけるタッチポイントとその影響度

採用段階主要な接点(タッチポイント)学生の利用・依存度最終意思決定への影響度学生の期待と企業の課題
認知・発見口コミサイト、SNS、友人・先輩からの情報フィルターのかかっていない「本音」の情報を求めている。企業は透明性を確保し、ポジティブな口コミが自然発生するような文化醸成が課題。
初期検討企業ウェブサイト、オンライン会社説明会企業の基本情報や事業内容を効率的に把握したい。説明会は一方的な情報提供に留まらず、双方向の対話を促す工夫が必要。
詳細評価インターンシップ高 (参加率80%)   (20.0%)  リアルな業務内容と職場の雰囲気を体験したい。企業は、仕事の魅力と文化を凝縮した「質の高い体験」の設計が最重要課題。
最終評価面接、社員との対話最高 (22.1%)  一人の人間として尊重され、深く理解されたい。企業は、全社的に面接官のトレーニングを行い、候補者体験の質を担保することが不可欠。
内定後内定通知、内定者懇親会、人事との連絡複数の内定を比較検討する中で、入社の意思を固めるための後押しが欲しい。企業は、内定辞退を防ぐための継続的で丁寧なフォローが求められる。

出典:学情 , キャリタス就活 のデータを基に作成  


第5章 人材獲得への戦略的必須事項:選ばれる企業になるための実践的提言

これまでの分析で、2025年卒採用市場の構造、学生の意思決定要因、そして彼らの根底にある価値観が明らかになりました。これらの分析結果を基に、企業が熾烈な人材獲得競争を勝ち抜き、学生から「選ばれる企業」となるための5つの戦略的必須事項を考えます。

5.1 EVP(雇用主としての価値提案)の再定義と本質的訴求

提言: 企業は、自社の「EVP(Employer Value Proposition)」を、現代の学生が重視する「5つの柱」に沿って再定義し、本質的な言葉で語り直す必要があります。具体的には、「安定性」については財務基盤や事業の将来性を、「給与・待遇」については透明性のある報酬体系と市場競争力を、「働きやすさ」については具体的な勤務地選択制度や柔軟な働き方の実例を、「企業文化」については社員のリアルなストーリーを通じて、「成長」については習得可能なポータブルスキルとキャリアパスを、それぞれ明確に言語化し、一貫性をもって発信します。

論拠: 学生は、これら5つの要素を総合的に評価して意思決定を下しています。いずれかの柱に関する情報が不明瞭であったり、魅力に欠けていたりすると、初期段階で選択肢から除外されるリスクがあります。特に、デジタルネイティブで懐疑的なZ世代の信頼を勝ち取るためには、美辞麗句を並べた抽象的なメッセージではなく、事実に基づいた具体的で真正性のある情報提供が不可欠です。EVPの再定義は、採用活動全体のメッセージングの根幹をなす、最も重要な戦略的作業です。

5.2 インターンシップの変革:プレビューから説得力のある体験へ

提言: インターンシップを、単なる会社紹介の場から、学生の心を動かす「説得力のあるブランド体験」の場へと変革させるべきです。学生の専門分野に関連した実践的な課題を与え、現場社員をメンターとして密接に伴走させます。業務時間外にも、様々な部署の社員と気軽に交流できる機会を意図的に設計します。プログラムの最後には、一人ひとりの成果に対して、その後の成長につながるような個別的かつ建設的なフィードバックを丁寧に行います。また、他社との差別化を図るため、営業職志望者向けの「ポーカー採用」や、社会貢献への関心が高い学生向けのプロジェクト型インターンシップなど、自社の事業や文化に根差したユニークな企画を検討することも有効です。  

論拠: インターンシップは、学生の意思決定に絶大な影響を与える「真実の瞬間」です。質の高いインターンシップは、パンフレットやウェブサイトでは伝えきれない企業文化の魅力を体感させ、仕事のやりがいを実感させ、社員との人間的な繋がりを育む最も強力な手段です。学生が「この人たちと働きたい」「この会社で成長したい」という情緒的なコミットメントを形成する上で、これほど効果的な施策はありません。

5.3 面接の戦略的活用:管理職をブランド・アンバサダーへ

提言: 候補者と接する全ての管理職・社員に対し、候補者体験(CX)向上を目的とした面接官トレーニングを必須で実施する。トレーニングでは、候補者の緊張を和らげ、リラックスした対話の雰囲気を作り出す方法、過去の実績だけでなく未来のポテンシャルを引き出す質問の技術、自社のEVPを自身の言葉で魅力的に語る方法、そして何よりも候補者個人への純粋な関心と敬意を示す姿勢を徹底的に教育する。

論拠: 面接は、採用プロセスにおいて最も志望度への影響が大きいイベントです 。一人の面接官による不適切な対応が、それまでの全ての採用努力を水泡に帰させる可能性があります。逆に、優れた面接官との出会いは、学生がその企業への入社を決意する最大の動機となり得ます。面接官は単なる評価者ではなく、企業の顔であり、最も影響力のあるブランド・アンバサダーです。彼らへの投資は、採用マーケティングにおける最も費用対効果の高い投資の一つです。  

5.4 デジタル・ナラティブの習得:Z世代の言語で語る

提言: 真正性を核とした、多角的なデジタル・コミュニケーション戦略への投資を強化します。TikTokやInstagramリールといった短尺動画を活用し、編集されていないリアルなオフィス環境や社員の日常を発信します。社員が自発的に情報発信する「社員インフルエンサー」の育成や、彼らのコンテンツ制作を支援します。口コミサイトやSNS上での自社に関する対話を積極的にモニタリングし、誠実に対応します。そして、応募フォームからメールの文面、オンライン面接の接続方法に至るまで、全てのデジタル上の接点が、迅速かつストレスフリーで、候補者への敬意に満ちたものになるよう、徹底的に見直します。

論拠: Z世代は、仲間内での評価や透明性の高い情報を絶対的に信頼するデジタル・エコシステムの中で生活し、企業を評価しています。企業は、彼らが日常的に利用するプラットフォームに赴き、彼らのコミュニケーション文法に則った、信頼に足るコンテンツを提供しなければなりません。従来の企業目線の一方的なマーケティング手法はもはや通用せず、対等な目線での対話を通じて、彼らのコミュニティの一員として受け入れられることが求められます。

5.5 内定プロセスと内定後フォローの再設計:辞退との最終決戦に備える

提言: 内定通知から入社までの期間を、単なる事務手続きの期間ではなく、「内定辞退を防ぐための最終防衛ライン」と位置づけ、戦略的に再設計します。内定通知は、給与や条件といった「What」だけでなく、「なぜ我々があなたを選んだのか」「あなたに何を期待しているのか」といった「Why」を伝える、個別で心のこもったものにします。内定承諾後には、未来の同僚とのオンライン懇親会、配属予定部署の先輩社員との1on1、社内イベントへの招待など、継続的なエンゲージメント施策を計画的に実行します。その際、内定承諾を強要するような「オワハラ」と受け取られかねない高圧的な態度は、逆効果であるため絶対に避けるべきです 。  

論拠: 学生が平均2.64社の内定を保有する現代において 、内定通知はゴールではなく、他社との比較検討のスタートラインです。内定辞退率が63.8%に達する現状では 、この期間の過ごし方が採用の成否を分けます。内定後も継続的かつポジティブな接触を持つことで、学生の選択が正しかったという確信を強め、他社からの魅力的なオファーに対する心理的な障壁を築くことができます。この最終局面での丁寧なフォローこそが、多大なコストと時間をかけて獲得した貴重な人材を確実に迎え入れるための最後の、そして最も重要な一手となります。